EP 5
生後一ヶ月。
シンフォニア家の「過剰なる英才教育」は、確実に、そして恐るべき成果を上げていた。
ベビーベッドに寝かされているリアン(中身25歳・元シェフ)は、全身を駆け巡る奔流に身悶えていた。
(やべぇ……なんだか分からないけど、体がギンギンする……!)
心臓の鼓動が早い。血管の中を血ではなく、高濃度のカフェインか栄養ドリンクが駆け巡っているような感覚だ。
原因は明白。父アークス特製の『最強ドラゴンミルク(ゲテモノ)』による過剰な栄養摂取と、母マーサによる毎日の『聖育魔法』だ。
普通の赤ちゃんなら夜泣きで発散するところだが、リアンには大人の理性が邪魔をする。
エネルギーの行き場がない。
(今のうちから、この有り余る力を上手く制御しないと、体が爆発しそうだ……)
リアンはベビーベッドの柵から見える、開け放たれた窓に目を向けた。
風に吹かれ、一枚の枯葉がひらひらと舞い込み、ベッドの端に落ちた。
(……あれだ)
リアンは右手を伸ばす。当然、物理的には届かない。
だが、彼が伸ばしたのは肉体の手ではなく、「魔力の手」だ。
(イメージしろ。ソースの粘度を見極めるように。火加減を調節するように繊細に……)
元三つ星シェフの集中力は、魔力操作において異常な適性を見せた。
彼の意思に応じ、見えない力が枯葉を包み込む。
フワッ……
枯葉が浮いた。
(よし、動かせる……!)
だが、リアンはすぐに眉をひそめた。
(ただ、動いただけだ。フラフラしてやがる。こんな雑な盛り付けじゃ、シェフ長に皿ごと投げつけられるぞ)
彼は自分に厳しい。
ただ浮かすだけでは意味がない。手足のように、いや、指先のように自在に操れなければ。
(もっと自由自在に……上下、左右、回転……!)
リアンは両親がいない隙を見計らっては、枯葉を空中でダンスさせる特訓を繰り返した。
最初はプルプルと震えていた枯葉も、数日後には新体操のリボンのように滑らかに宙を舞うようになっていた。
そんなある日。
任務から帰ってきたアークスが、背中に何かを隠して子供部屋に入ってきた。
「ただいま、リアン! 今日はお前が生まれて一ヶ月の記念日だぞ!」
「あら、アークス。早かったわね」
マーサが微笑む。アークスは「ジャジャーン!」と効果音を口にしながら、隠していた箱を取り出した。
「街の市場で見つけたんだ。ドワーフ職人が作った、本格的な『胡桃割り人形』だ!」
箱から出てきたのは、木製の人形だった。
兵隊の格好をしており、背中のレバーを引くと口がガチガチと動く。本来は胡桃を割るための道具だが、その造形は精巧で、関節もしっかり作られている。
「まぁ、胡桃割り人形? 渋いチョイスね」
「あぁ。本当は男の子だし、流行りの『マグナギア』シリーズでも良かったんだが……さすがに0歳児には早いと思ってな。まずはこの伝統的な人形からだ」
(……マグナギア?)
リアンはその単語に反応した。
聞き覚えがある。確か、ルナミス帝国で流行している、魔力で操る戦闘ホビーのことだ。
父さんは「早い」と言ったが、リアンの目は人形に釘付けになっていた。
「どうだリアン、気に入ったか?」
アークスが人形をベッドの中に置く。
リアンはその人形を見つめた。
大きさは30センチほど。木製だが、ドワーフ製らしく関節部には金属が使われており、動きはスムーズそうだ。
(……これだ)
リアンの中で、何かがカチリと嵌った。
枯葉のコントロールは完璧になった。だが、枯葉は軽すぎる。
次のステップが必要だった。
(質量のある物体。複雑な関節構造。これを魔力で操ることができれば……)
リアンはアークスに向かって、ニカッと笑い「あー! うー!(ナイスだ親父!)」と声を上げた。
「おぉ! 笑った! マーサ見たか! やっぱりリアンは俺の息子だ、武器や人形が好きなんだな!」
「ふふ、良かったわねリアン」
両親が部屋を出て行き、静寂が戻る。
リアンは、横たわる胡桃割り人形に、枯葉で鍛えた「魔力の手」を這わせた。
(決まった……。この人形が、俺のアバターだ)
まだ動けない肉体の代わりに、この人形を俺の手足とする。
リアンの瞳が怪しく光り、魔力が人形の関節へと染み渡っていく。
ガチッ……
誰もいない子供部屋で、胡桃割り人形が、ひとりでに立ち上がった。
その動きは、まるで熟練の兵士のように洗練されていた。
(よし。まずはこの体で……キッチンに忍び込んで、コーヒー豆を探す旅に出るか)
生後一ヶ月。
リアン・シンフォニアは、遠隔操作の分身を手に入れた。




