表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
111/123

EP 22

甘い誘惑と高潔なる拒絶

『嘆きの森』、浅層エリア。

鬱蒼と茂る木々の間を、一人の少年が警戒しながら進んでいた。

「ふっ!」

鋭い剣閃が走る。

草むらから飛び出してきた小鬼ゴブリンの首が、一撃で宙を舞った。

「……遅いな」

クラウス・アルヴィンは、剣についた血糊を払い、静かに鞘に納めた。

彼の足元には、すでに数体のゴブリンが転がっている。

教科書通りの、無駄のない剣捌き。

入学以来、リアンという規格外の存在に振り回され続けてきたが、やはり腐っても侯爵家の麒麟児。その実力はS組の中でも頭一つ抜けていた。

(ボブ先生は『手段は問わない』と言った。……だが、それは『生き残るため』の方便だ。騎士たるもの、己の力のみで結果を出してこそ意味がある)

クラウスは汗を拭い、さらに森の奥へと進もうとした。

「おや? クラウス様ではありませんか!」

横合いから、媚びるような声がかかった。

振り返ると、そこには数人の男子生徒たちが立っていた。

中心にいるのは、先日のトーナメントでリアンに瞬殺された男爵令息、ランドルフだ。

「……ランドルフか。何だ、徒党を組んで狩りか?」

クラウスは眉をひそめた。

彼らの装備はあまり汚れていない。汗もかいていない。

まるでピクニックにでも来たかのような余裕がある。

「えぇ、まあ。……ところでクラウス様、戦果はいかがです?」

「ゴブリン数匹だ。まだこれからだな」

「ほほう! それは奇遇ですね。我々は……少々『大物』が獲れましてね」

ランドルフはニヤリと笑い、手招きをした。

茂みの奥から、屈強な男たちが数人現れた。彼らは生徒ではない。武装した大人の傭兵――ランドルフの実家が雇った『私兵』たちだ。

そして、彼らが引きずってきたものを見て、クラウスは目を見開いた。

「なっ……ホブゴブリン!? それに、あれは……!」

そこには、中級魔物であるホブゴブリンの死体が数体と、さらに希少な素材を持つ魔獣の山が築かれていた。

これだけで数百ポイントにはなるだろう。

「ど、どうやってこれほどの数を……?」

「簡単ですよ。我が家の優秀な家来たちに、事前に狩らせておいたのです」

ランドルフは扇子を広げ、高笑いした。

「ルールは『手段を問わない』。つまり、家の財力とコネを使って『成果』を用意するのも、貴族の実力のうち……ということでしてね」

「……なんだと?」

クラウスの声色が低くなった。

「さて、ここからが本題です。クラウス様」

ランドルフはホブゴブリンの死体を指差した。

「この獲物の半分……いや、一番良いところを、貴方様に差し上げましょう」

「……は?」

「次期侯爵である貴方様に、恥をかかせるわけにはいきませんからね。これを提出すれば、貴方様は楽してトップの成績。我々は『クラウス様に協力した』という名誉が得られる。……悪い話ではないでしょう?」

買収。

いや、もっとタチの悪い共犯の誘いだ。

ランドルフたちは、自分たちの不正を正当化するために、クラスで最も発言力のあるクラウスを巻き込もうとしているのだ。

「さぁ、どうぞ。遠慮なく……」

ランドルフがホブゴブリンの首を差し出した、その瞬間。

バヂィンッ!!

乾いた音が森に響いた。

クラウスが、ランドルフの手を強烈に払い除けたのだ。

「……ふ、ふざけるなッ!!」

クラウスの怒号が轟いた。

その瞳には、侮蔑と激しい怒りの炎が燃え盛っていた。

「く、クラウス様……!?」

「僕を侮辱する気か! 貴様らは、騎士として……いや、人として恥ずかしくないのか! 他人が命懸けで狩った獲物を、自分の手柄だと偽って提出する……それが貴族のすることか!」

クラウスは剣の柄に手をかけ、一歩踏み出した。

殺気すら漂うその迫力に、私兵たちが慌ててランドルフを庇うように構える。

「金で買った点数になんの価値がある! 家の力で得た地位になんの意味がある! 僕は……僕はそんな薄汚い真似をしてまで、一番になどなりたくない!」

クラウスは吐き捨てるように言った。

「失せろ! 二度と僕の前にその汚らわしい顔を見せるな! ……次に見かけたら、魔物と見なして斬り捨てるぞ!」

「ひっ……!」

ランドルフは顔を引きつらせた。

予想外の拒絶。しかも、完全なる軽蔑。

「……ちっ! 偉そうに! 後で泣きを見ても知りませんよ!」

ランドルフたちは捨て台詞を吐き、慌てて逃げ去っていった。

森に静寂が戻る。

残されたのは、怒りで肩を震わせるクラウス一人だけだった。

「……はぁ、はぁ……」

クラウスは剣から手を離し、深呼吸をした。

これで、完全に孤立した。

他の生徒たちは徒党を組み、不正をしてでも高得点を狙ってくるだろう。

単独行、かつ正攻法のクラウスは、圧倒的に不利だ。

「……だが、これでいい」

クラウスは顔を上げた。

その瞳に迷いはない。

「見ていろ、リアン。……君なら、きっと鼻で笑うだろうが……これが僕の『正道』だ」

クラウスは背筋を伸ばし、あえて困難な道を選んだ。

彼は一人、森の深部――より強力な魔物が潜むエリアへと足を踏み入れた。

そこで待ち受ける死闘が、彼を本当の「騎士」へと覚醒させることになるとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ