表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
16/68

EP 16

オニヒメがシンフォニア家にやってきて数日。

リアン(中身25歳)の生活環境は劇的に向上した……はずだった。

「坊ちゃま、オムツが少し濡れていますね。すぐに交換いたします」

「坊ちゃま、お顔にミルクが。拭きますね」

「坊ちゃま、退屈ですか? いないいないばあ、しましょうか?」

完璧だ。あまりにも完璧すぎる。

元A級冒険者の母・マーサですら家事と育児には「抜け」があったが、メイド検定1級のオニヒメには一切の隙がない。

(うん、オニヒメは可愛いよ。紅茶も美味いし、抱っこも心地いい……。だが……)

ベビーベッドの中で、リアンは天井を見つめて溜息をついた。

(四六時中、この完璧な監視体制オペレーション下じゃ、センチネルと遊ぶことができねぇ……! これじゃあ、夜中にこっそり公園に行って銅貨拾いも、ネット通販で買い物を楽しむことも不可能だ)

かつての「放置されていた時間(自由時間)」が恋しい。これは嬉しい悲鳴というより、飼い殺しに近い状況だ。

そんなある日の昼下がり。

「坊ちゃま、今日はいいお天気ですね。公園へお散歩に参りましょうか」

オニヒメは慣れた手つきでリアンを高級乳母車に乗せた。

その足元には、リアンの「お気に入りの人形」として、胡桃割り人形の『センチネル』もしっかりと積まれている。

(はぁ……。今日もオニヒメの「甲斐甲斐しいお世話」コースか。隙がなさすぎて、センチネルを起動するタイミングがねぇな)

リアンは揺れる乳母車の中で、死んだ魚のような目で空を見ていた。

公園に到着すると、オニヒメは優雅に乳母車を押しながら園路を進む。

すれ違う人々が、可愛らしいメイド姿の彼女と、立派な乳母車を見て微笑ましそうに道を譲る。平和な光景だ。

だが、その平和は突如として破られた。

「あ! 待てよ! その人形!」

前方から、一人の少年が血相を変えて走ってきた。

見覚えのある顔。そして、マグナギア特有のコントローラーグローブを嵌めた手。

(やべぇ! あの時のガキ……アッシュだ!)

リアンは心の中で舌打ちした。

以前、野良マグナギア戦でセンチネル(リアン操作)がボコボコにして、銅貨を巻き上げた少年だ。

アッシュは乳母車の中のセンチネルを指差し、目を吊り上げた。

「間違いない! その胡桃割り人形! ……おい、オバサン! これはアンタの人形か!?」

時が、止まった。

公園の空気が一瞬で氷点下まで下がった気がした。

オニヒメが、乳母車を押す手を止めた。

彼女はゆっくりと首を傾げ、極上の営業スマイルを浮かべた。

「……なんですって? 今、なんと?」

「あぁ!? 聞こえなかったのかよオバサン! 答えろよ!」

アッシュは気づいていない。自分が虎の尾……いや、鬼のツノを踏んだことに。

「オバサン……? 私はピチピチの20歳ですけど?」

オニヒメのこめかみに、青筋がピキリと浮かぶ。

「婚活中」で「出会いがない」ことに悩む彼女にとって、年齢絡みの侮辱は禁句中の禁句だ。

「ちっ、うっせーな! 返せよ! 俺の銅貨!」

オニヒメは深呼吸を一つすると、無視を決め込んだ。

「行きましょうか、坊ちゃま。教育のなっていない野良犬が吠えているようですから」

「あ! 待て! クソッ! 負けっぱなしでいられるかよ!」

アッシュが懐から何かを取り出した。

それは、以前の戦士型より高価な、背中に翼を持った『グリフィン型(コスト2)』のマグナギアだった。

「行けぇ! 俺の小遣い3ヶ月分! リベンジだ!」

アッシュが魔力を込めると、グリフィン型が空へと舞い上がり、乳母車めがけて急降下を開始した。

狙いはセンチネルではない。乳母車そのものへの無差別攻撃だ。

(おいバカ! 中には俺(赤ん坊)がいるんだぞ!?)

リアンが焦った瞬間。

「……害虫駆除、開始クリーニング・スタート

オニヒメの目が据わった。

彼女の手が、腰の可愛らしい花柄ポーチへと伸びる。

ズオンッ!!

空間が歪むような重低音と共に、ポーチの口からあり得ない質量の物体が引き抜かれた。

全長2メートル。黒光りする棘鉄球のついた、凶悪極まりない金棒『粉砕丸』だ。

「なっ……!?」

アッシュが目を剥く。

「お客様、お掃除の邪魔です」

オニヒメは金棒を、まるで指揮棒のように軽く振った。

ゴガァッ!!!!

空中のグリフィン型が、金棒の側面で叩かれた。

「斬る」でも「突く」でもない。「粉砕」だ。

高価なドワーフ製の魔導模型は、一瞬にして鉄屑と木片の粒子となり、公園の風に乗ってキラキラと散っていった。

「あ……あぁ……! 俺の……小遣い貯めて買ったグリフィンが……!?」

アッシュがへなへなと膝をつく。

だが、オニヒメの「教育」はまだ終わっていなかった。

「人に向けて物を投げてはいけません。それに……」

オニヒメは金棒を肩に担ぎ、アッシュを見下ろした。

その背後には、般若の幻影が見えるようだ。

「レディに向かって『オバサン』とは、万死に値します」

ゴツンッ!!!

「ひぎゃああああ!?」

金棒の先端(棘のない部分)による、愛の拳骨ゲンコツ

アッシュの頭頂部に、見る見るうちに鏡餅のような巨大なたんこぶが隆起する。

「ひいいい! ごめんなさぁぁぁい!!」

アッシュは涙と鼻水を垂れ流し、脱兎の如く逃げ出した。

その背中は、二度とこの公園には近づかないであろう恐怖に満ちていた。

「ふぅ……」

オニヒメは金棒を一振りして埃を払うと、再び魔法ポーチへと収納した。

そして、髪の乱れを整え、何事もなかったかのように乳母車のハンドルを握った。

「大きな虫でしたねぇ。何だったのでしょう? さ、行きましょうか坊ちゃま」

ニコリと笑いかけるその笑顔は、聖母のように優しい。

(……オニヒメ、つええ……)

リアンは乳母車の中で震えた。

頼もしい。確かに頼もしい。

だが、同時に致命的な問題が発生した。

(あのアッシュのせいで、センチネルの存在が目立っちまった。それに、オニヒメがこんなに強いと、俺がセンチネルでコソコソ戦う余地がねぇ……!)

「あら? お人形が少しズレていますね」

オニヒメはセンチネルの位置を優しく直してくれた。

(くそっ……。これでセンチネルは、ますます「出し難い」存在になっちまったぞ)

最強のメイドに守られながら、リアンは自由への道が遠のいたことを悟り、遠い目をするのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ