EP 12
アークスが負傷したその夜。
シンフォニア家は重苦しい静寂に包まれていた。
だが、子供部屋のベビーベッドの中だけは、冷徹な青白い光と、煮えたぎるような殺意が渦巻いていた。
リアン(1歳)は、虚空に展開した『ネット通販』のウィンドウを、無表情で操作していた。
(……人形達はたったの30センチ。質量、パワー、耐久力。どれをとっても魔獣相手にまともにやれば負ける)
リアンは自分の手(と、床に並ぶ人形たち)を見つめた。
所詮は玩具。オークの棍棒が一発かすれば、木っ端微塵だ。
だが、元三つ星シェフは知っている。小さなスパイス一粒が、巨大な鍋の味を支配することを。
(だが……人形は見つかりにくい。人間や魔獣が気に留めない「死角」に潜り込める。そして何より、卑怯な手を使えば「先手」を取れる)
リアンの指が、躊躇いなく「購入」ボタンを連打していく。
【購入:超小型盗聴器(業務用・高感度)×10】
【購入:広帯域携帯受信機】
【購入:医療用シリンジ(注射器)×50】
【購入:液体睡眠薬(即効性・無味無臭)】
【購入:強力下剤(象でも倒れるレベル)】
【購入:オイルライター用燃料(大缶)×10】
もはや「コーヒーキャンディ」を買っていた頃の平和な履歴ではない。
完全にテロリストか暗殺者の買い物カゴだ。
(……届いたな)
シュンッ、とベッドの上に物騒な物資が具現化する。
待機していた『弓丸』たちが、手際よく動き出した。
『……設置班、急げ』
弓丸と騎士丸が、受信機と予備のバッテリーを抱え、天井裏の点検口へと駆け上がる。
ここを、シンフォニア小隊の「情報指令室」とする。
誰にも見つからず、屋根裏からルナハン中の情報を傍受するための拠点だ。
一方、手元に残った薬品類とオイル。
これらは、先日ゴルド商店から(半ば強引に)入手した『小型魔法ポーチ』へと収納されていく。
(睡眠薬、下剤、注射器、そして引火用のオイル……。フルコースの準備は整った)
リアンはポーチの紐を締め、センチネルの腰に装着させた。
(まずは、情報だ。騎士団がどこへ向かうのか、どの森に強力な魔獣が出たのか……それを知らないと話にならない)
父アークスは、情報を持って現場へ向かい、そして傷ついた。
ならば、リアンがやるべきことは一つ。
(騎士団の情報を裏から入手し、奴らが動く前に、俺が標的を暗殺、または弱体化させる。そうすれば……父さん達や、ルナハンの人達が傷つく確率を減らせる)
これは、「守る」ための戦争だ。
リアンは目を閉じ、深く息を吸った。
(……行くぞ。センチネル、起動)
意識が肉体から切り離され、指揮官機へと宿る。
カチリ。
センチネル(リアン)が立ち上がり、無機質な瞳で部下たちを見回した。
『弓丸、騎士丸、竜丸。……発進準備!』
その号令には、もはや遊びの色はない。
『目標地点、ルナハン騎士団本部・作戦会議室。……我々の任務は「盗聴器の設置」および「情報の奪取」だ』
センチネルが竜丸の首に跨る。
腹部には騎士丸、背中には弓丸。
完全武装のシンフォニア小隊が、一つの塊となる。
『出撃!』
バサァッ!!
竜丸が翼を大きく広げ、子供部屋の窓から夜の闇へと飛び出した。
眼下には、眠るルナハンの街。
その中心にある騎士団の砦へ向けて、小さな影が滑空していく。
(待ってろよ、魔獣共。……これからは、寝ている間に毒を盛られ、森ごと焼かれる恐怖に怯えて暮らすんだな)
1歳の赤ん坊による、過激極まりない「防衛戦争」の火蓋が切って落とされた。




