EP 15
翌朝。
ルナハンの街に朝日が昇り、騎士団の作戦室にも光が差し込んでいた。
だが、部屋の空気は重く、そして困惑に満ちていた。
「……アークス。聞いたか?」
団長のゼノンが、包帯を巻いたまま出勤してきた副団長に声をかけた。
「斥候からの情報によると、今朝……例のオーク5体が、魔獣に食い荒らされて全滅していたそうだ」
「!? 本当ですか!? 団長」
アークスが目を見開く。
昨日、自分を瀕死に追いやったあの変異種の群れが、一夜にして全滅?
「あぁ。……しかし、妙なんだ。現場を見た斥候の報告では、戦った痕跡が一切ないらしい。まるで、寝ている間に抵抗もせず、魔獣に食べられたような……」
「……そんな馬鹿な。オークは浅眠で、気配に敏感な魔獣です。ボアウルフごときに寝込みを襲われるなど……」
アークスの騎士としての直感が、何かがおかしいと告げていた。
「お、俺! 現場に向かいます! この目で確かめます!」
「おい、傷はまだ……いや、止めても無駄か。お前の仇でもあるしな。よし、私も行こう」
ルナハンの北、森の奥深く。
血と獣の臭いが充満するオークの根城跡に、ゼノンとアークスの姿があった。
現場は凄惨だった。
焚き火の跡を囲むように、オークたちの巨大な骸が転がっている。
肉の多くはボアウルフに食い荒らされ、骨が露出していた。
アークスは痛む脇腹を庇いながら、片膝をついて死骸を検分した。
「……本当だ。奴等は武器を抜いてすらいない。周りの木々にも、魔法や乱闘で破壊された跡がない」
アークスは脂汗を拭った。
「まるで……『どうぞ食べて下さい』と、自ら肉を差し出して寝ていた? ……そんな馬鹿な話があるか」
「……!? 見ろ、アークス」
ゼノンが鋭い声で呼んだ。
彼は一際大きな個体――アークスに深手を負わせた変異種――の前にしゃがみ込んでいた。
「こいつの首元だ。ボアウルフに食い荒らされていない部分……よく見てみろ」
アークスが目を凝らす。
分厚い皮と脂肪に覆われた首筋。そこに、一本の赤い線が走っていた。
「……斬り傷だ」
アークスの背筋が凍った。
「牙による裂傷じゃない。鋭利な刃物で、迷いなく頸動脈を一閃しています。……魔獣には出来ない芸当だ」
「あぁ。しかも、即死だ。こいつは痛みを感じる間もなく殺されている」
二人の騎士は顔を見合わせた。
この状況が示す事実は一つ。
魔獣に食われる前に、何者かがオークたちを「瞬殺」していたのだ。
「アークス……。今の段階で考えられる事は、何だと思う?」
ゼノンが静かに問う。
アークスは周囲を見回し、推理を組み立てた。
「オーク5体を、何の警戒心も抱かせず、就寝中に接近し、同時に首元を斬り裂いて絶命させた……。相当な手練です。我々騎士団でも、これほどの隠密行動と同時制圧は不可能に近い」
アークスは、足元に転がるオークの棍棒や、粗末な装飾品に目を向けた。
「もし、これが高ランク冒険者の仕業だとすれば、魔石や素材、あるいは討伐証明部位は回収するはずだ。だが、それをしていない。死体は放置され、金目のものも残っている」
金や名誉が目的ではない。
ただ、純粋な「排除」。
そして、森に溶け込むような「不可視」の存在。
「……だとすると」
アークスの視線が、森のさらに奥――神聖な『世界樹の森』へと続く方角へ向けられた。
「ゼノン団長。……『森の番人』たる、エルフの仕業かと」
「……やはり、お前もそう思うか」
ゼノンが重々しく頷いた。
「彼等は金銭等に興味はない。ただ森の秩序を乱す穢れを嫌う。変異種のオークが世界樹の領域に近づいたため、粛清に出向いた……と考えれば辻褄が合う」
「そうですね……。エルフの魔法と弓技、そして隠密スキルなら、我々に気取られず、オークを夢の中で葬ることも可能でしょう」
二人は完全に納得した。
まさか、それが「1歳の赤ん坊」と「ネット通販の睡眠薬」と「30センチの人形」による犯行だとは、天地がひっくり返っても想像できない。
あまりに鮮やかすぎる手口が、逆に「伝説上の種族」の仕業だという誤解を生んでしまったのだ。
「アークス……。この事は、我等騎士団だけの話にする」
ゼノンが立ち上がり、森の奥に一礼してから言った。
「エルフが人間の領域近くまで出てきたとなれば、街がパニックになる。それに、下手に刺激すれば我々も標的になりかねん。……俺は上に『正体不明の上位存在による討伐』として報告する。聞き入って貰えるか分からないがな」
「了解です、団長。……しかし、助かりました。彼等のおかげで、これ以上の被害は出ない」
アークスは安堵の息を吐いた。
自分を倒した強敵が、あっけなく始末されたことへの恐怖もあったが、それ以上に「家族の安全」が守られたことへの感謝が大きかった。
(ありがとう、森の番人よ。おかげで俺は、息子の元へ帰れる)
アークスは知らなかった。
その「森の番人」の正体が、今ごろ自宅のベビーベッドで「父さん、余計な詮索しないで帰ってきてくれよ……」と冷や汗をかいている息子その人であることを。
二人の騎士は、オークの死骸を後にし、深い敬意と共に森を去っていった。




