EP 15
泥棒騒ぎから数日後。
シンフォニア家には、まだ微かな緊張感が残っていた。
窓ガラスはドワーフ製の強化ガラス(矢も弾く)に交換され、庭には感知式の魔法陣が設置されたが、それでもアークスの心配は尽きなかった。
「そうだ……街に行って、専属の護衛を雇うというのはどうだろう?」
朝食の席で、アークスが切り出した。
「護衛? ……家政婦みたいな?」
マーサがトーストにジャムを塗りながら聞き返す。
「あぁ。俺やマーサが何時も家に居るとは限らないからな。今回の泥棒騒ぎで痛感したよ。リアンの為だ、金は惜しまない」
アークスの言葉には、父親としての強い責任感が滲んでいた。
ベビーチェアに座らされているリアン(中身25歳)も、心の中で頷く。
(悪くない提案だ。俺がセンチネルで守るにも限界があるし、何より俺が自由に動くための『目くらまし』としても、信頼できる大人がもう一人いると助かる)
「分かったわ。……じゃあ、一緒に行きましょう。貴方だけに任せておくと、変な人(主に筋肉だるまや、酒豪のドワーフ)を連れて込まれても困りますからね」
「おいおい、信用ないなぁ。ハッハッハ」
アークスは豪快に笑ったが、マーサの目は笑っていなかったので、彼はすぐに真顔に戻った。
ルナハンの中心街にある「人材派遣ギルド」。
ここは冒険者ギルドとは異なり、家事代行から要人警護、果ては建築作業員まで、あらゆるスペシャリストを斡旋する場所だ。
「いらっしゃいませ。シンフォニア様ですね。どういったご用件でしょうか?」
受付の女性が、恭しく頭を下げる。元A級冒険者にして騎士団小隊長のアークスは、この街の有名人だ。
「うむ。メイドを雇いたいのだが……ただのメイドではない。腕も立つメイドだ。留守中の家の警護も任せられるような」
アークスが条件を提示する。
「あと、優しい方が良いわぁ。ずっと一緒に暮らすわけだから、リアンが懐くような、母性のある人がいいわね」
マーサが微笑みながら、しかし譲れない条件を付け加える。
「戦闘能力が高く、かつ家事スキルも完璧で、子供好き……」
受付嬢は少し困ったように眉を寄せ、分厚いファイルをパラパラと捲った。
S級の戦闘職ならいる。完璧な執事もいる。だが、その両立となると……。
「……あ、一人だけ。適任者が本日、登録更新に来ております」
受付嬢の顔が明るくなった。
「畏まりました。少々お待ち下さい」
受付嬢が奥の部屋へ消え、しばらくして戻ってきた。
その背後には、一人の小柄な女性が控えていた。
「お待たせいたしました」
現れたのは、フリルのついたクラシカルなメイド服に身を包んだ少女だった。
桜色のロングヘア、クリっとした大きな瞳。
そして、ヘッドドレスの隙間から、小さな真紅のツノが二本、ちょこんと覗いている。
(ほう……鬼人族か。珍しいな、あんなに人間に近い見た目は)
リアンは興味津々で観察した。
彼女は、アークスたちの前に進み出ると、スカートの裾をつまみ、教科書通りの完璧なカーテシー(膝を曲げる挨拶)を披露した。
「初めまして。人材ギルド・ゴールドランク登録、オニヒメと申します」
鈴を転がすような、澄んだ声だった。
「キャッキャ!(鬼人族だ! 可愛いなぁ!)」
リアンは思わず声を上げた。
中身が25歳の男である彼にとって、この「守ってあげたくなる系」のメイドさんはドストライクだった。
それに、シェフとしての観察眼が、彼女の所作の美しさを見抜いていた。指先に迷いがない。これは「仕事ができる」奴だ。
「あら、リアンが喜んでるわ。初対面でこんなに笑うなんて珍しい」
マーサが嬉しそうにリアンの頭を撫でる。
「うむ……それに、腕も有りそうだ」
アークスは、オニヒメの全身から立ち昇る、微細だが鋭い「気」を感じ取っていた。
腰に下げた可愛らしい花柄のポーチ。あれは高価な魔法ポーチだ。あの中に「何か」とんでもない獲物が入っている気配がする。
ただのメイドではない。戦士としての格を感じた。
「オニヒメさん、と言ったね。得意なことは?」
アークスが尋ねると、オニヒメは頬を少し染めて微笑んだ。
「はい。掃除、洗濯、護衛任務は勿論ですが……個人的な趣味は、お菓子作りと紅茶を淹れることです。特にシフォンケーキには自信があります」
その言葉を聞いた瞬間、リアンの目が輝いた。
(シフォンケーキ! 紅茶! ……合格だ! 即採用だ親父!)
「マーサ、まぁ、楽しみね! 私もお菓子作りは好きなの。一緒に作りましょう」
マーサも身を乗り出した。元冒険者で料理は大雑把なマーサにとって、繊細なスイーツを作れる人材は喉から手が出るほど欲しい。
「はい、奥様。不束者ですが、精一杯お仕え致します」
オニヒメは再び深く頭を下げた。
その顔には「(あぁ、優しそうな奥様と強そうな旦那様……素敵な職場だわ。ここなら私の王子様も見つかるかしら?)」という淡い期待が見え隠れしていたが、それは誰にも気づかれなかった。
「キャッキャ!(やった! 可愛いメイドだ! ティータイムが楽しみだぜ!)」
リアンはオニヒメに向かって手を伸ばした。
オニヒメは目を細め、リアンの小さな手をそっと握り返す。
「まぁ、可愛い坊ちゃん……。オニヒメが、悪い虫から必ずお守りしますね」
その手は優しかったが、握力500kgの片鱗を感じさせる頼もしさがあった。
こうして、シンフォニア家に最強のメイド、オニヒメが加わることになったのである。




