EP 7
大陸の覇者、ルナミス帝国。
その中枢であるルナミス城・玉座の間は、重苦しい静寂と張り詰めた緊張感に包まれていた。
「……もう一度申してみよ、ゼルガル」
玉座に深く腰掛けたアウラ皇帝が、低い声で問いかけた。
その瞳には、支配者特有の冷徹な光が宿っている。
「はっ!」
近衛騎士団長ゼルガルが、片膝をついて報告を繰り返した。
「ルナハン騎士団長ゼノンの報告によりますと……ルナハン近郊にて発生したオーガ100体のスタンピード。これらが街に到達する前に、『謎のエルフ』の手によって一夜にして駆除されたとのことでございます」
「ほう……。100体のオーガを、一夜でか」
アウラは口元に薄い笑みを浮かべた。
「なんと酔狂なエルフが居るものか。人間に関わろうとしない彼らが、街を救うとはな」
「ゼノンからの報告では、死体に外傷はなく、魔法による窒息死の可能性が高いと。……相当な手練れ、あるいは高位の精霊使いかと推測されます」
「ふむ。……これは好機かもしれん」
アウラが立ち上がり、窓の外、遥か彼方にある『世界樹の森』の方角を見やった。
「エルフの女王セフィヤに文を書かねばな。この機会に、中立を貫く世界樹の森とのパイプを得る良い機会だ。『貴国の民の義挙に感謝する』とな」
「そうですな! さすが陛下、慧眼にございます! すぐ様、文官を向かわせて感謝の意を伝えましょう!」
アウラは直筆の書状をしたためると、ゼルガルに手渡した。
帝国の紋章が押されたその手紙は、最高級の外交使節団と共に、聖域へと運ばれていった。
数日後。世界樹の森・境界線。
鬱蒼と茂る巨木の前で、帝国の文官たちは足止めを食らっていた。
「女王セフィヤ様にお目通り願いたい!」
文官が声を張り上げるが、木々の間から姿を現したのは、鋭い眼光を放つエルフの防人たちだった。彼らは弓を引き絞り、一切の隙を見せない。
「何だと? 人間風情が。何故、高貴なるセフィヤ様がお前達ごときと会わなければならない」
「こ、こちらに敵意はなし! むしろ感謝の意を表したいだけでございます! これは皇帝陛下からの親書!」
文官が必死に手紙を掲げる。
防人は眉をひそめたが、皇帝の印璽を確認すると、弓を下ろした。
「……分かった。ついて来い」
案内されたのは、森の最奥にある『水晶の宮殿』。
透き通るような美しさと、圧倒的な魔力が漂う場所だった。
その玉座に、エルフの女王セフィヤは退屈そうに頬杖をついて座っていた。
「……要件は手短に。人間の臭いが充満するのは好まぬ」
「おお、麗しきセフィヤ様! 此度はルナハンでオーガ達を始末してくれたとか! これは我が君アウラからの感謝の手紙と、心ばかりの金銀財宝でございます!」
文官たちは恭しく宝箱を開け、煌びやかな宝石を見せた。
だが、セフィヤの反応は冷ややかだった。
「……オーガ?」
セフィヤは皇帝からの手紙をサイコキネシスで浮かせ、さらりと目を通した。
そこには『貴国の戦士の活躍により~』という感謝の言葉が綴られている。
「……そのような事は、妾は知らぬが」
「えっ」
文官たちの動きが止まる。
「そ、そんな? しかし、ルナハンの騎士団が確かに……」
「我らエルフは、人間の街になど興味はない。ましてや、夜中にコソコソとオーガ掃除になど出向かぬ」
セフィヤは手紙をテーブルに放り投げた。
文官たちは顔を見合わせ、冷や汗を流す。前提が崩れた。皇帝の勘違いだったのか?
だが、セフィヤの美しい眉間に、不快感の皺が寄った。
「……だが。我等の神聖なる世界樹の森の付近で、醜きオーガ共が群れを成していたという事実は看過できぬ」
オーガの腐臭は、森の気を穢す。
誰が倒したかはどうでもいいが、そんな汚らわしい生物が聖域の近くにいたこと自体が許せなかった。
「よかろう。森の浄化と警戒のため、ルナハン方面の森に、番人たるエルフ達を常駐させよう」
「な、なんと!!」
文官たちの顔がパッと明るくなった。
犯人は違ったかもしれないが、結果として「エルフの常駐(実質的な防衛協力)」を取り付けたのだ。
「有難き事! 是非この機会に、我がルナミス帝国と友好の儀を!」
「……考えておこう。下がれ」
セフィヤは興味なさげに手を振った。
こうして、勘違いと偶然が重なり、歴史的な「エルフのルナハン駐留」が決まってしまった。
翌日。ルナハン、シンフォニア家。
「マーサ、喜べ!」
帰宅したアークスが、興奮気味に声を上げた。
「ルナハンの森に、正式にエルフ達……『森の番人』が来ることになったんだと!」
「えぇっ!? あの気難しいエルフの方々が?」
マーサが驚きの声を上げる。
「あぁ! 先日のオーガ退治の一件で、帝国と世界樹の森の間で話がついたらしい。これでルナハンの森は鉄壁だ。もう魔獣の群れに怯えることはないぞ!」
「まぁ、そうなの? エルフ様が守ってくださるなら、これでルナハンは安全ね」
マーサは安堵の微笑みを浮かべた。
オニヒメも深く頷く。
「ようございました。リアン坊ちゃまも、これなら安心してお外で遊べますね」
家族全員が喜びに包まれる中。
ベビーチェアに座るリアン(2歳)だけが、顔面蒼白で固まっていた。
(……やっべぇ)
スプーンを持つ手が震える。
(俺の適当な「謎のエルフの仕業」って嘘を、帝国が真に受けて外交しちゃったのか!?)
しかも、結果として「本物のエルフ」が街の近くに来ることになってしまった。
エルフは魔力感知に優れ、自然の変化に敏感な種族だ。
もし彼らが現場(オーガ全滅地点)を見たら?
『これは魔法ではない。科学物質による燃焼と毒殺だ』と、一発で見抜くだろう。
(これじゃあ……「謎のエルフ」なんて設定、もう使えないじゃないか!!)
偽物が本物を呼び寄せてしまった。
これからは、本物のエルフの目を盗んで活動しなければならない。
難易度が「ハードモード」から「ルナティック(狂気)モード」に跳ね上がったことを悟り、リアンは引きつった笑顔で「あーうー(詰んだ)」と呟くしかなかった。




