第三章 2歳児の勇者
ルナハンの夜。シンフォニア家の食卓は、いつものように穏やかだったが、リアン(2歳)の目は険しかった。
「あぁ……疲れた」
アークスが重い溜息をつきながら椅子に座り込む。
騎士団の仕事は激務だ。特に最近は森の巡回強化で、肉体の消耗が激しい。
「いつもご苦労さま、貴方」
「お食事です、旦那様」
マーサが労い、オニヒメが夕食を運んでくる。
メニューは、黒パンと、卵と野菜のスープ。
一般家庭としては十分な食事だ。アークスも文句ひとつ言わずスプーンを手に取る。
「ん、旨いな。オニヒメ」
「よろしゅうございました」
アークスはスープを飲み干し、パンをかじった。
だが、元三つ星シェフのリアンから見れば、それは「戦士の食事」として落第点だった。
(う~ん……。父さんは重装備で走り回る肉体労働だ。筋肉の修復と維持には、こんな炭水化物中心のメニューじゃ足りない。最低でも一食でタンパク質70gは必要だ)
リアンの視線が、空になった鍋へと向く。
(こっそり、センチネルを使って鍋にプロテインを混入するか? ……いや、駄目だ。それではスープの風味が死ぬ。美味しくない食事は、心まで痩せさせる。三つ星シェフとして、それは許せない)
不味い健康食より、美味い栄養食。
だが、オニヒメの献立に口を出すわけにはいかない(2歳だから)。
ならば、どうする?
(……そうだ。あの猫のおっさんを使おう)
リアンの脳裏に、ゴルド商会のニャングルが浮かんだ。
(あいつに「美味しくて栄養満点の肉料理」のレシピを叩き込み、ルナハンの流行食にする。そうすれば、流行に敏感な母さんやオニヒメが「あら、最近流行りのアレを作ってみましょうか」となるはずだ!)
リアンはニヤリと笑った。
父の筋肉を守るため、ルナハンの食文化を裏から牛耳る作戦に出た。
深夜。ゴルド商会ルナハン支店。
寝静まった店舗の調理場に、またしても「彼ら」が現れた。
『……侵入成功』
センチネル、弓丸、騎士丸が、天窓から舞い降りる。
物音に気づいたニャングルが、眠い目をこすりながら起きてきた。
「ん……? なんや、またネズミか……?」
彼が調理場を覗くと、そこには月光を背負った三体の人形が立っていた。
「!? に、人形様ぁ!?」
ニャングルが悲鳴を上げかけたが、騎士丸が素早く口元に指を当て、「シーッ」とジェスチャーをする。
そして、彼らは有無を言わさず行動を開始した。
センチネルが店の冷蔵庫を勝手に開け、上質な赤身肉と、牛脂、そして玉ねぎを取り出す。
さらに、リアンがネット通販で取り寄せた「ナツメグ」「黒胡椒」「パン粉」をドンと置いた。
『……料理教室の時間だ、ニャングル』
センチネルは、一枚の羊皮紙をニャングルに突きつけた。
そこには、リアンが書き起こした(文字は震えているが読める)レシピが記されていた。
【肉汁爆発! 粗挽きビーフ100%ハンバーグ ~黄金比率のソースを添えて~】
「ま、まさか……これをワテに作れと!?」
ニャングルが目を白黒させる。彼は商人であり、料理人ではない。
「アカン! ワイは包丁握るより、金貨握る方が得意なんや! 無理でっせ!」
拒否しようとした瞬間。
キリキリッ……
弓丸が、至近距離でニャングルの眉間に向けて弓を引き絞った。
鏃には、うっすらと紫色の液体(※ただのブドウジュースだが、毒に見える)が塗られている。
「わ、わかりましたがな!? やります! やらせて頂きますぅ!」
ニャングルはエプロンを締め、震える手で包丁を握った。
『(よしよし。まずは肉だ。包丁で叩いてミンチにしろ。機械で挽くんじゃない、手切りの食感が大事なんだ)』
センチネルが指示棒(菜箸)で肉を指す。
ニャングルが肉を刻む。
「もっと細かく! でも脂身は溶かすな!」
「玉ねぎは飴色になるまで炒めろ!」
「空気を抜け! キャッチボールのように!」
言葉は発しないが、センチネルたちの「無言の圧力」と「ジェスチャー」、そしてサボろうとすると飛んでくる「騎士丸の包丁の峰打ち」によって、スパルタ料理レッスンが進行していく。
数十分後。
ジュウウウウウ……ッ!
香ばしい肉の焼ける匂いが、厨房に充満した。
「で、でけた……」
皿の上には、ふっくらと焼き上がったハンバーグ。
溢れ出る肉汁とソースが絡み合い、暴力的なまでの食欲をそそる香りを放っている。
『食え』
センチネルが顎でしゃくる。
ニャングルは恐る恐る、フォークでハンバーグを切り、口に運んだ。
「……んぐっ」
噛んだ瞬間、口の中で肉汁のダムが決壊した。
粗挽き肉の野性味あふれる旨味。ナツメグの香り。そして、玉ねぎの甘みが渾然一体となって脳髄を直撃する。
「う……うまっ!!」
ニャングルの猫耳がピンと立ち、尻尾がブルンブルンと揺れた。
「美味いでっせ! 人形様! なんやこれ! 肉を食べてるのに、ステーキより柔らかくて、味が濃い!」
ニャングルは二口、三口と貪り食った。
そして、商人の目がカッと見開かれた。
「……売れる。こりゃあ、商売に出来まっせ! 原価は安い赤身肉でも、手間をかければ高級料理に化ける! 利益率ハンパないでぇ!」
そこだ。リアンが狙っていたのはそこだ。
『(そうだ。それを広めろ。そして、「家庭でも作れる栄養食」として流行らせろ)』
センチネルは満足げに頷くと、テーブルの上に「レシピの譲渡代」として金貨を一枚置き、さらに『ルナハン中に広めること』と書かれたメモを残した。
『よし、帰投する』
弓丸と騎士丸が、食べ終わった皿を片付ける(礼儀正しい)。
三体の人形は、再び天窓へと消えていった。
「あ、ありがとうございまっせー! 人形様ー! ……いや、あの方々は『料理の神様』やったんかもしれへん……」
翌日、ゴルド商会の店頭には「革命的肉料理! ハンバーグの素」と「実演販売」ののぼりが立ち、爆発的な行列を作ることになる。
そして数日後。
シンフォニア家の夕食に、オニヒメが得意げな顔で「最近、街で話題のハンバーグを作ってみました」と、巨大な肉塊を出す日が来るのだった。
アークスの筋肉と、ルナハンの食文化は、またしても2歳児によって守られた。




