お嬢様学校の校則があまりにもカス過ぎる件
静寂に包まれた校長室。私立の小学校である聖ゼレル学園の校長の僕は一人で事務仕事をこなしていた。
今は『開校から50年となる我が校の校則を、時代に合った内容に作り直す』という大変に面倒な仕事に取り掛かっている。
そんな中、トントンと、校長室の扉をノックする音が耳に届き、僕は顔を上げた。「どうぞ」と短く答える。
静かに扉が開き姿を現したのは、この学校の生徒会長を務める女子生徒の有華だった。
知的な雰囲気を漂わせる整った顔立ち。彼女は流れるような長い黒髪を美しくたなびかせながら、校長室へと足を踏み入れる。
「失礼します。校長先生」
「こんにちは、有華さん。......ところで、お願いしていた新しい校則の件、進捗はどうかな?」
開口一番、僕は有華に尋ねた。有華には校則を作り直す手伝いをお願いしていた。一人で行うには難しい仕事だったため、生徒会長に助力を頼んでいたのである。
対する有華は、両手に抱えられた原稿の束を机の上に置き、少しだけ微笑み言う。
「はい、校長先生。新たな校則案はすでに完成しました」
「これだけの資料をたった一週間で作るなんて、流石だね」
言うと、有華は恥ずかしそうに一礼する。
「いえ。私のご学友やそのお友達にも意見をもらって作成しました。私だけの手柄ではありません」
そんな有華の謙遜を聞きながら、僕は資料に目を落とした。新校則、その一番上の項目に目を向ける。
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第一章(総則)
学校内(校門より内側と定める)に学習に不要な物品を持ち込むことを禁じる。
不用物とは、携帯電話、ゲーム機、カードゲーム等娯楽用途品や化粧道具、装飾品等を指す。
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「うんうん、良いね」
出来栄えの良さに喜びの声をあげる。ふと見上げた有華の表情も自信に満ちていた。
僕は満足しながら次の校則へと視線を送る。
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第二章(校内)
廊下を走ることを禁じる。
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「ん? こんなの校則に書かなくても良くないかな?」
僕は思わずそう聞いた。廊下に注意書きでも貼れば良いレベルの話な気がする。
「いえ。この校則はその続きが大事なんです」
「続き?」
有華に促され、僕は校則の続きへと目を向けた。
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第二章(校内)
廊下を走ることを禁じる。
廊下を走った者は、校内での奉仕活動又は自宅学習、若しくはその両方が課せられる。
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「刑罰??????」
思わず大きな声が漏れた。
「ええ、校則を守ってもらいやすいよう、あえてお固い言葉で書いています」
「はあ、なるほど......?」
確かに、そういう考えも無しではないのかも知れない。僕は納得したような納得してないような、先行きの不安な気分で、次の校則へと目を向けた。
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第三章(私生活)
自宅で、雑種のペットを飼うことを禁じる。
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「なんで?????」
僕は再び大きな声を出してしまった。
「我が校の品位を落とさないためです」
対して、何の迷いもない声で有華が言う。
「というか、最近は雑種のことはミックスって言うんじゃないの?」
「みたいですね。まあ私は呼びません」
「そんな強情な......」
「なんならミックスソフトのことも、雑種ソフトと呼んでいます」
「それは変じゃない???」
「ともかく、この校則の是非は続きを読んでご判断ください。先生、これは我が校の気高さを保つために必要な校則です」
「うーん......」
そう言われて、僕はしぶしぶ続きへと目を向けた。
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第三章(私生活)
自宅で、雑種のペットを飼うことを禁じる。
なお、純血種であっても『マンチカン』については、『痴漢マン』という痴漢をするヒーローの名前が連想される恐れがあるため、これを禁じる。
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「気高さのカケラもないが!!!!!!!」
「我が校の品位を落とさぬための校則です」
「そもそも『痴漢マン』って聞いたことないけど」
「私が考えたヒーローです」
「存在しない言葉を校則に書かないでもらえる???????」
僕は呆れて大声を上げた。
「流石に発想が男子中学生レベル過ぎるよ......」
「なるほど、私はいま小学生なので、それはレベルが上がったという事でしょうか?」
「屁理屈やめてね」
僕は呆れながら、次の校則へと目を向けた。
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第四章(携帯機器)
スマホの壁紙は『モナ・リザ』のみ認める。
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「なんで????」
「アイドルやアニメなどの浮ついた写真を待ち受けにしては、我が校の品位を落とします」
「これだと家族の写真もダメになるよ?」
「ええ。この学校に足を踏み入れたからには、家庭を省みることなく、ただ学校にのみ忠義を尽くさねばなりませんので」
「この学校のこと軍だと思ってる????」
「まあまあ、続きを読んでください」
「うーん......」
僕は有華に促され、仕方なく続きを読む。
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第四章(携帯機器)
スマホの壁紙は、モナ・リザのみ認める。
なお、上記の校則に違反した者は、即日退学処分とする。
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「重たいな!!!!!!!!」
僕は思わず大声を上げた。
「校則を守れない者に、居場所はありません」
「軍より息苦しい場所になっちゃうよ......」
僕は恐ろしさに震えながら、次の校則を読み進めた。
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第五章(日常生活)
庶民との会話は、これを禁じる。
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「なんで!!!!????」
「品位を落とさぬためです」
「特権階級の意識が凄すぎるよ......」
僕は思わず呆れる。
「そもそも庶民と庶民以外の区別ってどうするのさ」
「もちろん考えてありますから、続きをご覧ください」
そう言われ、僕は校則の続きを読み進めた。
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第五章(日常生活)
庶民との会話は、これを禁じる。
なお、庶民とは『大盛り無料に釣られて食えもしない大盛りを注文し、案の定ご飯を残す愚か者』を指す
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「どうやって見分けるんだよ!!!」
「見れば分かりますけど?」
「分かるか!!!!」
精神性の話を校則に書かれても困るだろ。次! 僕は別の校則へと目を向けた。
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第六章 (ソーシャルメディア)
SNSには、実名での登録を行わないこと。
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「あ、これは確かに大事だよね」
「はい。無用なトラブルは全て排するべきです」
「うんうん」
久しぶりに出てきたまともなルールに僕は思わず安心し、続きを読み進める。
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第六章 (ソーシャルメディア)
SNSには、実名での登録を行わないこと。
連絡には、テレグラムやシグナルを利用するものとする。
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「聞いたことないアプリだね」
「はい、テレグラムやシグナルは匿名性が非常に高いアプリです」
「へえ」
「最近ではもっぱら闇バイトに用いられていますね」
「『もっぱら闇バイトに用いられています』!?」
「はい。足がつかないので」
「この学校の児童はみんな詐欺とかやってんの????」
躍起になって隠すほどの秘密はこの学校にはない! 次! 僕は次の校則へと目を向けた。
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第七章(授業態度)
体育で球技を行う際に、その部活に所属している者が必要以上にイキること、これを禁じる。
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「いいだろ別に!」
「よくありません。和を乱しています」
得意なスポーツにテンションが上がることくらい許してあげたいものだが......。納得がいかないまま、僕は校則の続きを読む。
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第七章(授業態度)
体育で球技を行う際に、その部活に所属している者が必要以上にイキること、これを禁じる。
特にサッカー部が顕著である。反省せよ。
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「部活を名指しするの良くないよ!」
「いいえ。球蹴ってるだけの野蛮人が、大きな顔をしているのは見るに耐えません!」
「君がサッカー嫌いなだけだよね???」
「あと、手とか棒で球叩いて喜んでるような、原始人でも出来るスポーツも見るに耐えません」
「大体のスポーツは、手か足か棒で球を叩いてるよ!!!!」
そう思うと、スポーツって球への依存度が高すぎる気がしてきた。玉を使わないスポーツほど、マイナースポーツに分類されている気がする。
と、そんな無意味な考えに傾きかけた思考をリセットするように、僕は頭を振る。そうして校則の続きへと目を向けた。
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第七章(授業態度)
体育で球技を行う際に、その部活に所属している者が必要以上にイキること、これを禁じる。
特にサッカー部が顕著である。反省せよ。
なお、イキりたる者は、沼に沈めたのち、退学処分とする。
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「なんで沼に沈めるんだよ!!!!」
「正当な罰です」
「校則が法律に違反してるよ......」
あと、イキりたる者って言葉も初めて聞いたな。なんだよそれ。ないだろそんな言葉。
「もういい、次!」
僕は頭に浮かんだツッコミを強引に振り払うように、次の校則を読み進めた。
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第八章(学級活動)
学級日誌の冒頭には、かならず聖書を引用すること。
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「小説????」
「ちなみに、これがその例です」
言って、有華から学級日誌が差し出される。用意が良い事この上ない。
仕事はきっちり出来る生徒会長に感心しながら、僕はそれを開いた。
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──主はソドムとゴモラの上に硫黄と火を降らせ、町に住むすべての人々と、地に生えている物を滅ぼされた──
今日は、ご学友とお茶会を開きました。
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「お茶会で何があったんだよ!!!!」
「別に、特に意味はありません」
「意味がないなら、書かなくて良くない???????」
次! 僕は学級日誌を閉じて、次の校則へと目を向けた。
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第九章(その他、細則)
減塩醤油だからといって、調子に乗って沢山かけ過ぎると、減塩の意味がなくなるよ。
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「これは校則関係ないだろ!」
もはや検討の余地すらも無くなってきた。僕は校則の書かれた資料を有華に返そうと差し出す。
「待ってください。続きがあります」
「続きねぇ......」
僕は有華に促されるまま、一応だが続きへと目を向けた。
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第九章(その他、細則)
減塩醤油だからといって調子に乗って沢山かけ過ぎると、減塩の意味がなくなるよ。
それは、カロリーハーフのマヨネーズも然り、だよ。
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「続きも校則とは関係ない!!!!!」
僕は叫び、原稿から勢いよく顔を上げた。そうして一言、生徒会長に告げる。
「悪いけど......全部考え直してもらえる?」
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「失礼いたしました」
そう言い、有華は深々と頭を下げ、校長室の扉の前に向かう。最後にもう一度軽く頭を下げて、静かに部屋を後にした。
僕は一人大きく、ため息にも似た呼吸で息を吐き出す。そうして、有華から受け取った校則案を机の中へと押し込んだ。
「......自分で考えるしかないか」
有華のいなくなった校長室で、僕は一人天を仰ぐのだった。
ちなみにだが、数日後、僕はこの校則を間違えて新しい校則として提出してしまい
『お嬢様学校の校則があまりにもカス過ぎる件』
と一部で話題になってしまうのだが、それはまた、別の話である。




