EP 19
非難の嵐と、真の評価
試合終了の余韻が漂う訓練場。
生徒たちの間には、まだざわめきが残っていた。
「卑怯だ」「あんなの剣術じゃない」という非難の声と、「でも勝ったのは……」という困惑の声が入り混じっている。
リングの中央で、クラウスは土に塗れた制服を払いながら、自身の掌を見つめていた。
(……僕は、負けた)
認めたくはない事実だが、否定しようがなかった。
剣術の技量では圧倒していた。リーチも、スピードも、スタミナも上だった。
だが、最後の一瞬。
あの鞘が飛んできた時、僕の思考は停止した。そして次の瞬間には、マウントを取られ、拳を振り上げられていた。
もし、あれが戦場だったら。
もし、あの拳がナイフだったら。
僕は今頃、冷たくなっていた。
「……勝負あり、か」
クラウスは唇を噛み締め、俯いた。
そこへ、ダルそうな足取りでボブ教師が歩み寄ってきた。
彼は生徒たちの視線など意に介さず、二人の少年の前に立った。
「……クラウス」
「は、はい! ボブ先生!」
クラウスは背筋を伸ばした。
「お前は『試合』には勝っていたぞ」
ボブは淡々と言った。
「剣筋、体捌き、魔力制御。どれをとってもSクラスだ。ルールのある競技なら、お前の圧勝だった」
「……」
「だが、『勝負』では負けた」
「……はい」
クラウスは悔しさを飲み込み、深く頷いた。
「実戦では、審判はいない。ルールブックもない。……あるのは『生き残った奴が勝ち』という結果だけだ。お前は美しさと正しさに拘りすぎて、泥を啜ってでも生き残る執念が足りなかった」
ボブの言葉は、クラウスの騎士道精神の痛いところを正確に突いていた。
「……肝に銘じます」
次に、ボブはリアンの方を向いた。
リアンは無表情で、ボブを見上げている。
「……リアン」
「……何ですか」
「お前は盤外的な手を使って『勝負』には勝った。……だが、『試合』では負けていたな」
「…………」
リアンは何も言い返さなかった。
図星だったからだ。
剣だけで勝てるなら、わざわざ鞘なんて投げない。
正攻法では勝てないから、奇策を使った。それは自分の「弱さ」の裏返しでもある。
ボブは、リアンの目を見据えて言った。
「『兵は詭道なり』……戦いとは、相手を欺くことだ。お前の判断は間違っちゃいない」
ボブは一呼吸置き、鋭い眼光を放った。
「だがな……『正道』なくして、詭道は成り立たんぞ」
「……正道?」
「あぁ。奇策ってのは、圧倒的な『基礎(正攻法)』があって初めて活きるもんだ。……お前が鞘を投げたのは、そうするしかなかったからだ。もしクラウスがもっと冷静だったら? 鞘を弾かれて終わりだったぞ」
「……っ」
リアンは息を呑んだ。
その通りだ。あれは乾坤一擲の賭けだった。
もし失敗していれば、自分は無防備な状態で斬られていた。
ボブは二人を交互に指差した。
「いいか、若造ども。この学園でお前らに足りないものを教えてやる」
ボブはニヤリと笑った。
「リアン。貴様はクラウスに『正面から勝てる術』を身に着けろ。小手先の技に頼らず、王道をねじ伏せるだけの本当の強さをな」
そして、クラウスへ。
「クラウス。貴様はリアンを『出し抜く知恵』をつけろ。正しさだけで世界は救えん。清濁併せ呑む柔軟さを学べ」
正反対の二人。
だからこそ、互いが互いの「欠けたピース」を持っている。
「……正面から、勝つ……」
リアンが呟く。
「……出し抜く、知恵……」
クラウスが復唱する。
ボブは満足げに頷くと、クラス全員に向かって手を叩いた。
「よし! これにて第1回・最強決定戦は終了だ! ……あー、疲れた」
ボブは大きな欠伸をして、教官室へと戻ろうとした。
「あ、そうだ。リアン、クラウス、それとそこの女子二人」
ボブが振り返る。
「お前ら4人、放課後『特別指導室』に来い」
「……え?」
「リングを壊した罰掃除と……今後の『特訓メニュー』の発表だ。拒否権はねぇからな」
ボブは意地悪く笑って去って行った。
残された4人――リアン、クラウス、ルナ、キャルル。
彼らは顔を見合わせた。
「……巻き込まれた」
リアンが天を仰ぐ。
「フフッ……望むところだ!」
クラウスが拳を握る。
「わーい! みんなで遊ぶの!?★」
ルナが跳ねる。
「掃除? キャルル、雑巾がけならマッハでできるよ?」
キャルルが耳を揺らす。
こうして、学園史上最悪の問題児クラス……通称『ボブ教室』の核となる4人が、ここに結成されたのだった。




