EP 11
ルナハンの夜、大衆酒場『赤熊亭』。
喧騒と紫煙、そして安酒の匂いが充満する店内で、二人の騎士が盃を交わしていた。
「さぁ、どうぞ。ゼノン団長」
クルーガは恭しく瓶を傾け、ゼノンの盃に透明な液体を注いだ。
この地方特有の『芋酒』だ。独特の強い匂いがある。
(……違う。ゼノン団長ではない)
クルーガは、赤ら顔で酒を煽る上司を冷ややかに観察していた。
数時間の会話と観察で、結論は出ていた。この男は「白」だ。
「すみませんなぁ。プハーッ! ……私も若い頃は、クルーガ殿のようにバリバリ働いたんですぞ? 帝都の武術大会で予選まで行ったことも……」
「いやいや、私等はゼノン団長の足元にも及びませんよ」
クルーガは愛想笑いを浮かべながら、手元の焼き鳥を突いた。
(そもそも、ルナハン騎士団長が犯人ならば、あの異常な戦果をひた隠しにする理由がない。手柄を我が物にして中央へ報告し、出世の道を辿るはずだ。……全知全能に近い力を持ちながら、何故こんな田舎の騎士に甘んじているのか? 矛盾している)
ゼノンには野心もなければ、秘密を抱えられるほどの器量もない。
彼はただの「善良な中間管理職」だ。
「う~ん、酔った酔った! ……そうだ! 良かったら、家で飲みましょ! うちの秘蔵の酒を開けますよ!」
ゼノンが機嫌よく立ち上がり、クルーガの肩をバンバンと叩いた。
「いやあ、クルーガ殿は最高だ! 聞き上手だし、酒のペースも合う!」
「……良いんですか? 私如きが、ゼノン団長の家に上がってしまっても」
クルーガは少し躊躇うふりをした。
だが、その脳内は高速で回転している。
(……謎の輩の行動原理は「防衛」だ。自からは動かず、危機が迫った時だけ過剰な戦力で排除する。それはつまり、死ぬ事を恐れているということ。当然だ、生物は死ぬ事を拒否する)
そして、とクルーガは思考を進める。
(己の死だけでなく、愛する者の死を最も拒絶する。……そうなると、守るべき対象は「妻」、そして「子供」……)
「構いませんとも! クルーガ殿なら、家内や子供も喜びます! さぁさぁ!」
ゼノンに腕を引かれ、クルーガは席を立った。
「それでは、お言葉に甘えして」
店を出て、夜風に当たりながらクルーガは推理の幅を広げた。
ゼノンはシロだった。では、アークス副団長は?
彼には元S級冒険者の妻がいる。
(……妻だとすると、おかしな話になる。元S級とはいえ、100体のオーガを瞬殺する力があるなら、何故引退して田舎で主婦をしている? それだけの力を持ちながら一介の騎士に嫁ぐなど……釣り合いが取れん)
では、消去法で残る可能性は?
クルーガの思考が、一瞬だけある一点にかすった。
(……だとすれば、子供の可能性が……?)
アークスの家には、確か3歳になる息子がいたはずだ。
子供が、家族を守るために能力を行使している?
「ふっ……」
クルーガは思わず自嘲気味に鼻を鳴らした。
(……いや、流石に子供が出来る芸当ではない。3歳児が魔法も使わず、軍隊レベルの戦術と証拠隠滅を行う? 荒唐無稽すぎる。小説の中の話だ)
「どうされました? クルーガ殿」
「いえ、少し酔いが回ったようで。馬鹿げた妄想をしてしまいました」
クルーガは首を振り、その「正解」を自らの論理的思考によって切り捨ててしまった。
だが、彼の捜査の手は、確実にシンフォニア家へと近づきつつあった。




