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EP 26

孤高の剣士、包囲される

リアンたちがオーガの巨体を前に「昼食の準備」をしていた頃。

『嘆きの森』の西側エリアでは、血と泥に塗れた死闘が繰り広げられていた。

「ハァッ……! ハァッ……!」

木々に背を預け、荒い息を吐く少年。

純白だったはずのルナミス学園の制服は、今や赤黒い返り血と泥で汚れ、見る影もない。

クラウス・アルヴィン。

侯爵家の麒麟児であり、S組トップクラスの剣の腕を持つ彼は今、絶体絶命の危機に陥っていた。

「ギギャッ! ギガガッ!」

「グルルルル……」

彼を取り囲んでいるのは、緑色の醜悪な肌を持つ亜人――『ホブゴブリン』の群れだった。

通常のゴブリンよりも一回り以上大きく、大人の人間と同等の体格と筋力を持つ中級魔物。それが、ざっと見積もって二十体以上。

さらに厄介なのは、彼らがただの獣の群れではないということだ。

「……統率が取れている。厄介な連中だ」

クラウスは剣を正眼に構え直し、群れの奥を睨みつけた。

そこには、一際大きな体躯を持ち、ボロボロの鉄鎧を身に纏った『ホブゴブリン・リーダー』が陣取っていた。リーダーが短い鳴き声で指示を出すたび、群れは陣形を変え、クラウスの死角を突いてくる。

「ギギャァァッ!!」

三体のホブゴブリンが同時に飛びかかってきた。

正面から錆びたなたが振り下ろされ、左右から槍が突き出される。

「『王宮流・円月弾き』!」

クラウスは剣を独楽のように回転させ、三つの武器を同時に弾き飛ばした。

そして、体勢を崩した正面の一体の喉元を正確に貫く。

「まずは一体……ッ!」

だが、剣を引き抜く前に、背後から別の個体が襲いかかってきた。

「ギガッ!」

「しまっ……!」

咄嗟に体を捻ったが、ゴブリンの持つ粗悪な棍棒がクラウスの左肩を掠めた。

「ぐっ……!」

骨に響く鈍痛。

クラウスは顔をしかめながら距離を取り、包囲網から抜け出そうとするが、リーダーの指示で即座に退路を塞がれる。

「くそっ……! 寄ってたかって、複数でかかってくるとは……卑怯な!」

クラウスは思わず毒づいた。

一対一の決闘ならば、こんな連中、何十体いようが遅れをとるはずがない。

だが、ここは戦場。騎士のルールなど通用しない、弱肉強食の森だ。

(……ボブ先生の言葉が、身に沁みるな)

クラウスの脳裏に、数日前の実技テストの記憶が蘇る。

『実戦では、審判はいない。ルールブックもない。……あるのは「生き残った奴が勝ち」という結果だけだ』

あの時、リアンは勝つために「鞘」を投げた。

体裁もプライドも投げ捨てて、ただ勝利という結果だけをもぎ取りにきた。

それに比べて、今の自分はどうだ。

「……息が、上がっている」

クラウスは自分の限界が近づいていることを悟っていた。

魔力も体力も底をつきかけている。

このままジリ貧になれば、いずれ群れに押し潰され、醜悪な魔物の餌食になるだろう。

(ランドルフの誘いに乗っていれば……こんなことにはならなかったのか?)

ふと、そんな弱い考えが頭をよぎる。

他人に狩らせた獲物を自分の手柄にする。そうすれば、服を汚すことも、命の危険に晒されることもなく、教室で優雅に紅茶を飲んでいられた。

「…………」

クラウスは、ギュッと剣の柄を握り直した。

そして、自らの弱音を切り捨てるように、鋭く咆哮した。

「――ふざけるなッ!!」

その声に、ホブゴブリンたちがビクッと動きを止めた。

「僕はアルヴィン侯爵家の嫡男、クラウス・アルヴィンだ! 泥を啜る覚悟がないわけではない! だが、己の矜持を曲げてまで生き残るくらいなら……ここで泥に塗れて死んでやる!!」

クラウスの両目から、再び闘志の炎が燃え上がった。

リアンのような器用な真似はできない。

卑怯な奇策も、逃げ隠れする知恵もない。

ならば。

己の信じる「正道」を、限界のその先まで研ぎ澄ませるのみ。

「来い、化け物ども……! 僕の剣は、まだ折れてはいないッ!」

「ギギャアアアアッ!!」

リーダーの号令と共に、残る十数体のホブゴブリンが一斉にクラウスへと殺到した。

四方八方からの波状攻撃。

逃げ場はない。

クラウスは目を閉じ、深く息を吸い込んだ。

体内に残された、最後の一滴の魔力を振り絞る。

(……見せてやる、リアン。これが、僕の『正面から勝つ』力だ!)

目を開いた瞬間、クラウスの瞳に、青白い雷光が走った。

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