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EP 3

「ただいまぁ……。ぜぇ、ぜぇ……」

シンフォニア家の重厚な扉を開け、リアン(3歳)はへたり込むように玄関に座り込んだ。

息は上がり、服の裾は汚れ、手には泥まみれになった黒い人形『弓丸』が握られている。

(何だよ、あのルナって奴はよぉ!?)

リアンは心の中で悪態をついた。

出会って数分でプロポーズ、植物を使った武力行使、そして泥人形による強引なキス。

あれは「可愛い女の子」ではない。「歩く災害」だ。台風に名前がついているのと同じ理屈だ。

「お、どうしたリアン? ずいぶんとお熱い恰好で帰ってきたな」

リビングから顔を出したアークスが、息子の惨状を見てニヤニヤと笑った。

「可愛い女の子でも見つけたか? 泥んこ遊びデートとは、お前も隅に置けないなぁ!」

アークスは豪快に笑い飛ばしたが、その空気は一瞬で凍りついた。

「……何でもないよ、パパ」

リアンは能面のような無表情で返した。

その冷めた瞳の奥には、「あんなのとデートなんて死んでも御免だ」という強い拒絶があった。

「貴方!」

マーサの鋭い声が飛ぶ。

「三歳児になんてことを吹き込んでるの!? まだこの子には早い話題です!」

「さ、最低ですわ、旦那様。泥だらけになって帰ってきたお子様に、まず掛ける言葉がそれですか?」

オニヒメがゴミを見るような目でアークスを見下ろす。

「ち、違う!? 俺はただ、可愛い女の子と遊んだのかなーって、微笑ましく聞いただけで……!」

「言い訳無用です!」

「今日の夕食、貴方の分だけ『素焼きのパン』にしますからね」

「そ、そんなぁ!?」

家庭内ヒエラルキー最下位の父が糾弾されているのを横目に、リアンは「はぁ」と溜息をつき、庭へと回った。

庭にある水場。

リアンは蛇口をひねり、冷たい水を勢いよく出した。

「……さて。まずはオペ(洗浄)だ」

手の中の『弓丸』を見る。

漆黒のボディにべったりとついた茶色い泥。あの泥ゴーレムとの「誓いのキス」の痕跡だ。

(あり得ないだろ。精密機械に泥だぞ? 関節ジョイントに入り込んだら駆動系がイカれるし、センサーが曇ったら照準が狂う)

リアンは古歯ブラシを取り出し、職人のような手つきで弓丸を磨き始めた。

「ごめんな、相棒。変な女に絡まれて災難だったな……」

シャカシャカシャカ……。

泥が落ち、本来の美しいカーボン調の黒が蘇ってくる。

メンテナンスは心の安定剤だ。

だが、汚れが落ちるにつれて、リアンの心には別の「取れない汚れ(悩み)」が浮き彫りになってきた。

(そういや……3歳になったから、いよいよ『スキル検査』かぁ)

手を止め、リアンは空を見上げた。

この世界では3歳になると教会で洗礼を受け、神の目によってスキルを判別される。

それは義務であり、逃れられない運命だ。

(俺のスキルは『ネット通販(Net Super)』。……これがバレたら終わりだ)

「異界の物資を無限に召喚できる能力」なんて、国家が放っておくはずがない。

英雄扱い? 贅沢三昧?

いや、リアンは前世の知識で知っている。組織というものの冷酷さを。

(間違いなく帝国に拉致監禁されて、地下深くの部屋で死ぬまで食料と武器を吐き出し続ける『生きた自動販売機』にされるのがオチだ。……やべぇよ)

自由のない生活。

美味しい料理も作れず、ただ「購入ボタン」を押すだけの人生。

「……はぁ」

リアンは深く、重い溜息をついた。

前世、月曜日の朝に駅のホームで感じた、あの鉛のような憂鬱が蘇る。

(教会に隕石落ちてくんないかなぁ……)

不謹慎極まりない願い。

だが、それは社畜時代に何度も思った「会社に隕石落ちねーかな」という逃避願望と同じだった。

(……って、月曜日の社畜サラリーマンじゃあるまいし。神頼みしてる場合じゃないな)

リアンは洗い終わった弓丸をタオルで丁寧に拭き上げながら、首を振った。

隕石は落ちない。明日は来る。

ならば、どうするか。

(偽装するか、検査機をハッキング(物理破壊)するか……。いや、あの鋭い捜査官クルーガの目もある。下手に動けば怪しまれる)

八方塞がり。

ピカピカになった弓丸の瞳に、悩み多き3歳児の顔が映り込んでいた。

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