EP 30
証明終了(Q.E.D.)、そして夕食へ
「独特な倒し方……? 何を言っている、シンフォニア」
リアンの問いかけに、ランドルフは鼻で笑った。
周囲の生徒たちも「負け惜しみか?」と冷ややかな視線を送る。
「我々は正々堂々、剣と魔法でこのオーガを打ち倒したのだ。……この傷を見れば分かるだろう!」
ランドルフは、オーガの巨体を大袈裟に指差した。
「……へぇ。剣と魔法ね」
リアンはゆっくりとオーガの死体に近づいた。
そして、まるで品定めをするように、その周囲をぐるりと一周する。
「なら教えてくれ。……お前たちは『どんな剣』で、このオーガの下顎を内部から粉砕したんだ?」
「……え?」
リアンがオーガの顔を蹴り上げると、ダラリと下がった顎の骨が完全に砕け、原型を留めていないことが露わになった。
「この傷は、外側からの斬撃じゃない。極小の面積に莫大な打撃を一点集中させ、内部の骨と脳を揺らした痕だ。……お前らの持ってるそのヒョロい装飾剣で、どうやってそんな真似を?」
「そ、それは……! 我が家来のハンマーが……!」
ランドルフが慌てて言い訳を捻り出す。
「なるほど、ハンマーね。じゃあ次はこれだ」
リアンは、オーガの太い腕や足に無数に刻まれた『赤い皮膚に食い込んだ細かい傷』を指でなぞった。
「オーガの皮膚を貫通するほどの鋭い棘の拘束痕。しかも、傷口からは微量だが『世界樹』特有の高純度な魔力が検出できる。……この森に世界樹のツルなんて自生してないぞ? お前らの中に、エルフの王族レベルの植物魔法を使える奴がいるのか?」
「なっ……! そ、それは……森の蔦を使った罠で……!」
ランドルフの顔から、急速に血の気が引いていく。
冷や汗が滝のように流れ、取り巻きたちも顔を見合わせて後退りし始めた。
「最後だ」
リアンは、オーガの眉間――ぽっかりと空いた、小さな黒焦げの穴を指差した。
「これが致命傷だ。脳髄と魔石の隙間を、熱線のように正確に貫いている。……普通の火炎魔法なら、頭部全体が黒焦げになるはずだ。こんな器用な貫通傷を作れるのは、極限まで圧縮した炎属性の『矢』くらいしかない」
リアンは、背負っていた自分のコンパウンドボウをコツンと叩いた。
「下顎を砕く規格外の格闘術。世界樹の魔法による拘束。そして、眉間を貫く炎の矢」
リアンは振り返り、ランドルフを冷徹に見据えた。
「――全部、俺たちの『第零班』がやった戦闘の痕跡と一致するんだけど。……偶然って怖いよなぁ?」
証明終了(Q.E.D.)。
静寂が、セーフティエリアを支配した。
誰も口を開けない。リアンの論理的すぎる指摘に、反論の余地など1ミリも残されていなかった。
「あ……あぁ……」
ランドルフは後退りし、腰から砕け落ちた。
嘘がバレた。それも、クラス全員と教師の前で、最も無様な形で。
「い、いや! 違う! これは我々が見つけたんだ! ルールは『手段を問わない』だろうが! 落ちていたものを拾って提出して何が悪い!!」
ついにランドルフは開き直り、無茶苦茶な理屈を叫び始めた。
「あー……うるせぇな」
それまで黙って聞いていたボブ教師が、大きな欠伸と共に立ち上がった。
「落ちてたものを拾うのは、まぁ百歩譲って『運』という実力かもしれん。……だがな」
ボブの目が、鋭い猛禽類のように細められた。
「『他人が倒した獲物』を『自分が倒した』と嘘をつくのは、ただの詐欺だ。……お前ら、俺の監視魔法を甘く見すぎだぞ」
ボブが指を鳴らすと、空中に映像が投影された。
そこには、リアンたちがオーガを倒した後、水浴びに行っている隙を突き、ランドルフたちがコソコソと死体をロープで縛って引き摺っていく無様な姿が、バッチリ録画されていた。
「……あ」
「というわけで、ランドルフ班。お前らは獲得ポイントゼロ。ついでに来週から一ヶ月、学園中の便所掃除な」
「そ、そんなぁぁぁ……ッ!!」
ランドルフたちはその場に泣き崩れ、私兵たちはそそくさと逃げ帰っていった。
ざまぁない結末である。
「ってことで、このオーガは正規の討伐者である『第零班』のポイントとする。……50点追加。お前らがぶっちぎりのトップだ」
ボブが羊皮紙の順位表を書き換える。
その瞬間。
「やったぁぁぁ!! お肉返ってきたー!!★」
「……リアン。早く。もう限界」
ルナとキャルルが、オーガの死体に飛びついた。
論破劇などどうでもいい。彼女たちにとっては「食材の奪還」こそが全てだった。
「はいはい、今焼いてやるよ」
リアンは呆れながらも、リュックから手際よく調理器具と調味料(特製焼肉のタレ)を取り出した。
ルナが風魔法でかまどを作り、リアンが肉を切り分け、キャルルが薪を割る。
あっという間に、森の入り口に極上の肉の焼ける匂いが漂い始めた。
「うおおお……美味そうな匂い……」
「俺たち、木の実しか食ってないのに……」
腹を空かせた他の生徒たちが、羨ましそうに遠巻きに見つめている。
「……ふん」
リアンはふと視線を向けた。
そこには、一人ぽつんと座り込み、ボロボロの剣の手入れをしているクラウスの姿があった。
単独でホブゴブリンの群れを倒した彼は、名誉こそ守ったが、疲労と空腹で限界の顔をしている。
(……バカ真面目な野郎だ)
リアンは、分厚いオーガのステーキを串に刺し、クラウスの元へ歩いていった。
「……ん」
無言で、目の前に串焼きを差し出す。
クラウスは驚いて顔を上げた。
「……リアン。これは?」
「食わないならキャルルに投げるぞ。あいつ、さっきからお前の肉を狙ってる」
チラリと見ると、背後でキャルルがフォークを両手に持ち、涎を垂らしながらジリジリと距離を詰めてきていた。
「……っ」
クラウスは慌てて串焼きを受け取った。
「……いいのか? 僕は君に、何も協力していない」
「お前はズルをしなかった。それに、一人でホブゴブリンの群れを倒す『武力』は、素直にすげぇと思うよ」
リアンはそっぽを向きながら、ボソッと言った。
クラウスの目が、少しだけ丸くなる。
そして、彼は串焼きを一口齧った。
「……美味い」
極上の赤身肉と、甘辛いタレの味が、疲労しきった体に染み渡る。
クラウスの目から、ポロリと一粒の涙がこぼれた。
「……あぁ。本当に……美味いな」
「泣きながら食うなよ、気持ち悪い」
リアンは悪態をつきながら、自分の分の肉を齧った。
「こっちもお肉焼けたよー!★」とルナがぶんぶん手を振っている。
夕闇の森。
チートでサイコなエルフ、腹ペコの物理ウサギ、腹黒の効率厨男爵、そして生真面目なポンコツ騎士。
決して交わるはずのなかった4人の軌跡が、オーガの肉の匂いと共に、確かに一つに重なった瞬間だった。
かくして、波乱に満ちた『課外授業・魔の森サバイバル』は、第零班の完全勝利(と極上BBQ)という形で幕を閉じたのである。




