第11話:揺らぎの真実
夜の帳が、宮廷の屋根を静かに覆っていた。
月明かりすら届かぬ闇の中で、芙蓉の心だけが燻り続けている。
「蓮生殿、なぜ私に近づいたのですか?」
薄暗い書庫の一角で、芙蓉は宦官の瞳をじっと見据えた。
その瞳は、どこか遠くを見ているようで、同時に何かを隠している。
「答えは一つではないでしょう、芙蓉様」
蓮生は静かに語り始めた。
「妃様のため? いいえ、私が動く理由はもっと複雑です。
この後宮の闇に潜む、真実を暴きたい。それだけです」
その言葉の重みに、芙蓉は言葉を失った。
「しかし、真犯人は誰なのですか?」
芙蓉の問いに、蓮生は微かに眉を寄せた。
「それが、私にもまだ分からない。だが、妃様を陥れようとする黒幕は確かに存在する」
彼の言葉に、芙蓉の胸はざわついた。
「そのために、私の力が必要だと言うのですね?」
「その通りです。あなたの観察眼と医術の知識は、何よりも後宮の秘密を解く鍵になる」
翌朝。
芙蓉は独自に調べを進めていた。
宴に参加した者の顔ぶれ、香を扱う者たちの動向、見落とされていた書簡──
どれもが糸口のように感じられたが、やがて一つの名が浮かび上がった。
──南医寮の藍青。
(なぜか、彼女の動きだけが不自然に感じられる)
芙蓉は静かに呟いた。
「藍青さん、何を隠しているのかしら」
夜。
芙蓉は夢の中で、母の声を聞いた。
『香は真実を覆い隠すが、同時に護るもの。恐れてはいけない、芙蓉』
その言葉が胸に響く。
目覚めた芙蓉は決意を新たにした。
(私は必ず、真実を暴いてみせる)