EP 23
第零班、森を行く
『嘆きの森』。
太陽の光さえ届かない鬱蒼とした木々、湿った苔の匂い、そして遠くで響く魔物の咆哮。
Aランク指定の危険地帯。常人なら足を踏み入れるだけで震え上がる魔境である。
だが、そんな地獄の森を、まるで商店街の裏通りでも歩くかのように進む3人組がいた。
「わぁ〜! リアン見て見て! キラキラしたお花だよぉ!★」
先頭を歩くルナが、スキップしながら黄色い花に駆け寄った。
彼女の周りだけ、なぜかファンシーなBGMが聞こえてきそうなほど平和だ。
「おい、待てルナ! それに触るな!」
最後尾で警戒していたリアンが叫ぶ。
「えー? どうして? こんなに可愛いのに」
「それは『麻痺毒草』だ! 花粉を吸っただけで大人の男でも三日は動けなくなる猛毒植物だぞ!」
「へぇ〜、すごーい! じゃあこれ、栞にしようっと!★」
「聞けよ! 引っこ抜くな!」
ブチッ。
ルナは笑顔で猛毒草を引き抜き、ポケットにねじ込んだ。
エルフの高い魔法耐性のおかげか、あるいは彼女自身が毒よりもタチが悪いからか、ピンピンしている。
(……勘弁してくれ。胃が痛い)
リアンはこめかみを押さえた。
彼の背中には、すでに解体ナイフや採取袋、そして非常食セットなどが詰め込まれた巨大なリュックが背負われている。完全に「引率の先生」か「ポーター(荷物持ち)」の格好だ。
「ねぇねぇリアン。お弁当まだー?」
その横で、キャルルがリアンの袖をクイクイと引っ張る。
彼女はすでに、持参した人参を3本平らげていた。
「まだ出発して15分だぞ。さっき食べたばかりだろ」
「んー、お腹すいた。……あ、お肉だ」
キャルルの長い耳がピクリと動いた。
次の瞬間、茂みの中から黒い影が飛び出した。
「グルルルルッ!!」
現れたのは、体長2メートルを超える『シャドウ・パンサー』。
闇に紛れて獲物を狩る、Bランク相当の凶暴な魔獣だ。生徒が単独で遭遇すれば即死レベルの相手である。
「ヒャッハー! ご飯だぁぁぁ!!」
「ちょ、キャルル!? 待て!」
キャルルは涎を垂らしながら、パンサーに向かって突進した。
パンサーが驚愕の表情(に見えた)を浮かべる暇もなく、キャルルの特注ブーツが火を噴く。
「『月影流・兎狩り(ラビット・ハント)』!」
ドゴォッ!!
キャルルの中段回し蹴りが、パンサーの横腹に深々と突き刺さった。
パンサーは「ギャンッ!」と情けない声を上げ、ボロ雑巾のように木に叩きつけられて絶命した。
「……うむ。良い蹴りだ」
キャルルは満足げに頷き、リアンを振り返った。
「ねぇリアン、これ焼肉にして?」
「……はぁ。わかったよ」
リアンはため息をつきながら、手慣れた手つきでパンサーの死体に近づいた。
ナイフを取り出し、素早く魔石を取り出し、毛皮を剥ぎ、食用可能な部位を切り分ける。その手際は、熟練の解体職人も裸足で逃げ出すレベルだ。
「ポイント確認……ホブゴブリン相当か。これで5ポイント。……毛皮も綺麗だし、肉質も悪くない」
リアンはブツブツ言いながら素材をリュックに詰め込んだ。
「ねぇねぇリアン! こっちに甘い匂いのキノコがあるよ! 毒かな!?★」
「毒キノコだ! 絶対に食うなよ!」
「リアン、お肉焼けた? まだ?」
「今、下処理してるから待て! 生で食うと腹壊すぞ!」
森を進むこと数十分。
そこはもはや「サバイバル演習」ではなく、「魔境ピクニック」と化していた。
襲い来る魔物は、ルナの風魔法で吹き飛ばされるか、キャルルの蹴りでミンチにされるかの二択。
リアンはその尻拭い(素材回収とポイント加算)に追われ、精神をすり減らしていた。
(……おかしい。俺は目立たず、適当にサボる予定だったのに。なんで一番働いてるんだ?)
「あ、開けた場所に出たよ!」
ルナが指差した先には、木々が開けた円形の広場があった。
森の深部。今までとは明らかに空気が違う、淀んだ魔力が漂う場所だ。
「よし、ここでお昼にしよう!★」
ルナが勝手にレジャーシート(風魔法で編んだ葉っぱの絨毯)を広げる。
「お肉ー! 人参もー!」
キャルルが涎を拭う。
「……お前らなぁ。ここは『嘆きの森』の深層だぞ? いつボス級が出ても……」
リアンが注意しようとした、その時。
ズシンッ……ズシンッ……
地面が揺れた。
森の奥から、圧倒的な質量を持った何かが近づいてくる。
鳥たちが一斉に飛び立ち、周囲の小動物たちが逃げ出した。
「……あ?」
リアンが振り返る。
木々をなぎ倒して現れたのは、全身が赤黒い筋肉で覆われた、身長4メートルを超える巨人。
『レッド・オーガ』。
Aランクの森における「主」の一角。
ポイント換算50点の大物だ。
「グオオオオオオオオッ!!!」
オーガが咆哮を上げ、巨大な棍棒を振り上げる。
普通の生徒なら失禁して逃げ出す恐怖の光景。
だが。
「……む? あのお肉、赤身が多くて美味しそうだねぇ」
キャルルがじゅるりと唇を舐めた。
「わぁ〜! 大きいね! 的にしやすそう!★」
ルナが杖を構えてニッコリ笑った。
「……ポイント50点か。これ一匹でノルマ達成だな」
リアンは瞬時に計算を終え、弓を取り出した。
(……やれやれ。昼飯前の運動にしては、ちとヘビーだが)
逃げるという選択肢は、彼らの辞書には最初から載っていなかった。
森の王者が、最悪の「捕食者たち(第零班)」と出会ってしまった瞬間だった。




