第6話 魔法(挿絵あり)
※本作に登場する挿絵は、AI画像生成モデル(Animagine XL V3.1)を用いて著者自身が生成したものです。
※書籍化できた際には現在の挿絵は全て差し替える予定です。
リリアと一緒にギルドの建物の中に戻ってきた。
リリアが受付の向こう側に入り俺はその正面に立つ。
「ではこれから冒険者登録の流れを説明しますね。
まず、これからギルドで冒険者章を作成します。
その間にマサキさんが冒険者としてお仕事をするための説明や、なぜ魔法をお教えするためには冒険者登録が必要なのかを説明いたします。
本来ならこの説明にも料金が発生するのですが、一般向けの魔法講習の際にお支払い頂いておりますので、それは不要です。
ただ、冒険者章の発行手数料だけかかってしまいまして、それが20000ゼニーになります...」
20000ゼニー!?昨日宿屋で硬貨について教えてもらったけど、どうやら俺は今20430ゼニー持っているらしい。
ギリギリ支払えるけど、これを支払ったら430ゼニーしか無くなってしまう。
昨日宿屋で使った金額を考えると3日しか生活できない。
でも払わないと冒険者になれないなら仕方ない。
冒険者になれたらすぐにお金を稼がないと。
ポケットから10000ゼニー硬貨を2枚出し、それをリリアの前に置く。
さらば、俺の20000ゼニー......。
「えっ!20000ゼニーをお持ちなんですか!?」
「持ってなくても良かったんですか!?」
「はい、ギルドから融資をして皆さんにお支払い頂いています。
融資の場合は、仕事の報酬から一部お返しいただいているのですが、その分冒険者さんが受け取れる金額が少なくなってしまい、不満を漏らされる方が多いんです」
「そうだったんですね......」
じゃあ20000ゼニー返してほしい......けどダサいよなあ。
受付がリリアじゃなかったら返してもらってた。
でも報酬から抜かれるのは嫌だし、明日から働けば良いんだから気にしないでおこう。
女神さまだって、冒険者登録料として10000ゼニー硬貨を2枚入れておいてくれだんだろうし。
「では冒険者章の作成手続きと冒険者登録講習の準備をしてきますので、少々お待ち下さい」
そう言ってリリアは受付の奥の方へ行ってしまった。
その行動を見ていると、まず金庫にお金を入れて、そのあと職人って感じの渋い男性のところに行き何かを話している。
おそらく冒険者章の作成手続きをしているんだろうな。
それが終わると、別の女性のところに行き、また何かを話し始めた。
するとその女性がこちらを見てからニヤニヤしながらギルドの外へ向かった。
何を話していたんだろう。
リリアが顔を赤くしながらこちらへ戻ってくる。
「すみません、お待たせしました!二階に行きましょう」
「はい......。何を話していたんですか?」
「いえ!ただの事務的なお話ですよ!」
事務的な話しだったらこんな反応はしないと思うけど......。
リリアに連れられて空き部屋に入った。
部屋のレイアウトは昨日の部屋と同じで、教壇があり、椅子が縦に5個、横に5個並んでいる。
こんなに椅子が並んでいるのに俺一人だけなのか。
「では、適当な椅子におかけください」
「リリアさんもお掛けください。俺一人しかいませんし」
「えーっと。そうですね、では失礼します」
広い部屋の中、近い距離にある椅子で向かい合って座る二人という少しおかしな構図になってしまった。
リリアとこんなに近くで話すのは初めてかもしれない。少し緊張する......。
「まず、冒険者さんのお仕事の流れとランクを説明しますね!」
少し声が上ずってる?リリアも緊張しているのかな。
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リリアの説明をまとめると、
最初は水の生成魔法で側溝の掃除をする。
側溝というのは昨日最初にこの世界に来てから最初に驚いたうんこが貯まっていた溝のことだ。
ギルド周辺は匂いがあまりしなかったんだけど、それは新人冒険者に掃除されていたからのようだ。
他は下水道工事の仕事や家の建設、城壁の補修の手伝い。
なんでも屋さんみたいな仕事内容だが、下水道工事だけは違う。
遷移魔法で地面を掘るんだと。
リリアによると、俺にはこの仕事がおすすめらしい。
さっきの地面を掘る魔法が使える人のみができるエリートの仕事と言われた。
最初は落ちこぼれだと思っていたけど、いつの間にかエリートになっていた。
これもリリアの説明が美味かったおかげだ。
毎朝の感謝の祈りは女神さまだけではなくリリアにもしよう。
仕事の報酬金額をまとめるとこうなった。
【街の中の仕事】
・清掃:120ゼニー
・建築、補修の手伝い:120ゼニー(※評価によって上昇あり)
・下水道の掘削:300ゼニー
【街の外の仕事】
・木の伐採:2000ゼニー
・鉱石の採取:400ゼニー
・護衛:時価(上昇傾向で、現在は20000ゼニーほど)
【ゴブリン】
・討伐:1匹あたり200ゼニー
・ゴブリン肉:脚一本あたり100ゼニー
【参考】
一日あたりの最低の生活費:120ゼニー
マリアさん:2000ゼニー
街の中の仕事の中では下水道の掘削は破格の値段だ。
木の伐採の値段が高額なのは、ゴブリンの生活圏の近くて襲われた場合、持ち帰れないことがあるからだそうだ。
ランクは5段階で星1~5。星1が一番下で星5が一番上だ。
しかしこれは冒険者の階級を表すのではなく、受注できる仕事の幅を示すものらしい。
星が増えるごとに、街の外の仕事や護衛の仕事ができるようになる。
護衛の仕事は護衛対象の命を守る必要があるため、星5の冒険者しか受けられない。
星を増やすためには仕事の数をこなす、試験に合格する、実力を示す、のどれからしい。
下水道の掘削は星1から受けられるからずっと星1のままでもいい。
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「では、なぜ魔法をお教えするために冒険者登録が必要だったか、ですね。」
リリアの声のトーンが変わった。ここから先の話は真剣な話なんだ。
「私が土を柔らかくしたとき、マサキさんはどう思いましたか?」
どう思ったって聞かれてもな......。
「えっと、こんなこともできるんだって思いました」
「そうですね、遷移魔法の意外な使い道に驚いたと思います」
遷移魔法って名前なんだから、ただ物を動かすしかできない魔法って思ってた。
だから、土を柔らかくするなんて使い方ができるなんて全く想定していなかった。
「なぜ土が柔らかくなったかと言うと、高密度の魔素を土の中に突き刺し、魔素の上にある土を持ち上げたんです」
つまり、魔素で地面を掘り起こしたってことかな。
やっぱりシャベルだ。
「あのときは土の中に突き刺しましたが、あれをもし人に向けたらどうなるでしょう?」
シャベルを人に向かって突き刺したらどうなるか。
人の体は土ほど硬くない。つまり......
「魔素に貫かれます」
「そうです。そしてその人は死にます。
簡単に人を殺せてしまうんです。
あの魔法は危険なんです」
確かにそれは危険だ。
でも、前世ではシャベルはそんな危険な道具として認識されていなかったような。
「そして、マサキさんは私が何をしたのか分からなかったと思います。
あの魔法の本当の怖いところはそこなんです。
簡単に誰にも気付かれずに人を殺せてしまうんです」
そうか。シャベルは目に見えているからそんなに危険視されていなかっただけ。
あと体重をかけないと地面を掘れないっていうのもありそうだ。
リリアが魔素で地面を掘り起こした時は、目の前にあるものに手を伸ばすかのように、簡単に地面を掘り起こしていた。
もしあのとき手を向けた先が地面ではなく人の首だったら......。
あんな簡単に人を殺せるなんて、危険性はアメリカの銃どころじゃない。
「この危険性のため、魔法が貴族様により独占されていた、という経緯があります。
初代リーダーが貴族様たちを説得したことにより、一部地域では一般人の魔法の使用が許可されましたが、貴族様の中には魔法を一般人が使うことを危険視している方たちがいます」
確かに、こんな危険なものなら規制されてもおかしくない。
貴族様に良いイメージは無かったけど、こういう理由があるならイメージが変わる。
貴族様という人たちは思っていたよりもまともな人たちなのかもしれない。
初代リーダーという方はそんな人たちをどうやって説得したんだろう。
「貴族様を説得する際に、初代リーダーは条件を3つ出しました。
1つ目は、我々ギルドで危険な魔法を扱える人たちを管理すること、そしてその名簿を貴族様に提出すること。
2つ目は、もし魔法を使って殺人を犯した人がいた場合、その殺人を犯した本人と、その者に魔法を教えた人を、我々ギルドの責任で即刻処刑すること。
そして最後に、これらを怠った場合、ギルドの解体とリーダーの処刑を執り行うこと」
殺人を犯した人が処刑されるのは納得できるけど、魔法を教えた人まで処刑されてしまうのか。
あれ、リリアってかなり多くの人に魔法を教えていないかな?
「魔法講習で多くの人に魔法を教えていると思うんですけど、リリアさんは大丈夫なのでしょうか?」
「魔法講習はここのギルド長の指示により行われているので、もし処刑されるとしたらギルド長になりますので、私が処刑されることはありません」
ギルド長っていうのは、このギルドで一番偉い人のことかな。
リリアが処刑されるようなことは無さそうで安心した。
......ギルド長は処刑される可能性があるかもしれないけど。
俺だったら絶対にギルド長にはなりたくない。
「ですので、一般向けの魔法講習では危険な魔法を教えていません。
もし自力で危険な魔法の習得をしそうな方がいた場合には、強制的に冒険者として登録していただいています」
魔法の講師は危険な魔法を習得しないか監視する役割もあったんだな。
「あれ、でもリリアさんって講習中に遷移魔法を教えてくれましたよね?」
「はい、魔法講習では遷移魔法を教えてよいということになっています。
遷移魔法は一見地味であり、習得したいという方はほぼいません。
そのために最初の座学のデモンストレーションでも椅子を動かすだけということになっています。
遷移魔法を教えてほしいという方がいても、遷移魔法の危険な使い方に気付く人は中々いません」
確かに、名前が遷移だもんな。
俺もリリアに魔法を見せてもらうまでそんな使い方があるなんて思いつきもしなかった。
そうか、これが狙いか。
名前で汎用性を隠すことで習得したいと思う人を減らしていたんだ。
「昨日の講習中は、マサキさんが自力で危険な魔法を習得しそうにならないかずっと見張ってたんですよ?」
「そうだったんですか!?」
昨日の練習をずっとリリアに見られていたなんて恥ずかしいな。
......変なことしてなかったよね?
「マサキさんったらお昼ご飯を食べないどころか全然休憩せずにずっと魔法の練習をしてるんです。
別の意味で大丈夫なのかな?って心配になっちゃいました」
「すみません、魔素のコントロールが上達するのが楽しくて。
つい休憩するのを忘れちゃってました」
「私が見ているときも楽しんでそうだなって思ってました。
あれだけ楽しそうにされると、教える側も嬉しかったです」
魔素のコントロールの練習をするのは本当に楽しかった。
地面の掘り方も教えてもらったし、練習すれば地面を掘れるようになるはずだ。
......あれ?
地面を掘る魔法って危険な魔法だよね?
「あの、さっき地面の掘り方を教えてもらいましたけど、良かったんですか?
これ以上は教えてもらわなくても、近いうちにできるようになっちゃうと思うんですけど」
「マサキさんには今日中に地面を掘る魔法を使いこなせるようになってもらいます」
「そうなると、俺に魔法を教えた人って......」
危険な魔法を教えることは教える人間にとってリスクになる。
誰にでも教えて良いはずがない。
「はい、私になります」
「えっ、いいんですか!?」
「マサキさんなら殺人を犯すなんてことしないと信じていますから!
もししたとしても、そのときは私の見る目が無かったというだけですから、後悔はしません。
それに、私はマサキさんの魔法の師匠なので。
師匠なら弟子を信じるのは当然のことです」
「リリアさん......」
リリアからかなり信用されていたらしい。
いつの間にこんなに信用されたんだろう。
俺はこの信用に何か返せるだろうか。
リリアはこの信用に命を掛けてくれたんだ。
今はまだ何を返せるか分からない。
でも、これから先自分の人生を使ってリリアに恩返しをしよう。
「本当にありがとうございます。
絶対にその信用を裏切りません」
「はい、これからも頑張ってくださいね」
遠くからボーンという低く大きな音が聞こえた。
鳴った回数は......12回だ。もう12時になったのか。
「もうそんな時間になっていたんですね。マサキさん、今日はお昼食べますよね?」
「えっはい、その予定です。お腹空きましたし」
「お昼は何か用意していますか?」
お弁当って意味かな?そんなもの無いけど......。
「何も用意してません」
そう答えるとリリアが笑顔になった。
「ではどこかに食べに行きませんか?
近くにギルド直営のランチを食べられるところがあるんです!」
「良いですね!是非行きましょう!」
......あれ、もしかしてこれってデート?