EP 12
実技試験の予告とモブの嘲笑
実技テストの予告から一週間後。
『王立ルナミス学園』の屋外訓練場には、張り詰めた空気が漂っていた。
「よーし、集まったな。これより『第1回・S組最強決定戦』を始める」
担任のボブ教師が、あくび混じりに宣言する。
彼の背後には、魔法障壁で囲まれた特設リングが設置されていた。
「ルールは単純。相手が『参った』と言うか、戦闘不能になるか、場外に出たら負けだ。……死なない程度になら何してもいいぞ。回復魔法は待機させてあるから安心しろ」
「何してもいい……ですか?」
クラウスが真面目な顔で質問する。
「あぁ。剣でも魔法でも、拳でも噛みつきでもな。……戦場じゃ『汚い』も『卑怯』もない。勝った奴が正義だ」
ボブの言葉に、貴族の生徒たちがどよめく。
彼らは「騎士道」や「決闘作法」を重んじる教育を受けてきた。
「何でもあり」という野生のルールは、彼らのプライドを刺激したのだ。
「ふん……野蛮な」
そんな中、リアン(6歳)は集団の後ろで、死んだ魚のような目をしていた。
(……面倒くさい。とにかく面倒くさい)
彼の今日の目標はただ一つ。
『適度に戦い、適度に苦戦し、真ん中くらいの順位で終わる』こと。
優勝すれば目立つ。最下位になればボブに目をつけられる。
目指すは「クラスのモブA」という不動のポジションだ。
(相手に合わせて、ギリギリ勝ったり負けたりしよう。……よし、作戦完了)
リアンが木陰で気配を消そうとしていた、その時だった。
「おい、そこの田舎者」
頭上から、粘着質な声が降ってきた。
見上げると、取り巻きを連れた一人の少年が立っていた。
先日のHRでボブに一喝された、伯爵家の三男坊――ガイルの腰巾着である、男爵家のランドルフだ。
「……僕のことですか?」
「他に誰がいる? 貧相な装備に、やる気のない構え……。フン、見ていられないな」
ランドルフは、リアンの腰にある剣(市販の量産品を改造したもの)を指差して鼻で笑った。
「貴様のような『成り上がり』が、我々と同じS組にいること自体が不愉快なんだよ。……金で爵位を買ったという噂は本当らしいな?」
「……はぁ。どうも」
リアンは適当に流した。
事実、金(太陽芋マネー)はあるし、爵位も棚からぼた餅だ。否定はしない。
大人の精神年齢を持つリアンにとって、6歳児のマウントなど、子犬のキャンキャン吠えにしか聞こえない。
(はいはい、すごいねー。あっち行ってねー)
リアンが無視して歩き出そうとした瞬間。
ランドルフは、あろうことか「逆鱗」に触れた。
「父親も父親だ。『ルナミスの英雄』だと? 笑わせるな」
ピタリ。
リアンの足が止まった。
「聞いたぞ? お前の父、アークス・シンフォニアは、ただの冒険者上がりだとな。……先の戦争も、どうせ『運』が良かっただけだろう?」
ランドルフは、リアンの背中に向かって嘲笑を投げつけた。
「敵が勝手に自滅した戦場で、たまたま指揮官面をしていただけの男だ。……そんな『偽物の英雄』の血を引く息子が、この学園で通用すると思うなよ?」
「ギャハハハ! 違いない!」
取り巻きたちも下卑た笑い声を上げる。
「…………」
リアンはゆっくりと振り返った。
その表情は、先ほどまでと変わらない、無表情のままだ。
だが。
(……あ?)
心の中で、何かが「パチン」と切れる音がした。
自分を馬鹿にするのはいい。
どうせ中身はオッサンだし、実利に影響がなければ何を言われても構わない。
だが、父アークスは違う。
あの人は、本物の善人だ。
家族を愛し、領民のために涙を流し、不慣れな書類仕事と毎日格闘している、最高の父親だ。
その努力と誇りを、何も知らない他人が土足で踏み荒らすことは――万死に値する。
「……おい、ランドルフ」
「あ? なんだ、悔しいのか? 図星をつかれて……」
「次はお前か」
リアンは静かに言った。
その瞳の奥には、氷点下の殺意が渦巻いていたが、ランドルフのような凡百の感性ではそれに気づけない。
「は?」
「トーナメント表だ。……一回戦、僕の相手はお前か、と聞いている」
ちょうどその時、ボブが掲示板に組み合わせ表を貼り出した。
『第3試合:リアン・シンフォニア VS ランドルフ・バースト』
「……ほう! 奇遇だな!」
ランドルフはニヤリと笑い、自分の愛剣(宝石で飾られた高級品)を抜いて見せた。
「ちょうどいい。実技テストの前に、貴族の『格』というものを教えてやる。……田舎のゴミ剣術如きが、王都の正統派剣技に勝てるなどと思うなよ?」
「……そうか。楽しみにしてるよ」
リアンは踵を返した。
その背中は、もはや「モブ」のそれではない。
木陰でその様子を見ていたクラウスだけが、青ざめた顔で震えていた。
「……おい、あいつ。リアンの『あの目』を見たか?」
「え? クラウス様、どうされたのです?」
「……マグナギア大会の時と同じだ。いや、それ以上だ。……あいつ、ランドルフを『殺す気』だぞ」
クラウスの予感は正しかった。
リアンの中で、「手加減」という文字は消滅していた。
あるのは、「徹底的な制裁」という二文字だけ。
「……父さんの剣がゴミだって?」
リアンは自分の手のひらをグッと握りしめた。
「なら、そのゴミに負けたお前は……『燃えるゴミ』以下だな」
風が止まる。
ざわめきの中で、幼き男爵の「本気」のスイッチが、静かに、しかし確実に押されたのだった。




