第21話:静かな手紙
夜が更ける頃、都の空に白い雲が流れ、風は柔らかく、けれどどこか緊張をはらんでいた。
「これ……あなたが書いたの?」
ソウが差し出したのは、一通の封書だった。薄紙に巻かれ、封蝋がきちんと押されている。
その色――かすかに滲んだ金色――は、王宮の正規文書でもなく、貴族の印でもない。
誰の手によるものか、一目ではわからなかった。けれど、見覚えがある。
ミャオはそっと紙を受け取り、指先で封をなぞる。硬さと乾き具合からして、少なくとも一昨日には封じられたものだ。
「どこで?」
「侍女の一人が、離宮の塀の下に落ちていたと。風で飛ばされたような跡だった」
「差出人は書いていなかったのね」
「うん。でも、見ればわかると思って」
ソウは目を細め、彼女に静かに頷いた。
ミャオは封を切り、中の文を広げた。
そこにあったのは、わずか二行の筆跡だった。
《あのとき、焚かれたのは香ではありません。
もうひとり、死ぬはずだった人がいるのです》
「……!」
声を上げそうになり、ミャオは手のひらで口を押さえた。
筆跡は幼い。だが整っており、女性の手によるものとわかる。しかも、これは――
「侍医の中で、こういう筆跡を書く人を見たことがあるわ」
それは、第一侍医補佐――ジュファのものだった。
あの冷徹な男が、こんな回りくどい手段を取るだろうか?
否、むしろ直接的な言葉より、これこそが彼らしいとも言える。
だが、問題は文の内容だ。
焚かれたのは香ではない……つまり、呪殺の場において使われたのは、香ではない何か――
しかも、もう一人、殺される予定だった者がいたというのだ。
「死ぬはずだった人間……それが誰か分かれば、術者の本当の狙いが見える」
ミャオはつぶやき、あの夜の間取りをもう一度、思い出す。
寝所にいたのは、皇子。
外間に控えていたのは、侍女と筆頭女官。
その隣に、補佐官と楽師――
ミャオは眉を寄せる。
「……あの夜、補佐官の足元に置かれていた、あの不自然な小瓶。確かに香ではなかった」
薬理的な毒物か、もしくは視覚・聴覚を撹乱する幻覚性のものか。
それが誰に向けられていたのか――
「……まさか、皇子だけじゃないの?」
「じゃあ、もう一人って誰?」とソウが尋ねた。
ミャオは紙をたたみながら、遠い目をした。
「皇子が苦しんだのは事実。けれど、もうひとりの“死ぬはずだった”という表現は……あのとき、同じ部屋にいた誰かが、本来標的だった可能性を示している」
「標的を間違えた?」
「あるいは、偶然にも“助かった”誰かがいたのかもね」
そこまで言って、ミャオは紙片を懐にしまうと、静かに立ち上がった。
「今夜、もう一度現場を見に行く」
「ひとりで?」
「いいえ、あなたも来て。あの夜、音を聞いたのは私だけじゃないはずだから」
ふたりは静かに診療院を出た。月がかすかに雲に覆われ、影が歪む夜だった。
その裏で、真実の形が、少しずつ浮かび上がろうとしていた。




