EP 12
ルナハンの昼下がり。
アークスとマーサが「たまには外の空気を吸ってきなさい」と言うので、リアン(3歳)は渋々ながら近所の公園へと足を運んでいた。
(……平和だ。昨日のリザードマン討伐の証拠隠滅も完璧だったし、今日はベンチで今後の対クルーガ対策でも練るか)
そう考えていた、矢先だった。
「あぁ〜! リアン君だぁ!」
鼓膜を揺らす、可愛らしくも恐ろしい声。
リアンが反射的に振り向くと、そこには白銀の髪をなびかせた「歩く自然災害」こと、ハイエルフのルナがいた。
「げぇっ! ルナ!?」
リアンの顔が引きつる。
よりによって、一番会いたくない奴に遭遇してしまった。
ここでの接触は危険だ。何が起きるか分からない。
(逃げるが勝ちだ!)
リアンは即座に回れ右をして、脱兎のごとく駆け出した。
だが、世界(森)は彼を逃さない。
シュルルッ!
「うおっ!?」
地面から突如として伸びた「植物の蔦」が、正確無比なタイミングでリアンの足首に絡みついた。
ドサッ!
「イッテェェェ!? ……ふ、ふざけんなよ、こいつ!」
派手に転んだリアンは、擦りむいた膝をさすりながら悪態をついた。
蔦はまるで意志を持っているかのように、リアンの足を拘束したままだ。
「ねぇねぇ、リアン君」
ルナがトテトテと駆け寄り、倒れたリアンの顔を覗き込む。
その笑顔は天使のように無垢で、悪意の欠片もない。
「私、喉乾いちゃった。お水筒忘れちゃって……。だから、リアン君のお家で休みたい!」
「……はぁぁ!? どんな理不尽要求だよ!?」
リアンは叫んだ。
通りすがりに足を引っ掛けて転ばせておいて、「喉が渇いたから家に上げろ」だと?
強盗ですらもう少し手順を踏むぞ。
「駄目だ! 俺の家は関係ないだろ! 公園の水飲み場で――」
断ろうとした、その時だった。
ゴロゴロゴロ……
足元に、握り拳ほどの大きさの「イガ栗」が転がってきた。
しかも、ただの栗ではない。針一本一本が鋼鉄のように鋭く尖った、殺傷能力の高そうな栗だ。
ザワワワ……
さらに、近くの植え込みの枝がしなり、その栗の横にセットされた。
まるで、ゴルフのドライバーのように。
狙いは、リアンの眉間。
(……おいおい。マジかよ)
枝がブンブンと素振りをする。
『ナイスショットデ、アナタノ顔面ヲホールインワンシマス』
そんな植物たちの意思が伝わってくる。
「……わ、分かったよ! 分かりました! 連れて行けばいいんだろ!」
リアンは両手を上げた。
栗によるゴルフの的になるのは、人生プランに含まれていない。
「わ〜い! リアン君、優しい〜★」
ルナがパァッと破顔し、蔦がスルスルと解ける。
「優しさじゃねぇよ! お前達に脅された結果だ!」
リアンは心の中で血の涙を流しながら、最強の不法侵入者を自宅へと案内することになった。
シンフォニア家、玄関。
「ただいま……」
「お邪魔しまーす☆」
死んだ魚のような目のリアンと、キラキラオーラ全開のルナが入ってくる。
その声を聞きつけ、マーサが奥から出てきた。
「あら、リアン。……まぁ! 新しいお友達?」
マーサがルナを見て目を丸くする。
エルフの子供。珍しい客人に、母の顔が綻ぶ。
「ルナだよ! よろしくね、おば様☆」
ルナはスカートの裾をつまみ、完璧なカーテシー(挨拶)を披露した。
外面が良すぎる。
「おお、しっかりとした挨拶だ。リアンとお似合いだな!」
アークスも顔を出し、ガハハと笑った。
「パパもママも、若い頃を思い出すよ。なぁ、マーサ?」
「ふふ、そうねぇ。可愛いお嫁さんが来てくれて良かったわね、リアン」
(……勘弁してくれ)
両親の温かい眼差しが、今は針の筵だ。
こいつの本性を知らないからこそ言える台詞だ。
このままリビングで話を広げられると、ボロが出る。
あるいは、ルナがうっかり魔法を暴発させて家を破壊しかねない。
隔離(収容)が必要だ。
「ママ! ジュース頂戴! 喉乾いたの!」
リアンは精一杯の「3歳児演技」で甘えた。
「あらあら、分かったわ。美味しいブドウジュースを部屋に持って行ってあげるわね」
「ありがと、ママ!」
リアンはルナの手を引き(植物に刺されないように優しく)、早足で階段を上がった。
「行こう、ルナちゃん(怒)」
「うん! お部屋デートだね☆」
子供部屋。
バタン、と扉を閉めた瞬間、リアンは大きな溜息をついた。
(やれやれ……とんでもない事になったな)
ここは俺の城(作戦司令室)だ。
ベッドの下には『玩具のリボルバー』、机の引き出しには『証拠隠滅用化学薬品』、そして部屋の隅には『センチネル』たちが隠されている。
さらに、ゴミ箱の中には『喰丸』が潜んでいる。
(この「歩く自然災害」と、「俺の秘密兵器たち」が同居する空間……。火薬庫に火のついたマッチを投げ込むようなもんだぞ)
「わぁ〜! 広いお部屋! あ、あのお人形さん(センチネル)だ!」
案の定、ルナの目が怪しく光った。
「ちょ、触るなよ! 絶対に触るなよ!」
最強の3歳児リアン。
今日ばかりは、ホスト役兼、爆弾処理班としての手腕が試されることになった。




