EP 10
病院騒動から一週間。
シンフォニア家は厳戒態勢にあった。
マーサは片時もリアンの側を離れず、アークスは夜中の巡回を強化。リアンは少しでも動けば「大丈夫!? 息してる!?」と確認されるため、借りてきた猫のように大人しく寝ているしかなかった。
(参ったぜ……。母ちゃんの過保護スキルがカンストしちまった。だが、一週間猫の皮を被り続けて、ようやく警戒が解かれたな)
深夜、寝室から両親の規則正しい寝息が聞こえてくる。
ベビーベッドの中、リアン(生後二ヶ月半)はカッと目を見開いた。
(夜、母ちゃん達が寝静まってから……センチネルを起動しよう)
リアンは精神を統一し、体内の魔力を放出する。
魂が抜け出る感覚と共に、視点が切り替わった。
「……(よし。接続完了)」
ベッドの影から、胡桃割り人形『センチネル』が立ち上がる。
リアンはセンチネルの手足を動かし、コンディションを確認した。
(よし、ちょっとお外に遊びに行くか)
センチネルはクローゼットの下から、隠しておいた「新兵器」を取り出した。
ネット通販で購入した「100円の果物ナイフ」の柄を外し、庭で拾った硬い樫の枝に強固に固定した代物。
刃渡り10センチ、全長40センチ。人形サイズで言えば、長大な**『薙刀』**だ。
(夜な夜な改造していた甲斐があったな。重心バランスも完璧だ)
センチネルは窓の隙間から滑り出し、夜の闇へと溶け込んだ。
夜の公園。
そこは、昼間とは違う熱気に包まれていた。
街灯の下、粗末なテーブルを囲んで、数人の少年たちが声を荒らげている。
「行けぇ! クラッシュさせろ!」
「逃げるなよ! 卑怯だぞ!」
野良マグナギア戦だ。
賭けられているのは小遣いの銅貨。だが、その真剣さは大人のギャンブルと変わらない。
(……見つけた。俺も参加したいな)
センチネルは茂みから姿を現し、テーブルの脚をよじ登った。
ガタッ、と音を立ててテーブルの上に立つ木製の人形。
少年たち――アッシュとグルスは、目を丸くしてそれを見た。
「な、何だ? 胡桃割り人形?」
「操者が居ない!? どこだ!?」
アッシュたちが周囲を見渡すが、誰もいない。
センチネルは無言のまま、ポケットから銅貨1枚を取り出し、チャリンとテーブルの中央に弾いた。
「何だ? ……俺の戦士型と戦うつもりか!?」
アッシュは困惑しつつも、自分の愛機である重装甲の『ウォーリアー』を構えさせた。
グルスが心配そうに声をかける。
「どうするよ? アッシュ。なんか不気味だぞ」
「はんっ! 舐められてるぜ。ふざけんな、たかが胡桃割り人形が、俺のカスタム・ウォーリアーに勝てるわけねぇ!」
アッシュはマギ・グローブを嵌めた手を突き出した。
「行くぞ! ルールはバトルロイヤル、フィールドはこの公園全体だ!」
(フィールドは公園か……。面白ぇ)
センチネル(リアン)は、ニヤリと笑った(ように見えた)。
三つ星シェフにとって、厨房の状態を把握するのは基本中の基本だ。
(ここはブッシュ(茂み)戦だ)
開始の合図と共に、センチネルはテーブルから飛び降り、深く生い茂る雑草の中へと姿を消した。
「逃がすかよ!」
アッシュのウォーリアーも飛び降りる。
金属製の重い足音が、芝生を踏み荒らして追いかける。
(……来たな。だが、この草むらはお前の敵だ)
センチネルは立ち止まり、薙刀を旋回させた。
戦うのではない。足元の草を、猛スピードで刈り取り始めたのだ。
「な、何をしてる!?」
アッシュが驚きの声を上げる。
センチネルが通過した後は、刈り取られた草が山のように積み重なり、地面が見えなくなっていた。
(草の山で足場が不安定になるぜ。重たい鎧を着た人形の戦士様に、ここが通れるかな?)
「関係ねぇ! 突っ込め!」
ウォーリアーが草の山に足を踏み入れる。
ズルッ。
刈り取られたばかりの草は水分を含んで滑りやすく、さらに積み重なった層が足を取る。
(調理場の床に油を撒いたようなもんだ。……動きが鈍ったな)
ウォーリアーが体勢を立て直そうともがく。
その隙を、リアンが見逃すはずがない。
(俺の獲物は薙刀……お前は両手剣。リーチ(射程)が違うんだよ、届かないぜ!)
「くそっ! 切り払え!」
ウォーリアーが大剣を振るうが、センチネルはバックステップで軽々と躱す。
そして、鋭い踏み込み。
(足斬り!)
銀色の閃光が走った。
地球製のステンレス鋼は、アナステシアの安物装甲より遥かに硬く、鋭い。
ウォーリアーの足首の関節が、スパンと切断された。
「あああ!?」
バランスを失い、前のめりに倒れるウォーリアー。
(突き!)
センチネルは流れるような動作で薙刀を引き、切っ先を突き出した。
狙うは胸部のマグナ・コア。
ズドッ!!
正確無比な一撃が、ウォーリアーの鎧の隙間を貫き、コアを粉砕した。
人形の目が消灯し、動かなくなる。
「うわあああ! お、俺のウォリアーがぁ!!」
アッシュが悲鳴を上げた。
センチネルは薙刀を一振りして木屑を払うと、くるりと踵を返した。
(勝負あったな)
テーブルに戻り、置かれていた2枚の銅貨(自分の分と相手の分)をポケットに回収する。
完全勝利だ。
「ち、畜生! よくもウォリアーを!」
アッシュは逆上した。
ルール無用の子供の喧嘩。彼は手を伸ばし、センチネルを掴んで叩き壊そうとした。
「捕まえてやる!」
(……おっと)
センチネルの目が怪しく光った。
(お触りは禁止だ、小僧)
掴みかかってくる生身の手。
センチネルは目にも止まらぬ速さで薙刀を繰り出した。
チクリ。
「いってええ!?」
アッシュが手を引っ込める。
手の甲に、赤い点が一つ。血が滲んでいる。
本気で刺せば貫通できたが、あくまで「躾」程度の峰打ち(切っ先ツン)だ。
「だ、大丈夫かよアッシュ!?」
「くそっ、なんだコイツ! 生きてんのか!?」
二人が恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。
センチネルは、悠然と彼らを見下ろし、心の中で呟いた。
(フィールドを武器にする。それがマグナギア戦だ。……楽しかったぜ、少年たち)
センチネルは敬礼を一つ残し、素早い動きで闇夜の茂みへと消えていった。
「……お、お化けだぁー!!」
公園に子供たちの悲鳴が響く。
翌日からルナハンの子供たちの間で、「首狩り胡桃割り人形」の怪談が流行ることになるのだが、それはまた別の話である。
(ふふん、これで所持金は……銅貨5枚(500円)か。コーヒー豆まで、あと少しだ!)
子供部屋に帰還したリアンは、心地よい疲労感と共に眠りにつくのだった。




