EP 29
審判の時、突きつけられる獲物
夕刻。
鬱蒼とした『嘆きの森』に、赤い夕陽が差し込み始めた頃。
入り口付近に設けられた結界内には、演習を終えた生徒たちが続々と帰還していた。
「あー、死ぬかと思った……」
「ゴブリン三匹が限界だわ……」
大半の生徒は、泥だらけになりながら下級魔物を数匹狩るのがやっとだった。中には、ボブに救出されて気を失っている者もいる。
そんな疲労困憊の空気を、地鳴りのような歓声が一変させた。
「お、おい! 見ろあれ!」
「嘘だろ!? あれ、Aランクの……!」
森の奥から現れたのは、ランドルフをはじめとする数人の貴族生徒たち。
そして彼らの後ろには、私兵たちが太いロープで引き摺る、巨大な赤い肉塊――『レッド・オーガ』の死体があった。
「先生! 報告します!」
ランドルフは額の汗(水を被って偽装したものだ)を拭いながら、教卓代わりの切り株に座るボブの前に進み出た。
「我々が協力し、死闘の末にこの森の主、レッド・オーガを討ち取りました!」
「おおぉぉっ!!」
周囲の生徒たちから、どよめきと称賛の声が上がる。
「すげぇ! 学生がオーガを倒すなんて!」
「さすがランドルフ様! 次期伯爵の器だ!」
称賛を浴び、ランドルフの鼻は天狗のように伸びきっていた。
ボブはあくびを噛み殺しながら、オーガの死体をチラリと見た。
「……ほう。オーガねぇ。お前らだけで倒したのか?」
「は、はい! もちろんです! 剣と魔法を駆使し、ギリギリの戦いでした!」
嘘八百である。彼らは森の奥で、すでに死んでいたオーガを見つけ、私兵に運ばせただけだ。
だが、ルールは『手段を問わない』。持って帰ってきた者が勝者だ。
「……ふーん。まぁ、オーガの死体があるのは事実だ。50ポイント、暫定トップだな」
ボブが羊皮紙にチェックを入れた瞬間、ランドルフの取り巻きたちが歓喜の声を上げた。
その時。
森の茂みを掻き分けて、一人の少年が足を引き摺りながら現れた。
「……戻り、ました……」
クラウス・アルヴィンだ。
その姿は凄惨だった。制服はズタズタに裂け、全身泥と血まみれ。だが、その瞳には強い光が宿っており、右手には『ホブゴブリン・リーダー』の首がしっかりと握られていた。
「おい、見ろよクラウス様だ!」
「ボロボロじゃないか……それに、あれはホブゴブリンのリーダー!?」
クラウスはボブの前に進み出ると、ゴトリと首を置いた。
「単独で……ホブゴブリンの群れと、そのリーダーを討伐しました。……証拠の首です」
「……ほう。単独でか。よく死ななかったな。ポイント換算で……20ポイントってとこか」
ボブは少しだけ感心したように目を細めた。
単独でのホブゴブリン大群討伐。本来なら、一年生としては破格の成績であり、大絶賛されるべき偉業だ。
だが――。
「フハハ! 奇遇ですな、クラウス様!」
横から、ランドルフが嘲笑うように声をかけた。
「単独でそれだけの成果、さすがは侯爵家の御曹司!……しかし、少々相手が悪かったようですな。我々はオーガを仕留めましたゆえ!」
ランドルフは、背後の巨大なオーガを誇らしげに指差した。
クラウスは、オーガの死体を見て目を見開いた。
「オーガ……!? 君たちが、これを……?」
「えぇ! 激戦でしたよ!」
クラウスは唇を噛み締めた。
嘘だ。こいつらの装備は汚れていない。魔力を使った痕跡もない。オーガのような化け物と戦って、無傷で済むはずがない。
だが、証拠がない。自分が森で不正の誘いを断ったという事実だけでは、彼らがこのオーガを倒していないという証明にはならないのだ。
(……くそっ! これが『手段を問わない』結果か……!)
クラウスが悔しさに拳を震わせた、その時だった。
「あー、疲れた疲れた。森歩きは足に来るな」
「リアン、キャルルお腹すいた。お肉見えてる」
「ルナもー! 早くお肉パーティーしよー!★」
のんびりとした、場違いなほど平和な声が響いた。
森の入り口から、リアン、ルナ、キャルルの『第零班』の三人が姿を現したのだ。
泥汚れ一つない、まるでピクニック帰りのような足取りで。
「……おや?」
ランドルフが、リアンたちを見てニタリと笑った。
「これはこれは、シンフォニア男爵。……随分と軽装ですな。まさか、一匹も狩れなかったのですか?」
周囲の生徒たちの視線が、一斉にリアンに集まる。
リアンの手には、ゴブリンの耳一つ握られていなかった。(実際はリュックの中にパンサーの素材が入っているが、リアンはあえて出さなかった)。
「いやぁ、森が広くて迷っちまってね。魔物一匹見つからなかったよ」
リアンは後頭部を掻きながら、へらへらと笑った。
「ギャハハハ! 手ぶらかよ!」
「田舎の剣術じゃ、森の魔物には通用しなかったか!」
ランドルフの取り巻きたちが、一斉にリアンを嘲笑する。
クラウスとの試合で見せた不気味な強さも、結果を出せなければ「ただのまぐれ」や「卑怯な手」として再び見下される。それが貴族社会(ルナミス学園)だ。
「ふん。やはり偽物の英雄の息子は、所詮その程度か。……見なさい、我々のこの成果を! これが本物の貴族の実力というものです!」
ランドルフは、オーガの死体をポンポンと叩いて見せた。
「…………」
リアンは、ランドルフの煽りを黙って聞いていた。
ルナとキャルルが「今すぐ吹き飛ばしたい(食べたい)」という顔でプルプル震えているのを、両手でしっかり押さえつけながら。
(……いいぞ。もっとだ。もっと高いところまで登れ、ランドルフ)
リアンは、内心でほくそ笑んでいた。
ヘイトは十分に溜まった。
観客の注目も集まった。
あとは、一番高いところから、こいつのハシゴを蹴り倒すだけだ。
「……あのさ、ランドルフ」
リアンは、ゆっくりと口を開いた。
その声は、先ほどまでのへらへらした態度は消え失せ、氷のように冷たく、理知的だった。
「そのオーガ、ずいぶんと『独特な倒し方』をしてるみたいだけど……どうやって倒したんだ?」
リアンの目が、獲物を追い詰める蛇のように細められた。
反撃(論破)のターンが、静かに幕を開けた。




