EP 5
ルナハンの夜が更け、シンフォニア家が静寂に包まれようとしていた頃。
玄関のドアが勢いよく開かれ、豪快な笑い声が静寂を打ち砕いた。
「だはははは! ただいまぁ! リアンンンンン! 父ちゃんが帰ったぞぉぉぉ!」
酒臭い息を撒き散らしながら、千鳥足でリビングに入ってきたのは、当主アークスだった。
赤ら顔で、鎧の留め具もだらしなく外れている。
「……はぁ」
リビングで家計簿をつけていたマーサが、氷点下の眼差しで立ち上がった。
「貴方ったら……また酔っ払って! リアンちゃんが起きちゃうでしょう!?」
「いやぁ、すまんすまん! 今日はルナハン騎士団の入団式があってな! 活きのいい新入りが入って来て、ゼノン騎士団長がご機嫌でさぁ。つい二次会まで……」
アークスはヘラヘラと笑いながら、背中に隠していた大きな包みをテーブルにドンッ! と置いた。
「ほら、お土産だ!」
「お土産……?」
マーサが包みを開ける。
中から出てきたのは、二つの箱だった。
一つは、見慣れた『マグナギア・汎用素体(新型)』。
そしてもう一つは、禍々しくも美しい真紅のパッケージ。翼を広げた竜のイラストが描かれている。
『マグナギア・ドラグーン・タイプ(紅蓮仕様)』
マーサの目が点になった。
「ッ!? 貴方、また買って来たの!? しかもこれ、大型獣(コスト2)じゃない! 高いのよこれ!?」
「いやぁ、たまたまセール品だったんでな! つい手が伸びちまった! ハッハッハ!」
アークスは誤魔化すように笑うが、その額には冷や汗が滲んでいる。
セール品なわけがない。この最新モデルは、平民の月収が数ヶ月分吹き飛ぶ高級品だ。
そこへ、冷たい紅茶を持ったオニヒメが音もなく現れた。
「旦那様」
「ひっ……オ、オニヒメさん?」
オニヒメは笑顔だった。だが、その目は全く笑っていなかった。
彼女は紅茶をトン、とテーブルに置くと、静かに告げた。
「リアン様へのプレゼントというお気持ちは素晴らしいですが……家計を考えて頂かねば、奥様が困ります。来月の食費、旦那様の酒代から引かせて頂きますよ?」
「そ、そうか……すまない、マーサ、オニヒメさん……」
最強の騎士も、家計を握る二人の女性の前では形無しだ。アークスは小さくなって謝った。
「もう……しっかりなさってください! 子供の前ですよ」
マーサは呆れつつも、アークスの鎧を脱がせ始めた。
その騒ぎを、ベビーベッドの柵越しに見ていたリアン(1歳)は、心の中でガッツポーズをしていた。
(でかしたッ!! 親父ぃぃぃ!!)
リアンの視線は、テーブルの上の『ドラゴン型』に釘付けだった。
(よっしゃあ! 汎用素体に加えて、空も飛べて炎が吐けるドラゴン型だ!)
マグナギアにおいて、ドラゴン型(コスト2)は戦術の要だ。
何より、「飛行能力」がある。
(これで……戦略が劇的に広がるぜ!)
リアンは脳内でシミュレーションを開始した。
航空輸送: ドラゴン型の背中に『弓丸』や『センチネル』を乗せれば、高所への移動や、長距離の強襲が可能になる。
航空支援: 地上部隊(弓丸)が敵を足止めし、上空からドラゴンが『ネット通販オイル』をばら撒き、火炎ブレスで焼き払う。
脱出手段: いざという時、物資を運んで逃げる輸送機にもなる。
(弓丸やセンチネル、それに今度の新入り(素体)を乗せて飛べる……! まさに空母機動部隊だ!)
これまでの「こそこそ隠れて戦う」スタイルから、「立体的かつ圧倒的な火力で制圧する」スタイルへの進化。
リアンは震えるほどの興奮を覚えた。
(ありがとうよ、父ちゃん! ……母ちゃん、悪いな。家計のピンチは、俺がマグナギア賭博で稼いで補填するから許してくれ)
リアンは、小さくなった父の背中に感謝の敬礼を送った。
新たな翼を手に入れた0歳児(1歳)の野望は、ルナハンの空へと広がっていくのだった。




