EP 17
決勝戦、リアン対クラウス
「それでは、男子決勝戦……始め!」
ボブ教師の気だるげな声と共に、S組最強決定戦の最後を飾るゴングが鳴った。
荒れたリングの中央。
対峙するのは、侯爵家の麒麟児クラウス・アルヴィンと、新興男爵家のリアン・シンフォニア。
「行くぞ、リアン! 手加減は無用だ!」
クラウスが地を蹴った。
速い。
先ほどのランドルフとは比較にならない、洗練された踏み込み。
「『王宮流・閃光突き』!」
一瞬で間合いを詰め、鋭い突きがリアンの喉元へと伸びる。
殺意はない。だが、当たれば確実に昏倒する威力と速度だ。
「……っ!」
リアンは辛うじて反応した。
持っていた量産品の剣を斜めに構え、切っ先を逸らす。
キィンッ!
金属音が響き、火花が散る。
リアンの手首に、ズシリと重い衝撃が走った。
(……重い。見た目は優男のくせに、芯が通ってやがる)
リアンは舌打ちした。
クラウスの剣は、単に美しいだけではない。幼い頃から一流の師につき、血の滲むような鍛錬を積んできた者の剣だ。
基礎スペックが高い上に、技術も完成されている。
「どうした! 防戦一方ではないか!」
クラウスが追撃を仕掛ける。
上段、袈裟斬り、逆袈裟、突き。
流れるような連撃が、息つく暇もなくリアンを襲う。
「『王宮流・連鶴』!」
「くっ……!」
リアンは後退し続けるしかなかった。
彼の剣術は、父アークスから習った「サバイバル剣術」だ。
魔物を殺す、あるいは戦場で生き残るための泥臭い技術。
だが、この「学校の試合」という枠組みの中では、クラウスの正統派剣術に分がある。
(リーチが違う。技術が違う。……何より、この『ルール』が邪魔だ!)
リアンは焦りを感じ始めていた。
殺していいならやりようはある。
隠し持った暗器を使う、目潰しを投げる、股間を蹴り上げる……。
だが、衆人環視の「試合」でそれをやれば、即座に退学か、あるいは貴族社会からの追放だ。
「はぁっ!!」
クラウスの剣が、リアンの防御を弾く。
体勢が崩れた。
「隙あり!」
クラウスは見逃さない。
がら空きになったリアンの胴へ、寸止めの横薙ぎを放つ――のではなく、あえて剣の腹で強烈なタックル(体当たり)をかましてきた。
ドカッ!!
「ぐっ……!?」
リアンは吹き飛ばされ、リングの端まで転がった。
背中に冷たい結界の感触が当たる。
もう後がない。
「……ハァ、ハァ……」
リアンは膝をつき、剣を杖にして立ち上がった。
制服は土に汚れ、髪も乱れている。
「立て、リアン・シンフォニア!」
クラウスは剣を下ろさず、凛とした声で叫んだ。
「君の実力はそんなものではないはずだ! あのマグナギア大会で見せた、神懸かり的な判断力……そして先ほどランドルフを一撃で沈めた、あの鋭さはどうした!」
クラウスは本気で怒っていた。
ライバルと認めた男が、自分の前で全力を出していない(ように見える)ことが許せないのだ。
「僕を……失望させるな!」
会場の生徒たちも、固唾を飲んで見守っている。
最初は「平民上がりの男爵」と馬鹿にしていた彼らも、クラウスの猛攻を凌ぎ続けているリアンに、ある種の畏怖を感じ始めていた。
「……うるさいなぁ、もう」
リアンは口元の血を親指で拭った。
(……失望させるな、か。勝手なことを言いやがって)
リアンは、自分が「天才」でも「英雄」でもないことを知っている。
前世はただの社畜。今世も、チートアイテム(マグナギア)と悪知恵で乗り切ってきただけだ。
剣の才能なんて、凡人並みしかない。
正面からやり合えば、クラウスには勝てない。
それは明白な事実だ。
「……参った、するか?」
ボブ教師が、気だるげに問いかける。
これ以上やれば、一方的なリンチになるだけだと判断したのだろう。
「……いや」
リアンは首を振った。
(ここで負ければ、『モブ』に戻れる。……でもなぁ)
脳裏に、ランドルフに馬鹿にされた父の顔が浮かぶ。
そして、目の前で真っ直ぐに自分を見据える、クラウスの熱い瞳。
(あいつに……『偽物』のままで終わるのは、なんか癪だ)
リアンの中で、何かが切り替わった。
「学生の試合」をするスイッチを切り、「戦争」のスイッチを入れる。
「……クラウス。お前は強いよ。正統派で、綺麗で、立派な騎士様だ」
リアンは剣を構え直した。
だが、その構えは先ほどまでとは違っていた。
剣先をダラリと下げ、半身になり、全身の力を抜く。
まるで、死人のような構え。
「だから……『俺のやり方』でいく」
「……?」
クラウスが眉をひそめる。
リアンの雰囲気が変わった。
熱気が消え、代わりに肌を刺すような、冷たく粘着質な殺気が漂い始めたのだ。
「来い! これで終わりにする!」
クラウスは全神経を研ぎ澄ませた。
次の一撃に全てを込める。
王宮流奥義、必殺の突き。
「『雷光』!!」
クラウスが光の矢となって突っ込む。
誰もが、クラウスの勝利を確信した。
だが、リアンだけは、その光景をスローモーションのように見ていた。
(……綺麗すぎるんだよ、お前の剣は。教科書通りで、予測がしやすすぎる)
リアンは、握っていた剣の柄から、ふっと力を抜いた。
「えっ?」
観客の誰かが声を上げた。
リアンの手が動いた。
剣を振るのではない。
ヒュンッ!!
彼の手から、剣の『鞘』が弾丸のように射出されたのだ。
「――なっ!?」
突進中のクラウスの顔面に、硬い木の鞘が迫る。
予期せぬ飛来物。
剣同士の打ち合いしか想定していなかったクラウスの思考が、一瞬だけ空白になる。
そのコンマ一秒の隙が、勝敗を分けた。
「……もらった」
リアンは、貴族の試合ではあり得ない『反則級の奇策』へと踏み込んだ。




