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EP 9

ルナハンの街へと続く道。

春の陽気の中、オニヒメが押す高級乳母車の上で、リアン(1歳)は人生最大の決断を迫られていた。

(すまん……センチネル。お前を連れて行くわけにはいかないんだ!)

これから向かうのは、昨夜「黒い人形」に助けられた商人ニャングルの店だ。

もし、リアンがいつも通り胡桃割り人形を抱いていたら?

勘の鋭い商人なら、「あれ? その人形、昨日の……」と気づく可能性が極めて高い。

「うぅ~……だぁっ!!」

リアンは心を鬼にして、愛機センチネルを乳母車の外へと思い切り放り投げた。

ポスンッ。

哀れな指揮官機は、道端の草むらに転がった。

「まぁ! リアンちゃん、どうしたの? いつもこのお人形を気に入って離さないのに」

マーサが目を丸くして立ち止まり、センチネルを拾おうとする。

「だぁ! だぁ!(いらない! 今日は置いていくんだ!)」

リアンは手を振って拒絶の意思を示した。

これ以上持っていたら、俺の正体がバレて平穏な生活が終わる。

「……今日はご機嫌斜めですね。このお人形とのお散歩は、別の機会にしましょうか」

オニヒメが冷静に分析し、センチネルを拾い上げて、道端のベンチ(後で回収できるように)にそっと置いた。

「そうね。無理に持たせても泣いちゃうかもしれないし。……オニヒメ、早くニャングルさんの所に行きましょう」

「はい、奥様」

(ふぅ……。悪いな相棒。帰りに必ず回収するから待っててくれ)

身軽になったリアンを乗せて、一行はゴルド商会へと急いだ。

「へいらっしゃい! ……おや? これはこれは、マーサ様じゃおまへんか!」

ゴルド商会ルナハン支店に入ると、派手な服を着た猫耳族の男、ニャングルが揉み手をして出迎えた。

昨夜の恐怖など微塵も感じさせない、商魂たくましい笑顔だ。

「こんにちは、ニャングルさん。この度は……怖い思いをしたと聞きました」

マーサが心配そうに声をかける。

「いやぁ、たいした事おまへん! 森でちょっと運動会しただけでっせ! ハッハッハ!」

ニャングルは笑い飛ばしたが、その尻尾は少し震えていた。やはり怖かったのだろう。

「ご無事で何よりです。……少ないですが、これを。私達からのお見舞いの気持ちです」

マーサが目配せすると、オニヒメが懐から「金貨が入った袋」を取り出し、カウンターに置こうとした。

しかし、ニャングルはバッと手を広げてそれを制止した。

「あきまへん! そんなん止めて下さい!」

「え? でも……」

「ワテは商人でっせ? 何の物も売らんと、ただ金を受け取るなんて商人の恥! 以ての外ですわ!」

ニャングルの眼鏡がキラリと光る。

銭ゲバだが、彼には彼なりの美学があるようだ。

「そないな気遣いしてくれはるなら、見舞金なんかいりまへん。代わりに店の物を買うてって下さい! それが一番の薬になりますわ!」

マーサは感心したように微笑んだ。

「そうね、その通りだわ。……じゃあ、何かおすすめはあるかしら?」

「へい! 待ってました!」

ニャングルはカウンターの下から、一つの小さな革袋を取り出した。

手のひらに収まるサイズだが、微かな魔力を帯びている。

「この『小型魔法ポーチ』なんてどうでっか? 見た目は可愛らしい巾着ですが、中身は四次元! あの巨大なロックバイソンでも3体は丸ごと入りまっせ!」

(なっ……!?)

リアンが身を乗り出した。

ロックバイソン3体分ということは、トラック一台分くらいの容量がある。

しかも手のひらサイズ。

(それがあれば……『竜丸』や『騎士丸』、それにネット通販で買った物資を全部隠し持てるじゃないか! 乳母車の下に隠す苦労ともおさらばだ!)

「お値段、勉強させてもろて……金貨5枚でっせ!」

「だぁー!(安い! 即決だ母さん! 買ってくれ!)」

リアンは目を輝かせて手を伸ばした。

しかし。

「あら、素敵な品ね。でも……魔法ポーチなら、私もっと容量が大きいのを持ってるし、アークスも軍用のを持ってるのよ」

マーサは申し訳なさそうに断った。

元S級冒険者の装備スペックが高すぎて、市販の良品程度では不要だったのだ。

(ガーン……! 俺が欲しいのに……!)

リアンが肩を落とす横で、ニャングルは「そうでっか!」と即座に切り替えた。

「なら、食品はどうでっしゃろ! 今朝仕入れたばかり、『トライバードの団子』! 新鮮で脂が乗ってて旨い! 滋養強壮にもバッチリでっせ!」

ニャングルが示したのは、三つの頭を持つ鶏の肉団子だ。

「あら、美味しそう」

オニヒメが食いついた。

「今晩のおかずに良いですね。スープにしても、焼いても美味しそうです」

「毎度! オニヒメはん、お目が高い!」

商談成立。

ニャングルは嬉々として肉団子を包み始めた。

(……ま、今日のところはこれでいいか。トライバードの肉は弾力があって美味いんだ)

リアンは、カウンターに置かれた『小型魔法ポーチ』を未練がましく見つめた。

所持金(ネット通販残高)は100万円ある。

いつか必ず、自分で買いに来てやる。そう心に誓った。

「また贔屓にしてもらいまっせ~!」

ニャングルの元気な声に見送られ、リアンたちは店を後にした。

正体はバレず、美味しい夕食も確保できた。

あとは……ベンチに置き去りにした相棒、センチネルを回収して帰るだけだ。

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