EP 28
卑劣なる横取り
沢での水浴びを終え、さっぱりした顔のルナとキャルル。
そして、水筒に湧き水を汲み終えたリアンの3人は、オーガを仕留めた広場へと戻ってきた。
「ふふふ〜♪ お肉お肉〜★」
「早く焼いて、リアン。キャルル、お腹と背中がくっつく」
ルナは上機嫌で鼻歌を歌い、キャルルは自前のフォークとナイフをカチャカチャと鳴らしている。
リアンも、50ポイントの大物を解体する手順を頭の中でシミュレーションしていた。
(まずは皮を剥いで、魔石を取り出す。肉は……デカすぎるから、上質な部位だけ切り取って、残りはボブ先生のアイテムボックスにでも突っ込ませるか)
そんな実利的な計算をしながら、広場に足を踏み入れた瞬間――リアンの足がピタリと止まった。
「……あ?」
リアンは思わず、間抜けな声を漏らした。
「あれぇ? お肉がないよ?」
「……リアン、キャルルのご飯どこ?」
ルナが首を傾げ、キャルルが恨めしそうにリアンを見上げる。
広場の中央。
先ほどまで、確かにそこに横たわっていたはずの『レッド・オーガ(身長4メートル・体重数トン)』の巨体が、忽然と姿を消していたのだ。
残されているのは、生々しい血溜まりと、ルナの魔法で荒らされた地面、そして……何か巨大なものを引き摺ったような、太い轍の跡だけ。
「……なるほど。そういうことか」
リアンは眉間を揉んだ。
『嘆きの森』には、死肉を漁るハイエナのような魔物もいる。だが、あれほど巨大なオーガを、わずか数十分の間に跡形もなく食い尽くすことなど不可能だ。
轍の跡をたどって視線を森の奥へ向けると、木々の隙間から、何やらコソコソと動く集団の姿が見えた。
「よいしょ! そーれ!」
「もっと早く引け! ボブ先生のところへ持ち帰るんだ!」
声の主は、ランドルフら数人の貴族生徒たち。
そして、彼らが雇った大柄な私兵たちが、汗だくになってロープでオーガの巨体を引っ張っている最中だった。
「……あいつら、クラウスの次は俺たちの獲物を狙ったのか」
リアンは呆れてため息をついた。
ルールは『手段を問わない』。
確かに、他人が倒した獲物を横取りして提出するのも、ルール上はグレーゾーン(あるいはセーフ)かもしれない。
「リアン。あいつら、キャルルのお肉泥棒?」
キャルルの声が、地を這うように低くなった。
ピョコピョコ動いていた兎耳が、怒りでピーンと直立している。
彼女の特注ブーツから、パチパチと紫電が漏れ出し始めた。食べ物の恨みは、ガルーダ獣人国において最も重い罪である。
「ルナの的を盗むなんて、悪い子たちだねぇ。……吹き飛ばしちゃおっか?★」
ルナも笑顔のまま、世界樹の杖を構えた。
周囲の風が、不穏な唸り声を上げ始める。
今にも、マッハの飛び蹴りと地獄龍のコンボが、ランドルフたちを森ごと消し炭にしそうな勢いだ。
「ストップ、お前ら」
リアンは即座に二人の頭にチョップを落とした。
「あうっ!」
「えへぇ?」
「ここで暴れたら、あのオーガの肉までミンチか黒焦げになるぞ。それに、今あいつらをボコボコにしても『横取りした』という証拠がない。逆に俺たちが『横取りしようとして襲った』と言いがかりをつけられる可能性もある」
リアンの冷静な言葉に、二人は不満そうに頬を膨らませた。
「じゃあ、どうするの? キャルル、お腹すいた」
「簡単なことだ」
リアンは、遠ざかっていくランドルフたちの背中を見つめながら、ニヤリと……酷く黒く、邪悪な笑みを浮かべた。
「……泳がせよう」
「およがせる?」
「あぁ。あいつらがボブ先生の前にあのオーガを持っていき、『自分たちが倒しました!』とドヤ顔で宣言するまで待つんだ」
リアンの脳内で、完璧な『ざまぁ』のシナリオが構築されていく。
前世で、他人の手柄を横取りするクソ上司を、会議の場で論理的に詰め詰めにし、社会的に抹殺した時の記憶が蘇る。
(他人の褌で相撲を取る奴は、一番高いところに登った瞬間にハシゴを外してやるのが一番効くんだよ)
「いいか、お前ら。後で極上のお肉を食べさせてやるから、今は我慢しろ。……その代わり、最高に面白いショーを見せてやる」
リアンの言葉に、キャルルは「極上のお肉」という単語に反応して涎を拭い、ルナは「面白いショー」という言葉に目を輝かせた。
「わかった! ルナ、我慢する!★」
「……お肉のためなら、待つ」
「よし、良い子だ。それじゃあ、ゆっくりと『集合場所』に戻るとしようか。……手ぶらでな」
リアンは楽しそうに鼻歌を歌いながら、歩き出した。
一方、必死にオーガを引き摺っているランドルフたちは、自分たちが『絶対に怒らせてはいけない劇薬』に手を出してしまったことに、微塵も気づいていなかった。
「フハハハ! 見ろ、この巨大なオーガを! これで我々はトップ成績間違いなしだ!」
「さすがランドルフ様! あの成り上がり男爵め、今頃泣いて獲物を探していることでしょうな!」
森の夕闇が迫る中、勘違いと悪意、そして静かなる報復の足音が、集合場所へと向かっていく。




