EP 36
リアン陣営の優雅なティータイム
Bチームの陣地が飢餓と疑心暗鬼の地獄に沈んでいた頃。
岩山エリアの東側に構築されたAチームの陣地は、まるで高級リゾートのキャンプ場のような、優雅で温かな空気に包まれていた。
「リアン様! 食後の紅茶(支給品の茶葉)が入りました!」
「リアン様、肩をお揉みしましょうか!?」
「いやぁ、リアン様の陣地構築マジック、本当にすげぇや!」
Aチームのモブ生徒たちは、完全にリアンを『崇拝』していた。
演習初日、ルナを冷酷に切り捨てたリアンを見て、彼らは「この血も涙もない男の下で1週間も耐えられるのか」と絶望していた。
だが、その不安はたった数時間で吹き飛んだ。
ルナという「特大の負債」を押し付けたおかげで、Aチームの食料は文字通り『余りまくって』いたのだ。
さらに、リアンは前世の趣味であったソロキャンプの知識と、軍事戦術をフル活用し、岩と支給品のテント布を使って完璧な『防風・保温陣地』を築き上げていた。
焚き火の熱を岩肌で反射させ、陣地全体を床暖房のように温める。
カチカチの干し肉と乾パンは、支給品の僅かな塩と香草と共に魔力水筒の水でじっくりと煮込まれ、とろけるような『極上ポトフ風スープ』に生まれ変わっていた。
「あー、お前ら。紅茶はそこに置いといてくれ。肩もみは結構だ」
リアンは即席のハンモック(テントの余り布で作成)に揺られながら、優雅に本を読んでいた。
「いやぁ、初めはルナさんを追い出すなんて非道だと思いましたけど……今にして思えば、あれが英断でしたね!」
男爵令息のモブ生徒が、温かいスープをすすりながら感動の涙を流す。
「全くだ。あの大食らいがいたら、俺たち今頃飢え死にしてたぜ。……それにしても、リアン様」
別のモブ生徒が、不思議そうに尋ねた。
「さっき捕まえたBチームのテオ……あいつ、本当に寝返ってないんですか? あっさり帰しちゃいましたけど」
リアンは本から目を離し、パタンと閉じた。
そして、ティーカップを手に取りながら、クックッと意地悪く笑った。
「寝返ってないさ。あいつはクラウスに憧れてるバカ真面目な騎士気取りだ。俺の誘いなんて跳ね除けるに決まってる」
「じゃあ、なんで無傷で、しかも食料まで持たせて帰したんです?」
「いいか、よく考えろ」
リアンは焚き火の炎を見つめながら、教師が子供に教えるような口調で言った。
「今のBチームは、ルナとキャルルに食料を食い尽くされて極限の飢餓状態だ。ストレスで判断力も鈍ってる。そんな中に、敵陣から『無傷で』『食料を持って』帰ってきた奴がいたら、周りはどう思う?」
「えっと……『あいつ、敵に情報を売って食い物をもらったんじゃないか?』って……」
モブ生徒がそこまで言って、ハッと息を呑んだ。
「その通り」
リアンは満足げに頷いた。
「クラウスはテオを信じるだろう。あいつはお人好しだからな。だが、他の飢えた連中は違う。テオを疑い、テオを庇うクラウスにも不満を持つようになる。……これを兵法で『離間の計』って言うんだよ」
「りかんの、けい……」
「仲間同士で疑心暗鬼に陥り、勝手に自滅していく。物理的なダメージなんて一切与えちゃいない。……俺がやったのは、ちょっとした『演出』と『お土産』を持たせただけだ」
リアンは紅茶を一口飲み、ふぅと息を吐いた。
「ルナという『トロイの木馬』で敵の兵站(食料)を破壊し、テオという『疑いの種』で敵の心理(結束)を破壊する。……これで盤面は完全に詰み(チェックメイト)だ」
モブ生徒たちは、寒気を感じて腕をさすった。
目の前で優雅に紅茶を飲むこの少年は、魔法の才や剣の腕以前に、根本的な「戦のやり方」が他の学生たちとは次元が違う。
敵を地獄に突き落とし、味方を天国に導く。その圧倒的な支配力に、彼らは絶対の忠誠を誓わずにはいられなかった。
「リアン様……マジでパネェっす」
「俺、卒業したらリアン様の領地で働きます」
「就職活動は後にしてくれ。それより、そろそろ『お客様』が来る頃だ」
リアンがティーカップを置き、陣地の外の暗闇へと視線を向けた。
「お客様、ですか?」
「あぁ。飢えと寒さ、そして疑心暗鬼で頭がおかしくなった野犬どもが、俺たちの温かいスープの匂いを嗅ぎつけて……理性を飛ばして突っ込んでくる頃合いだ」
リアンの瞳の奥で、冷酷な狩人の光が瞬いた。
「全員、迎撃の準備をしろ。一歩も動かず、指示通りに動けば……指一本触れられずに敵を無力化できる」
「「「は、はいッ!!」」」
Aチームのモブ生徒たちは、総大将の完璧な指揮の下、音もなく闇に溶け込んでいった。
リアンの予想通り、限界を超えたBチームのモブ生徒たちは、クラウスの制止を振り切り、狂気じみた眼でAチームの陣地へと夜襲をかけようとしていた。
彼らは知らない。そこが、リアンの張り巡らせた『完璧な死地』であるということを。




