EP 11
担任は元・宮廷魔導師
『王立ルナミス学園』、1年S組。
通称「特進クラス」。
そこは、将来の帝国を背負って立つエリート中のエリートが集められた、選ばれし者たちの教室である。
「……帰りてぇ」
教室の一番後ろ、窓際の席。
リアン・シンフォニア(6歳・男爵)は、机に突っ伏して深いため息をついた。
入学式での騒動以来、リアンの「平凡なモブ生活」計画は、開始早々に崩壊していた。
理由は明白だ。彼の周囲を取り囲む、濃すぎるメンツのせいである。
「ねぇねぇリアン! 今日のランチ何食べる? ルナはねぇ、オムライスがいいな!★」
右隣の席には、エルフの姫君、ルナ。
彼女は授業中だろうが何だろうが、隙あらばリアンの腕に絡みついてくる。そのたびに周囲の男子生徒から「爆発しろ」という殺意の視線が飛んでくる。
「……静粛にしたまえ、ルナ君。授業が始まるぞ」
左隣の席には、侯爵家の嫡男、クラウス。
彼は背筋をピンと伸ばし、教科書通りの優等生ムーブをかましているが、チラチラとリアンの方を見ては「ライバルよ、油断するな」と熱い視線を送ってくる。鬱陶しい。
「ポリポリ……んぐ、おいひぃ……」
そして前の席には、ガルーダ獣人国からの留学生、キャルル。
彼女は授業開始前だというのに、堂々と生のニンジンを齧っている。その長い兎耳が、咀嚼に合わせてピョコピョコ動く姿は愛らしいが、自由すぎる。
(……カオスだ。ここは動物園か?)
リアンが天井を仰いだ、その時だった。
ガララッ……!
教室のドアが乱暴に開いた。
「はいはい、席につけー。HR始めるぞー」
入ってきたのは、一人の男だった。
ボサボサの黒髪に、無精髭。ヨレヨレのローブをだらしなく羽織り、眠そうな目を擦っている。
どう見ても、二日酔いの無職おじさんだ。
「……誰だ、あれ?」
「用務員か?」
「おい、ここはS組だぞ? 教師はまだか?」
クラスの貴族生徒たちがざわめき始める。
その中の一人、とりわけ高そうな服を着た大柄な少年――伯爵家の三男坊であるガイルが、バン! と机を叩いて立ち上がった。
「貴様! ここを神聖なる学び舎と知っての狼藉か! さっさと出て行け、薄汚い平民め!」
ガイルの怒声が響く。
だが、男は欠伸を一つ噛み殺し、教卓に頬杖をついた。
「あー……うるせぇな。俺が担任だ」
「はぁ!? 嘘をつくな! 我らS組の担任は、もっと高貴で優秀な方が……」
「名前はボブ。担当は魔法戦術。……以上」
ボブと名乗った男は、黒板に『Bob』とだけ書き殴った。
「ふざけるな! そのような浮浪者のような男に、教わることなど何もない! 父上に言いつけて、即刻クビに……」
ガイルが指を突きつけた、その瞬間だった。
ドォンッ!!
教室中の空気が、鉛のように重くなった。
窓ガラスがビリビリと振動し、生徒たちの肌にピリピリとした痛みが走る。
「……ッ!?」
ガイルが言葉を失い、膝から崩れ落ちた。
息ができない。
まるで巨大なドラゴンの前に放り出されたような、圧倒的な「魔力」のプレッシャー。
ボブは眠そうな目のまま、指先一つ動かしていなかった。ただ、そこから漏れ出る魔力だけで、教室内の全員を制圧してみせたのだ。
「……口の聞き方に気をつけろよ、若造」
ボブの声は低く、そして冷たかった。
「俺はこれでも、先月まで『宮廷魔導師』やってたんだ。……面倒くさくて辞めたけどな」
「きゅ、宮廷……魔導師……!?」
クラス中が凍りついた。
宮廷魔導師。それは帝国の魔法使いの頂点。数千人の魔導師の中から選ばれた、国家戦力級の化け物だ。
(……マジかよ)
リアンだけは、冷や汗を流しながら冷静に分析していた。
(ハッタリじゃない。この魔力の密度とコントロール……本物だ。しかも、かなり上位の使い手だぞ)
ボブは魔力の圧をふっと消すと、再び気だるげな表情に戻った。
「そういうわけだ。俺の方針は『自由』だ。授業を聞こうが寝てようが勝手にしろ。ただし……」
ボブの目が、ギラリと光った。
「俺に迷惑をかける奴、そして『弱すぎる』奴は……進級できると思うなよ?」
実力至上主義。
それがS組の掟だと、無言の圧力で告げていた。
「……ひぃっ! す、座ります!」
ガイルは顔面蒼白で席についた。
クラスは静まり返り、誰もボブに逆らおうとはしなくなった。
「よし、いい子だ」
ボブは満足げに頷くと、出席簿をパラパラとめくった。
「さて、まずは面通しといこうか。……おっ、今年は面白いのが揃ってんな」
ボブの視線が、教室を見渡す。
エルフのルナを見て「ほう、世界樹の加護持ちか」と呟き、キャルルを見て「月兎族か、狂戦士の素質ありだな」とニヤリとする。
そして――リアンのところで視線が止まった。
「リアン・シンフォニア男爵……か」
「……はい」
リアンは極力目立たないように、小さく返事をした。
「あのアークス・シンフォニアの息子か。『ルナミスの奇跡』の英雄の」
「……父が、お世話になっております」
「ふーん……」
ボブは値踏みするようにリアンをじっと見つめた。
その視線は、リアンの奥底にある「何か」を探っているようだった。
(……やばい。コイツ、勘が鋭いタイプだ)
リアンは必死に「ただの子供」の仮面を被り続けた。
数秒の沈黙の後、ボブは興味を失ったように視線を外した。
「ま、親の七光りじゃないことを祈るよ」
「……肝に銘じます」
(ふぅ……助かった)
リアンが安堵のため息をついたのも束の間、ボブはとんでもないことを言い出した。
「口先だけで実力は分からん。……来週、『実技テスト』を行う」
「えっ? テストですか?」
クラウスが反応する。
「あぁ。剣術、魔法、何でもありの模擬戦だ。そこで全員の『格付け』をする。……最下位になった奴は、掃除当番一ヶ月な」
教室がざわめく。
実力テスト。それは、貴族としてのプライドをかけた戦いの始まりを意味していた。
「……はぁ。また面倒なことに」
リアンは机に突っ伏した。
目立たず、騒がず、平均点を取る。
そう決めていたのに、どうやらこの学園は、彼を放っておいてはくれないらしい。
「よし、今日は解散! ……あ、そこのウサギ。ニンジンの食べカス落とすなよ」
「んっ! ごめんなしゃい!」
ボブはさっさと教室を出て行った。
残されたのは、緊張感と闘志に燃える生徒たち。
「ふふっ……リアン! ボクと戦えるかもね!」
クラウスが嬉しそうに笑う。
「ルナもがんばる! リアンにかっこいいとこ見せるもん!★」
ルナが拳を握る。
リアンは遠い目をした。
来週の実技テスト。
そこで起きる「波乱」を、この時の彼はまだ、予感するしかできなかった。




