第5話 遷移魔法(挿絵あり)
※本作に登場する挿絵は、AI画像生成モデル(Animagine XL V3.1)を用いて著者自身が生成したものです。
※書籍化できた際には現在の挿絵は全て差し替える予定です。
翌朝、目を覚ましてからすぐギルドへ向き魔法講習の受付を済ませた。
講習開始までまだ時間があるようだが、自主練はしていても良いと聞いたので、昨日練習していた場所に一人で向かった。
俺の他に練習をしている人はおらず、広場にはたった一人だ。
こうやって練習時間を積み重ねていこう。
それでゴルドさんに追いついてやるんだ。
「確か、物を浮かせるには魔素を継続的に出し続けるんだったかな」
木片へ両手を向け、コントロールできる量の魔素を出す。
魔素の塊ではなく、魔素の棒になるように、魔素をずっと出し続けるんだ。
魔素の棒の先端が木片に触れたと思ったら、魔素が霧散してしまった。
「あれ?なんでだろう」
昨日は木片を動かせたはずだ。
それなのに今日は動かせなかった。違いはなんだろう。
塊じゃなくて棒にしたから?
リリアが棒にしたら浮かせられるって言ってたんだ。
原因は棒にしたことじゃない。他にあるはずだ。
昨日との違い......魔素の量?
魔素の塊を出すときは魔素を集めるから、その分魔素の量は多くなる。
でも棒にするときは、集めずに手から出し続けていて、しかも木片を挟むために両手から一本ずつ、合計二本出している。
棒を一本にして動かせるか試してみよう。
右手から魔素の棒を一本出し木片にぶつけてみる。
「動いた!」
ズッという感じで木片がわずかに動いた。
そして魔素の棒をぶつけるだけではなく、魔素の棒で木片を押し続けるとズズズッと木片が少しずつ動いていく。
できた!魔素の棒で木片を動かせたんだ!
木片を動かすための魔素の量は分かった。
あとは同じ量の魔素の棒を左手からも出して挟むだけだ。
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ボーンという鐘の音が10回鳴った。
10時になったから、もうすぐ担当の職員さんが練習場に来るはずだ。
練習をしながら待っていると、ギルドから数人出てきた。
職員さんを抜くと9人だから、昨日の座学を受けていた人しかいないとしても、その半分くらいの人数しか参加しないということになる。
水を出せれば満足って人が多いのかな。
水を出せるだけでも、洗濯に食器洗い、シャワーなど生活が楽になることが昨日分かった。
他に仕事がある人ならそれだけで良いのかもしれない。
ギルドの職員さんが受講生に向けて何かを喋ってからこちらに走ってきた。
遠くからだと顔が見えなくて誰か分からなかったけど、担当の職員はリリアだったみたいだ。
リリアは座学をしてから実習に参加する人たち担当っていうわけじゃないのかな。
「マサキさんお疲れ様ですー!調子はいかがですか?」
「リリアさんこそお疲れ様です。木片を浮かせるようになりましたよ!
まだリリアさんみたいに自由自在に動かせませんけど」
「凄いです!上達が早いですね!」
リリアに褒められると嬉しいな。
あれから練習して、なんとか木片を浮かせるまではできるようになった。
木片を浮かせるには集中力が必要で、魔素の棒が少しでも途切れてしまえばその瞬間木片も落ちてしまうし、2つの棒の魔素の量がずれてしまうとその瞬間魔素の量が少ない方に木片が飛んでいってしまう。
まだまだ練習は必要だけど、ここまでできるようになったら、あとは慣れだけだ。
「あと、今はただ空中で動かすだけじゃなくて、地面に置く練習もしているんです。
例えばですね......」
先程近い距離に2つの木片を地面に立てたばかりだった。
これからその2つの木片の上に、さらにもう一つ木片を置く。
何回かチャレンジしていて、まだ一度も成功していないけど、リリアにカッコいいところを見せるため、今回こそ成功させてみせる。
両手から魔素を出して木片を持ち上げ、慎重に2つの木片の上に置こうとすると......
今回もパタリと下の木片が倒れてしまった。
「あっ、また失敗......」
「昨日より魔素のコントロールがかなり上手くなってますね!
木片も安定して浮いていてすごいです!
今は木片の上に木片を置こうとしていたんでしょうか?」
「ありがとうございます!はい、木片の上に置こうとしてました」
「うーん...」と唸りながらリリアが木片の前に屈んだ。
「わっ、これ地面に木片を立たせるのも難しいですね」
「そうなんです、中々立たせられなくて......。
それだけでも手こずるんですよね」
「下の木片が不安定だから、上に載せると倒れちゃうんだと思います」
「あっ、そっか。そうですよね......」
言われてみれば、載せたら倒れるのは当たり前だった。
なんでこんなことに時間を費やしてしまったんだ。
「どうしても木片の上に載せたいなら、下の木片が倒れないように支えるか、安定して立つように少し埋めるしか無いですねー」
「支えるっていうのは、どうやって......」
「木片を動かすのと同じように、遷移魔法で、ですねー」
今1つの木片を動かすために2本魔素の棒を出しているから、2つの木片を抑えるためにもう4本出さないといけないってことか。
2つの棒を安定して出すだけでもこんなに苦労しているのに、さらにあと4本も!?
「6本も魔素の棒を出さないといけないってことですか!?」
「はい、熟練の魔法使いでも難しいですし、私もできません......」
アハハッと苦笑いしながら、リリアが答えてくれた。
リリアでもできないなら俺にできるわけがない。
いずれはできるようになりたいけど。
「なのでそれは後回しにして、少し埋めましょう!」
リリアは簡単に埋めると言うが、地面は固く、とても木片が埋まりそうではない。
「今地面を柔らかくしますねー」
リリアはそう言いながら地面に手を向け、「ほっ」と言うと地面が少しめくれ上がり、収まった。
「今遷移魔法で土を柔らかくしました!この上でやってみてください!」
「へー......。遷移魔法ってそんなこともできるんですね......」
「はい!これも遷移魔法の応用の一つなんです!」
遷移魔法で土を柔らかくというか、まるでシャベルで地面を掘り起こしているみたいだった。
そんなことができるなら、思っていたよりも応用範囲は広そう。
名前から物を動かすしかできないんじゃないかって思ったけど、そんなことはなさそうだ。
......なんで遷移魔法なんて名前なんだろう?
「じゃあここに木片を立たせますね!」
「はい、頑張ってください!」
木片を一つ魔素で挟んで掘った地面の上に立たせ、上から押して少し埋める。
「速いですね!魔法を始めて2日目とは思えません!」
木片を地面に立たせるところを見てリリアが褒めてくれた。
「木片はもう何度も立たせましたからね......」
「それでもすごいです!もう立派な遷移魔法使いですね!」
「本当ですか!?嬉しいです!」
こんなに褒めてくれるなんて少し照れるな。
もう一つの木片も同じように地面に立たせて、高さを最初の木片と合わせた。
「では、いきます」
木片を一つ挟み、慎重に2つの木片の上に置く。
すると今度はどちらの木片も倒れずに、安定して木片を乗せることができた。
「やりましたね、マサキさん!」
「はい!これもリリアさんのおかげです。流石師匠!」
「えー......。師匠だなんて、照れちゃいますよー」
リリアは照れているが、やはり師匠と呼ばれると嬉しそうだ。
遷移魔法は、もう木片を浮かばせて置くことについてはマスターできたような気がする。
次は、さっきリリアが見せてくれた、土を柔らかくする魔法を練習したいな。
「さっきの土を柔らかくする魔法を教えていただけませんか?」
「ごめんなさい、今の魔法はこの一般向けの講習の範囲外になってしまうんです。
あの魔法は誰にでも教えていいわけではなく、ギルド所属の冒険者でも教えていい人は一部の人だけなんです」
「そうなんですね......」
教えられない魔法なんてあるんだ......。
冒険者って魔法を使って仕事をしている人たちのことだよね?
そんな人でも教えられない人がいるって、今の魔法はそんなに触れちゃいけない魔法だったのかな?
「でも......」
リリアがそう言って、少し考え込んでしまった。
何を考えているのかな?俺のこと?
考えてる最中俺のことじっと見てるし。
「マサキさんなら、冒険者になっていただければ教えることができます」
「もう冒険者になれるんですか!?」
冒険者になれるってことにも驚いたけど、なんで俺にはさっきの魔法を教えられるんだろう。
何か基準があるんだろうけど、何かしたっけ?
「はい、魔素のコントロールではもう基準を超えています。
生成魔法で水を出せますし、あれだけコントロールが上手ければ水を出す量もコントロールできるようになっているはずです!」
リリアの前ではまだ水を出していなかったけど、俺は昨日水を出しながら服の洗濯だったり歯磨きやシャワーまでできたんだ。
昨日はリリアの前で大量の水を出しちゃったけど、もうあんなミスはしない。
「このあと短い講習を一つ受けていただき、その後冒険者章を発行すれば冒険者になれます!」
そっか、俺も冒険者に。
これでこの世界でお金を稼げるようになる。
生活する地盤が出来上がるぞ。
「そういえば、冒険者ってどんなことをするんですか?」
そう、俺は魔法でお金を稼いでいる人を冒険者と呼ぶことしか知らない。
どのくらいお金を貰えるのかすら知らない。
ゴルドさんのおかげで、ベテラン冒険者が裕福な暮らしをしていることは知っているけど。
「街の中での魔法を使った仕事や、街の外での危険な仕事をしていただきます。
どの仕事をするかは冒険者さんに選ぶ権利がありますので、危険な仕事をしなければいけないわけではありません。
詳しくは講習で説明させていただきますね。
冒険者になっていただけますか?」
安全な仕事だけをすることもできるなら命の心配は要らなさそうだ。
選ぶ権利があるなら仕事をしないという選択もあるはずだ。
それなら、とりあえず始めてみて、他に良い仕事を見つけたらその仕事をするっていうことにしても良さそうだ。
「冒険者になりたいです!」
「ありがとうございます。マサキさんを歓迎します!
では手続きのこととか説明しますので、一度ギルドに戻りましょー!」
もうすぐ冒険者になれるんだ。
お金を稼げない不安から解消されるぞ!