EP 3
ルナハン騎士団本部、作戦指令室。
張り詰めた空気が、部屋の酸素を薄くしているようだった。
「……本当ですか!? 団長!」
アークスの悲痛な叫びが響く。
「あぁ、本当だ。斥候からの緊急報告によると……街の外、ルナハン川の流域を根城に、『オーガの群れ』が発生している」
ゼノン団長が地図の一点を指差す。その指は震えていた。
「数は……ざっと見積もって100体」
「ひゃ、100体!? それはもう群れじゃない……『スタンピード(大氾濫)』だ!」
アークスの顔から血の気が引く。
オーガは1体でもBランク冒険者パーティが苦戦する相手だ。それが100体。軍隊がなければ止められない災害レベルだ。
「うむ。今すぐにルナハン市民に緊急避難を発令しようかと思う。だが、避難が完了する前に奴らが川を渡れば、街は終わる」
「そうですね……」
ゼノンは重苦しく頷き、アークスの目を見据えた。
「そこでだ、アークス。……お前の奥方のマーサさんと、メイドのオニヒメさんだが」
アークスの肩がピクリと跳ねる。
「是非とも、この防衛戦に参加して欲しいんだ」
「団長!? 彼女達は民間人です! いくら元S級と戦闘メイドで強いからと言って、家族を戦場に引きずり出すなんて……!」
「分かっている! だが、もうそんな事を言ってられんのだ!」
ゼノンが机をドンと叩く。
「我々の戦力だけでは、100体のオーガを止めるには犠牲が出すぎる。最悪、防衛線が突破される。……我々が勝つか、ルナハンがオーガに蹂躙されるかだ。苦しいのは分かるが……頼む、アークス」
頭を下げる団長。
アークスは拳を握りしめ、唇を噛んだ。
街を守る騎士としての義務。夫としての愛。その板挟みになり、彼は苦渋の決断を迫られていた。
「くっ……」
同時刻。シンフォニア家、子供部屋。
ベビーベッドの中で、リアン(2歳)は冷ややかな目で虚空を見つめていた。
耳にはイヤホン。騎士団の会話は全て筒抜けだ。
(……オーガ100体によるスタンピードか。父さんが胃を痛めるわけだ)
リアンはベッドの中で身を起こし、窓の外を眺めた。
夜風が強く吹いている。
(さて、どうするか)
父アークスが帰宅すれば、母マーサとオニヒメに協力を要請するだろう。
二人は断らない。家族と街を守るため、喜んで戦場へ向かうはずだ。
だが、戦場に絶対はない。流れ矢が当たるかもしれない。
(俺の平穏な食事と、母さん達の安全を脅かす「食材」が100体……か)
リアンは窓ガラスに手を当て、外の気象条件を確認した。
(ゼノン団長は、奴らが『ルナハン川の流域』を根城にしていると言っていたな)
ルナハン川。街の上流に位置し、水流は穏やかだが、周囲には枯れ草の多い河川敷が広がっている。
そして今夜は、川下から川上へ向かって、乾燥した強い風が吹いている。
(……風向きよし。地形よし)
リアンの脳内で、元三つ星シェフの「調理手順」が組み上がっていく。
100体の肉塊を、最も効率よく、安全に処理する方法。
(火力が使えるな)
まともに戦えば100対3(人形)。勝負にならない。
だが、環境を利用すれば話は別だ。
リアンはニヤリと笑い、ネット通販のウィンドウを開いた。
(キャンプファイヤーの準備だ。……派手に焼くぞ)
【購入:業務用スピリタス(96度)×20本】
【購入:着火剤業務用バケツ】
【購入:打ち上げ花火セット(大容量)】
カード決済の音が、宣戦布告のゴングのように鳴り響いた。
(センチネル、起動)
意識を飛ばす。
屋根裏待機中のシンフォニア小隊が、一斉に目を覚ます。
『総員、出撃の時間だ』
センチネルが竜丸に跨る。
今回は、隠密行動ではない。大規模な「害獣駆除」だ。
重たい酒瓶と着火剤を大量に積み込み、竜丸が重低音を響かせて夜空へ飛び立つ。
『父さんが帰ってきて、母さんに「戦ってくれ」なんて辛いことを言わせる前に……』
眼下に広がる闇を見下ろし、リアン(センチネル)は冷酷に呟いた。
『俺が全焼(片付)けてやる』
風が唸る。
それは、オーガ達にとっての断末魔の予兆だった。




