表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
124/125

EP 35

疑心暗鬼パラノイアの夜

深夜の『第3演習場』。

冷たい風が吹きすさぶ岩山エリアで、Bチームの陣地は重苦しい沈黙に包まれていた。

ルナとキャルルの「捕虜(という名の生物兵器)」を抱え込んだ代償は、演習3日目にして最悪の形で表れていた。

食料は完全に底を突き、モブ生徒たちは水だけで飢えと寒さを凌いでいる。極限のストレスが、彼らの理性を少しずつ削り取っていた。

そこへ、闇の中からガサガサと足音が聞こえた。

「誰だ! 敵か!?」

見張りの生徒が、ふらつく足で剣を抜く。

「ま、待ってくれ! 俺だ、テオだ!」

両手を挙げて陣地に姿を現したのは、先ほど単独で偵察(泥棒)に向かった男爵令息のテオだった。

怪我一つない、無傷の姿で。

そしてその手には、布で包まれた「何か」が握られていた。

「テオ!? お前、今までどこに……って、その手にあるのはなんだ?」

「これか? これは……Aチームの陣地で、リアンから『もらってきた』んだ」

テオが布を開くと、中から現れたのは、硬い保存パンと、少しのチーズだった。

飢餓状態のモブ生徒たちの目が、ギラリと獣のように光った。

「く、食い物だ!!」

「おい! 俺にもよこせ!」

数人の生徒がテオに群がり、パンとチーズを奪い合うように貪り始めた。

「こら、君たち! 落ち着きたまえ!」

騒ぎを聞きつけたクラウスがテントから飛び出してきて、浅ましく食料を奪い合う生徒たちを制止した。

「クラウス様! テオが食い物を持って帰ってきました!」

「これで少しは腹の足しに……」

だが、咀嚼して少し冷静さを取り戻した生徒の一人――子爵令息のモブAが、ふとテオを睨みつけた。

「……おい、テオ。おかしくないか?」

「えっ……?」

「お前、『リアンからもらってきた』と言ったな。あの底意地の悪い効率厨の男爵が、敵である俺たちにタダで食料を恵むわけがない」

モブAの目が、猜疑心に濁っていく。

「それに、お前は敵陣に忍び込んだはずなのに、何故そんなに『無傷』なんだ? 服すら汚れていない。……まさか、お前」

周囲の生徒たちの動きがピタリと止まり、全員の冷たい視線がテオに突き刺さった。

「ち、違う! 誤解だ!」

テオは慌てて首を横に振った。

「俺は、Aチームの陣地で罠にかかって、リアンに捕まったんだ! そしたらあいつが、『実家の借金を肩代わりするから寝返れ』って……」

「借金の肩代わりだと!?」

「あぁ! でも俺は絶対に断った! そしたら、あいつは急に俺を解放して、これを持たせて帰したんだ! 本当だ、信じてくれ!」

テオは必死に弁明したが、それは飢えた人間に対して、あまりにも「都合が良すぎる」作り話に聞こえた。

「はっ! 借金の肩代わりを条件に出されて、断る貴族がいるかよ!」

モブAがテオの胸ぐらを掴んだ。

「お前、本当はリアンに寝返ったんだろ!? 俺たちの陣形や作戦を売った見返りに、その食料をもらったんじゃないのか!?」

「違う! 俺は……!」

「嘘をつけ! お前だけ向こうで、温かいスープでも腹いっぱい飲んできたんじゃないのか!? 俺たちがこんなに苦しんでるのによぉッ!!」

モブAの怒号に、他の生徒たちも同調し始めた。

「裏切り者!」「スパイめ!」「俺たちを見殺しにする気か!」

極限の飢餓状態が、彼らから「仲間を信じる」という余裕を完全に奪い去っていた。

「やめないか、君たち!!」

クラウスが間に割って入り、モブAをテオから引き剥がした。

「クラウス様! ですがこいつは……!」

「テオは、私の前で『騎士道に憧れている』と言ってくれた男だ! 彼は誇りを捨てて寝返るような真似は絶対にしない! 私は彼を信じる!」

クラウスの言葉は、真っ直ぐで、力強く、そして高潔だった。

テオは「クラウス様……!」と涙ぐんだ。

だが――。

(……綺麗事ばかり言いやがって)

モブ生徒たちの心の中には、冷たい不満が渦巻いていた。

クラウスは立派だ。だが、その立派さのせいで、ルナとキャルルという大食らいを保護し、結果としてチーム全員を飢餓地獄に突き落とした張本人でもある。

「腹が減っている」という絶対的な現実の前では、騎士道も信頼も、何の価値も持たなかった。

「……ふん。総大将がそう仰るなら、信じますよ。……表面上はな」

モブAは吐き捨てるように言い、他の生徒たちもテオから距離を置いた。

陣地の空気は、完全に冷え切っていた。

テオは孤立し、他の生徒たちも「他にも裏切り者がいるのでは?」と互いを疑いの目で見るようになった。

そこへ、騒ぎで目を覚ました二つの影が、テントからのっそりと現れた。

「ん〜? なんかチーズの匂いがする〜!★」

「あ、チーズ。もぐもぐ」

ルナとキャルルが、テオが持ち帰ったチーズの残りを、一瞬で口に放り込んだ。

「あ……俺たちの、最後の食料が……」

モブ生徒たちが絶望で膝から崩れ落ちる。

「……リアン。これが君の『戦い』なのか……!」

クラウスは夜空を仰ぎ、見えない敵に向かってギリッと歯を食いしばった。

肉体を傷つけることなく、たった数個のパンとチーズで、敵陣を内部から完全に破壊する。

リアンの放った「疑心暗鬼パラノイアの毒」は、Bチームの結束を致命的に蝕んでいた。

一方、その頃。

Aチームの陣地では、勝利を確信した悪魔が、優雅にティータイムを楽しんでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ