EP 33
飢餓地獄の幕開け
演習開始からわずか半日。
太陽が中天を過ぎ、岩山エリアにジリジリとした日差しが照りつける頃。
Bチームの陣地では、クラウスが指揮を執り、モブ生徒たちが汗だくになりながらテントの設営や見張り台の構築を行っていた。
「よし、皆ご苦労! これで基礎は完成だ」
クラウスが満足げに頷く。
真面目で統率力のある彼の下、Bチームの陣地は軍の野営地さながらの完成度を見せつつあった。
「クラウス様、そろそろ昼食にしませんか? 力仕事で腹が減りました」
モブ生徒の一人が、疲れた顔で提案する。
「あぁ、そうだな。戦は腹が減ってはできん。……支給品の木箱を開けてくれ。まずは配給の計算をしよう」
モブ生徒が木箱の蓋を開ける。
中には、7日分の乾パン、干し肉、そして少量のチーズが入っていた。これをチーム全員(クラウス、キャルル、モブ数名、そしてルナ)で割るのだ。
その時だった。
「ねぇねぇ、クラウスくぅ〜ん! ルナ、すっごくお腹空いちゃったぁ〜!★」
拠点の日陰で休んでいたルナが、小走りでクラウスの元へやってきた。
その瞳はウルウルと潤み、小動物のように彼を見上げている。
「……あぁ、そうだったな。君はリアンに追い出されて、朝から何も食べていなかったのだろう」
クラウスの胸に、再びリアンへの怒りとルナへの同情が湧き上がる。
可哀想に。こんな可憐な少女にひもじい思いをさせるなど、男の風上にも置けない。
「分かった。おい、彼女に食事を与えてやってくれ。少し多めでも構わん」
「わ、分かりましたよ、クラウス様。……ほら、これ食べな」
モブ生徒が、ルナの小さな両手に乾パンと干し肉をいくつか乗せてやった。
「わぁい! いっただきまぁ〜す!★」
ルナは満面の笑みで、カチカチに硬いはずの乾パンをポイッと口に放り込んだ。
バリボリッ! ゴクン。
「えっ」
モブ生徒が目を丸くした。
「おいしー! 次はお肉!★」
モグモグ……ゴクン!
ビーフジャーキーのように硬い干し肉が、一瞬でルナの胃袋に吸い込まれた。
「……あの、ルナさん? よく噛んで……」
「おかわりー!★」
ルナが空っぽの両手を突き出す。
「え、あ、はい……」
モブ生徒は戸惑いながら、追加の食料を渡す。
バリバクムシャァッ!
「おかわりー!★」
「えぇっ!?」
ルナの食事スピードは、もはや「食べる」というより「吸引」だった。
エルフ特有の異常な魔力保有量を維持するため、彼女の基礎代謝は常人の数十倍に達している。リアンが「カロリーモンスター」と呼ぶ所以である。
「あ、ルナだけずるい。キャルルも食べるー」
そこに、兎耳をピョコピョコさせたキャルルが参戦してきた。
「キャルルちゃんも一緒に食べよー!★」
「ん。もぐもぐ……」
物理法則を無視した脚力を持つキャルルもまた、燃費の悪さではルナに引けを取らない。
二人の少女が木箱の前に陣取り、リスのように、いや、飢えた魔獣のように食料を消費し始めた。
「ちょ、ちょっと待って! 君たち、食べるペースが……!」
モブ生徒たちが慌てて止めに入ろうとしたが、遅かった。
「ふぅ〜、ごちそうさま! ちょっとお腹落ち着いた!★」
「ん。腹三分目くらい。夜ご飯が楽しみ」
二人が満足げにお腹をさすって立ち上がった後。
木箱の中を覗き込んだモブ生徒たちは、全員が息を呑み、そして……絶望の叫びを上げた。
「あ、あ、ああぁぁぁ……ッ!!」
「どうした!? 敵襲か!?」
剣を構えて駆けつけたクラウスが、木箱の中を見てフリーズした。
木箱の底が見えていた。
7日間かけて、チーム全員で少しずつ食べるはずだった食料が。
たった1回の昼食で、全体の**「約8割」**が消滅していたのだ。
「お、俺たちの飯が……!!」
「嘘だろ……一週間、どうやって……」
モブ生徒たちが膝から崩れ落ちる。
「ル、ルナ君……? 君たち、これを……?」
クラウスが震える声で尋ねる。
「うん! クラウス君のご飯、すっごく美味しかったよ! えへへ、リアン君の陣地にいた時よりいっぱい食べられた! ありがと!★」
ルナは悪気ゼロの、100点満点の笑顔で礼を言った。
クラウスは、めまいを覚えた。
(……待て。リアンの陣地にいた時より、いっぱい食べられた?)
クラウスの脳裏に、あの底意地の悪い男爵の顔がフラッシュバックする。
『お前なんかに割く食料は一つもない! とっととあっちに行け!』
リアンのあの怒号。あれは本気の怒りではなかった。
自陣の食料を守るため。
そして……敵陣の兵站を、内部から完全に崩壊させるための。
「……あ、あの悪魔めぇぇぇぇッ!!」
クラウスの悲痛な叫びが、岩山に虚しく響き渡った。
高潔な騎士道精神が、リアンの冷酷な「トロイの木馬」作戦の前に完全に敗北した瞬間であった。
演習1日目にして、Bチームは早くも「餓死」という最大最強の敵と戦うことになってしまったのだ。
一方その頃、Aチームの陣地では。
「おーい、スープのおかわりあるぞー。乾パンもふやかして食べやすくしてあるからな」
「リアン様ぁぁ! 一生ついていきますぅぅ!」
リアンの的確な配分と調理により、Aチームは優雅で快適なキャンプ生活を満喫していた。




