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EP 4

生後二週間。

シンフォニア家の「過剰なる英才教育」は、唐突に、そして厳かに幕を開けた。

夕食後、リビングのベビーベッドを取り囲むように、アークスとマーサが仁王立ちしている。

その表情は、これからS級ダンジョンのボス部屋に挑むかのように真剣だった。

「本当にやるのか? マーサ」

アークスがごくりと唾を飲み込む。

「えぇ、バッチリよ。準備は整ったわ」

マーサは自信満々に頷き、その手には彼女の愛杖である世界樹の杖が握られていた。

(な、なんだ? 何が始まるんだ?)

リアンはベッドの柵を掴み、警戒レベルを最大に引き上げた。

両親の殺気……いや、やる気が半端ない。

「赤子に回復魔法を施すなんて……本当に大丈夫なのか? 怪我もしていないのに」

「あら、貴方知らないの? これはルチアナ教会で推奨されている最新の『聖育法』なのよ」

マーサは杖の先で空中に魔法円を描きながら説明する。

「幼少期から純度の高い魔力を浴びせ、身体の魔力回路パスを刺激することで、子供の潜在魔力と身体能力を飛躍的に高めるの。本来なら教会のシスターにして貰うのだけど……」

マーサはそこで言葉を切り、ふふっと黒い笑みを浮かべた。

「お布施料が、馬鹿みたいに高いんですもの。私だって元賢者よ? 回復魔法くらい使えるわ。同じことなら、家でやった方が節約になるでしょ?」

「そ、そうか……さすがマーサ、家計の管理も完璧だな」

アークスは引きつった笑いで同意した。

(ルチアナ……あのジャージ駄女神か)

リアンは心の中で毒づいた。

「子供の潜在能力開発」などと謳って高額な布施を巻き上げる。いかにもあの、金と酒とスルメを愛する女神が考えそうな集金システムだ。

地球で言うところの「開運商法」や「高額幼児教室」の類ではないのか?

「行くわよ、リアン。じっとしててね」

マーサが杖を向ける。

逃げようにも、まだ寝返りも打てない。

「慈愛深きルチアナの御名において、この幼き魂に祝福を……『ハイ・ヒール(上位治癒)』」

カッ! と眩い光がリアンを包み込む。

(うわっ!? 眩しっ……!?)

身構えたリアンだったが、次の瞬間、予想外の感覚に襲われた。

(……あれ?)

痛くない。それどころか――。

(き、気持ちいい……なんだこれ……)

まるで、極上の温泉に浸かったような、あるいは最高級のシルクに包まれたような感覚。

温かい奔流が体の中を駆け巡り、未発達な筋肉や神経の一つ一つを優しくマッサージしていくようだ。

シェフの感覚で言うなら、極上のオリーブオイルでマリネされ、食材としての質を内側から高められているような……。

(これが、魔法……魔力か……!)

「私の可愛いリアン……これで貴方が、誰よりも立派で強い子になりますように」

マーサの祈りとともに、リアンの体が淡く発光する。

どうやらあの女神、金には汚いが、与えた知識システム自体は本物のようだ。

「よし! 母さんに負けてられないぞ!」

それを見ていたアークスが、対抗心を燃やして立ち上がった。

「俺だって用意してあるんだ! リアンの身体を作るのは、魔力だけじゃない。栄養だ!」

アークスはキッチンから、巨大なボウルと、見るからに禍々しい食材を持ってきた。

「見ろ! A級時代に狩った『エンシェント・ドラゴンの干し肉』! そして『ベヒーモスの粉チーズ』! さらに、冒険者ギルドの金庫に眠っていた『世界樹の雫』だ!」

(……おい。待て。親父?)

元シェフのリアンの顔色が青ざめる。

ドラゴンの干し肉? 岩みたいに硬いぞ。

ベヒーモスのチーズ? 匂いが強烈すぎてバイオハザード寸前だ。

世界樹の雫? それはエリクサーの原料になる超高級品じゃないか。

「これらをすり潰して、ミルクに混ぜれば……『最強ドラゴンミルク』の完成だぁぁぁ!!」

アークスはゴリゴリと干し肉を粉砕し、ミルクに投入した。

液体がドス黒く変色し、その上から虹色に輝く雫を垂らす。

化学反応でも起きたのか、ボウルの中身がボコボコと泡立ち始めた。

(ドラゴンミルクって何だよ!? それは料理じゃない! 錬金術の失敗作だ!)

「さあリアン! たんとおあがり!」

哺乳瓶(特大サイズ)に詰められた暗黒物質が迫りくる。

(や、やめろ! 俺の舌は三つ星の味を知っているんだ! そんなゲテモノ……!)

「あーん!」

「んぐっ!?」

無理やり口にねじ込まれた。

液体が喉を通る。

(……ッ!?)

不味い。死ぬほど不味い。ゴムタイヤとブルーチーズを混ぜてガソリンで割ったような味がする。

だが――喉を通った瞬間、胃の中で爆発的なエネルギーが膨れ上がるのを感じた。

「世界樹の雫」が触媒となり、ドラゴンの強靭な生命力が、リアンの細胞に無理やり同化していく。

「おぉ! 飲んだ! 飲んだぞマーサ! これでこいつは、ドラゴンのような皮膚と筋肉を手に入れるはずだ!」

「あらあら、好き嫌いしないで偉いわねぇ」

(ち、畜生……! 断れない……!)

リアンは涙目で哺乳瓶を空にした。

「魔力」による回路拡張。

「超生物の素材」による肉体改造。

両親の愛という名の狂気じみた英才教育により、リアン・シンフォニア(生後二週間)のステータスは、既に常人の赤子のそれを遥かに凌駕し始めていた。

(……覚えてろよ。大きくなったら、絶対に美味い飯を作ってやる……!)

リアンはゲップと共に、決意を新たにするのだった。

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