EP 8
ルナハン騎士団本部、作戦会議室。
普段は屈強な騎士たちの熱気でむさ苦しいこの部屋が、今日は氷のような冷徹な空気に支配されていた。
その発生源は、上座に座るゼノン団長でも、副団長のアークスでもない。
窓際に静かに佇む、一人の男だった。
漆黒の髪に、艶やかな黒豹の耳。
隙のない立ち姿からは、しなやかな猛獣のような威圧感が漂っている。
男はゆっくりと振り返り、黄金色の瞳を細めた。
「今日からルナハン騎士団の末席を担う事になった、近衛騎士団・第三特務隊のクルーガと申します」
丁寧な口調だが、その声には絶対的な自信と、獲物を品定めするような響きが含まれていた。
「これはこれは……近衛騎士ともあろう方が、こんな田舎に」
ゼノンが緊張した面持ちで応じる。
帝国のエリート中のエリートが、一地方都市の騎士団に出向してくるなど異例中の異例だ。
「よろしくお願いします、クルーガ殿」
アークスも頭を下げるが、背筋に冷たいものが走るのを止めることはできなかった。この男、タダモノではない。
「挨拶はこれくらいにして」
クルーガは黒い革手袋を嵌め直しながら、単刀直入に切り出した。
「早速ですが……例の『謎のエルフ』と言う事件の詳細をお聞かせ願いますかな?」
ゼノンが頷き、資料を広げる。
「勿論ですとも。……初めは、オーク達を何の痕跡も無く殺し、次は100体ものオーガを一晩で全滅させた。魔法の痕跡も、剣劇の跡もない。まさに人間技ではございません。我々はこれを、森の番人たるエルフの仕業と判断しました」
「ふむ」
クルーガは資料を一瞥もしない。既に全て頭に入っているのだろう。
「ですが……世界樹の森のセフィヤ女王は、エルフの介入を明確に否定していると聞いています」
「えぇ、そこが我々も解せない点でして……。しかし、現場の状況を見ればそうとしか……」
「……全く不可解な」
アークスが呟く。
現場を見た当事者として、あれが「人」の仕業だとは到底思えなかったからだ。
クルーガは音もなく歩み寄り、机の上のルナハン周辺地図に指を置いた。
「エルフがやっていない。だが、現実は起きている。……つまり、超常的な事が出来る『何か』が居ると言う事です」
クルーガの黄金の瞳が、アークスを射抜く。
「神か、悪魔か。……あるいは、『ユニークスキル』持ちの冒険者か」
「ッ……! ユニークスキル……」
アークスが息を呑む。
息子リアンに期待しているその言葉が、今は恐ろしい響きを持って聞こえた。
「そう、ユニークスキルです。常識外の現象を引き起こす、選ばれし力」
クルーガは尻尾をゆらりと揺らしながら、推理を展開する。
「仮にユニークスキル持ちの仕業だと仮定しましょう。……では、何故オークやオーガを倒して、高価な素材や魔石を回収しないのか? 冒険者ならば金銭を求めるはずだ」
「た、確かに……」
「そして、何故『ルナハンにだけ』出没するのか。他の都市では同様の事例がない」
クルーガの指が、地図上のルナハンの街をトントンと叩く。
「金に興味がなく、この街の危機にだけ過剰に反応し、圧倒的な力で排除する。……これは『防衛本能』だ。自分のテリトリーを守るための行動に他ならない」
「クルーガ殿……それはつまり?」
ゼノンがゴクリと喉を鳴らす。
クルーガはニヤリと笑った。その顔は、捜査官ではなく、獲物を追い詰める捕食者のそれだった。
「断言出来る。……謎の輩は、エルフでも通りすがりの旅人でもない。このルナハンの街の中に住んでいる」
室内に沈黙が落ちた。
街の中に、100体のオーガを瞬殺する怪物が潜んでいる?
「そいつは市民生活に溶け込み、誰にも正体を悟らせず、裏からこの街を支配している……。面白い。実に嗅ぎがいのある事件だ」
クルーガは鼻を鳴らし、空気中の微かな匂いを探るように天井を仰いだ。
「さて、アークス副団長。……貴方の家庭の話も、後でお聞かせ願えますか? 現場に残っていた『甘い匂い』が、どうも気になっていましてね」
「は、はい……?」
アークスは首をかしげたが、その背中には大量の冷や汗が流れていた。
まだ誰も知らない。
この鋭すぎる「黒豹」が、既にベビーベッドの中の「真犯人」へと、見えない爪を伸ばし始めていることを。




