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第3話 初めての魔法

 なんだか、魔素の感覚が分かった気がする。

 魔臓っていうお腹の中にある臓器から、魔法で水が出る場所までの間を何かが動いているような感じがあった。

 魔法を使うのを止めて、全身に意識を向けてみると、魔素が自分の周りからお腹の中に入ってきて、それと同時にお腹の中から勝手に出ていくのが分かった。

 魔法を使ったときは、お腹から出た魔素が水に変わって、魔法になったみたいだ。

 体内の魔素は自由に動かせるようで、それを手のひらに集めて、お腹から水を出したときと同じように、手のひらから水が湧き出るイメージを想像した。


「わっ、手から出せた!」


 お腹から水を出したときとは違い、手から出すときは水が大量に出てきた。

 そのおかげで辺り一面が水浸しになってしまった。

 ……派手だ!!

 これだよこれ、こういうのを求めていたんだよ。


「マサキさん!魔素を感じ取れたんですね!」


 遠くからリリアが駆け寄ってきてくれた。

 手のひらへの魔素の移動を止めると、すぐに水の放出は止まった。


「はい!魔素を動かすのもできました!」

「ちょっと水が大量に出て地面がびちゃびちゃになってしまったので、この水を魔素に戻しちゃいますねー」


 リリアがそう言うと、地面にできていた水溜まりがみるみる無くなっていった。


「あっ、ごめんなさい。出しすぎましたよね」

「いえいえー、初めて魔法を使う方だとよくあることなのでお気になさらずー。

 今のように沢山の魔素を一気に放出させちゃうと、魔法も大きくなっちゃうんですよねー。

 マサキさんの魔臓は魔素を多く集めちゃうようですので、ちょっとずつ体から出していくようにした方が良いかもしれません」


 なんだ、俺が特別ってわけじゃなかったらしい。

 じゃあリリアもこのくらいは普通にできるんだろうな。

 あの部屋で大量の水を出さなかったのは、部屋が水浸しにならないため、それだけだったんだ。

 落ちこぼれから優等生になったかと思ったら、ただ一般人になれただけだった。


「そうですねー。他の人の場合、魔素の感覚を掴んで魔法を発動させるようになったら、次は魔素を集める速度を上げる練習をするのですが、マサキさんの場合は物を動かす魔法を練習した方が良いかもしれませんねー。

 ちなみに水とかを出す魔法を「生成魔法」、物を動かす魔法を「遷移魔法」って言います!

 私が今使った生成魔法で生成した水を消す魔法は「消滅魔法」って言われていますよー」


 生成魔法に遷移魔法、そして消滅魔法か。

 生成魔法では水以外に何を出せるんだろ。剣とか?

 もしかしてサッカーボールを出せたりするかな?


「あそこに木片があるので、そこで遷移魔法を練習しましょー!」


 遷移魔法って、あの椅子を動かしてた魔法のことだよね?

 椅子くらい自分で動かすから魔法を使えなくていいんだけどな。


 リリアに連れられて木片や大きな角材がある場所までやってきた。


「マサキさんはまずこの小さな木片をこっちの丸から… こっちの丸に移動させてみましょー」


 そう言いながら、リリアは手で2つの丸を地面に書いて、片方の丸の中に木片を置いた。


「やることは地味ですけど、これができるようになると魔素のコントロールが上達します!

 そしたらさっきみたいに、大量のお水を出したりすることはなくなりますので、めげずに頑張ってくださいね!」


 どうやらここは落ちこぼれの隔離場所だったらしい。

 魔素のコントロールが下手だから、他の人に迷惑をかけないように練習しろと。

 つまりはそういうことなんだろうな。

 一緒に講習に参加していた人たちは全員まだ同じ場所で水を出す練習をしているようだ。

 落ちこぼれを脱出して一般人になったかと思ったら、隔離しなきゃいけないほどの落ちこぼれになってしまったらしい。


「やり方はさっき手のひらから水を出したときと同じようにまずは手に魔素を集めてください。

 そしたら、今度は水が湧き出るイメージをせずに魔素を体の外に出してください。

 自分の意思で体の外に出した魔素は、少しの間だけ体の外でも動かせると思いますー」


 リリアの言う通りにやってみると、体の外でも魔素を動かすことができた。

 しかし、数秒で動かすことができなくなってしまった。


「最初のうちは魔素を動かせる時間が短かったり、遠くまで動かしちゃうとコントールできなくなっちゃいますけど、練習すれば動かせる時間が伸びたり、遠くでもコントールできるようになりますよー!

 では魔素を動かしてあの木片にぶつけてみましょー!」

「はい!」


 魔素を動かして木片にぶつけた途端、木片がコトッと動いた。

 まるでリリアが椅子を動かしたときみたいだった。


「遷移魔法成功ですねー!おめでとうございます!すごいです!」


 リリアが大袈裟に褒めてくれた。

 ただ木片がちょっと動いただけなのに。

 気が滅入らないように気を使ってくれているのかな。


「ありがとうございます」


 苦笑いしながらお礼を言うと、リリアが慌てた様子で否定してきた。


「本当にすごいことなんですよ!一発で魔素を木片に当てるのって難しいんです!」

「そうなんですか?」

「はい!」


 そう言われると、ちょっと気分が良くなるな。

 遷移魔法の練習、頑張っちゃおうかな。


「じゃあ、どんどん練習します!」


 今度はさっきよりも操る魔素を多くして、木片を一気に動かしてみよう。

 手のひらから魔素を出して木片目掛けて動かす。

 すると魔素が目標からずれてしまい、地面にぶつかってしまった。

 その場所では少し凹みができ、砂煙が舞っている。


「あー、外しちゃいました。魔素のコントロールって難しいんですね」


 リリアの方を見ると、いつも浮かべていた柔らかな笑みは消え、真剣な表情になっていた。


「えっと、どうしました?」

「あっ、いえなんでもありません!惜しかったですね!頑張りましょう!」


 そう言って、リリアは他の参加者のところへ行ってしまった。

 地面にぶつけたのがそんなにまずかったのかな?


 ◇◆◇◆◇


 数時間が経ち、魔素のコントロールにも慣れてきた。

 どうやら魔素の量が増えるほどコントロールが難しくなるみたいだ。

 魔素の量を少なくすればコントロールは簡単になるが、そうすると、木片はわずかに動いただけだったり、全く動かない場合もある。

 それでも徐々に思い通りに動かせる魔素の量は増えてきたように思う。

 成長の実感を得られるから、魔素のコントロールの練習が楽しく感じる。


「マサキさん、調子はいかがですかー?」


 リリアが声をかけてきてくれた。


「魔素のコントロールにも慣れてきました!楽しいですね!」

「それは良かったです!お昼ご飯食べてませんよね?」

「あっ、そういえば……」


 魔素のコントロールの練習が楽しくてご飯を食べるのを忘れていた。

 小さい頃もそんなことがあったな。

 どうやら俺はその頃から全く変わっていなかったらしい。


「ふふっ、魔素の練習に夢中になっていたようですねー。

 魔法は好きですか?」


 魔法が好きか、か。

 魔素のコントロールが上達するのは楽しかった。

 好き、なんだろうな。


「はい、好きです」

「私も好きですよ」


 ……魔法がだよね!?

 今告白したわけじゃないよね?


「そういえば、マサキさんにまだ私の遷移魔法をちゃんと見せていなかったな、と思いまして。

 遷移魔法は練習するとこういうこともできるんです」


 リリアが木片に手を向けると、木片がふよふよと浮かび上がり自由自在に空を舞い始めた。

 ただ魔素をぶつけているだけならあんな風にはならない。

 魔素をぶつけるというのは、小石をぶつけるみたいにその瞬間ちょっと動くだけなんだ。

 それなのに、リリアの魔法はまるで木片が意思を持ったかのように空気中を舞い踊っている。


「マサキさんは今私がどういう風に魔素を動かしているか感じ取れますか?」


 リリアの手元から木片までの間を目を凝らしてよく見てみる。


「目を凝らしても感じられるようにはなりませんよー。

 肌、というか魔臓で感じるんです!」


 リリアの言い方がちょっと意地悪な気がする。

 もしかして、これがリリアの素なのかな?


「魔法を使っていれば、いずれ分かるようになると思います!

 マサキさんの魔臓はよく魔素を吸収するようですので、多分すぐですよー」


 魔素を感じることができることと魔臓にどんな関係があるんだろう。


「"魔素過敏症"っていう名前なんですけど、他の人よりも魔素の動きを強く感じてしまう症状があるんです。

 その"魔素過敏症"になりやすい人の特徴というのが、マサキさんのようによく魔素を吸収する魔臓を持っている人なんです。

 私みたいな普通の人はコントロールされている魔素しか感じ取れないんですけど、"魔素過敏症"の方は魔臓が勝手に吸収する魔素まで分かっちゃうそうなんです。

 だからかくれんぼとかでは無双できちゃいます!」

「かくれんぼって…フフッ」


 リリアが遊びで無双できるなんて言うから笑ってしまった。

 でも魔臓が吸収する魔素も分かるなんて凄いな。

 気配が分かる、みたいなものなのかな。


「それだけじゃないですよー!

 体内の魔素の動きも分かるので、相手がどこから生成魔法を発生させようとしているのかとか、

 生成する物の大きさとかも大体分かるらしいです!

 だから魔法を極めたい人にとっては憧れなんです!」

「へー、それは凄いね」


 でも、相手って……。

 まるで魔法で戦うみたいなことを言うんだな。

 すると、遠くからボーンという低く大きな音が聞こえた。


「あっ、もうこんな時間!

 ごめんなさい、話し込んでしまって。

 もう本日の講習は終わりなんです……」

「そうなんですね……残念です」


 せっかくリリアとこうしておしゃべりできているのに、もう終わってしまうなんて……。

 空を見上げると茜色に染まっていた。

 この世界にも夕焼けってあるんだな。


「講習は明日もあるんですけど、マサキさんは参加されますか?」


 魔法の練習をするのは楽しかったな。

 ここの他に魔法を教えてくれるところは無さそうだし、魔法が上達したら仕事を紹介してくれるって言うんだ。

 どうせ何か仕事をしないと生きれないなら、好きなことを仕事にして生きていきたい。

 これからも魔法の練習を積み重ねよう。

 それに、リリアに会いたい!


「はい、参加します!」

「では明日もお待ちしています!」


 リリアが笑顔でそう言ってくれた。


「あっ、そうそう。さっきみたいに物を浮かばせる方法なんですけど、魔素の塊をぶつけるんじゃなくて、ずっと手から魔素を出し続けて、棒みたいなものを2つ出して挟むと浮かばせられますよ!」

「なるほど、棒みたいに……」


 棒みたいなものを2つ出して挟むって、なんだか箸みたいだな。


「ではまた明日!私は他の方のところに行ってきますね!」

「はい!今日はありがとうございました!」

「いいえー!こちらこそありがとうございました!」


 リリアが手を振ってくれたので振り返すと、彼女は笑顔になって他の人のところに走っていってしまった。

 もう少し練習していってもいいかな……。

 あれ、そういえば今日寝るところ無くない?

 このままじゃ……野宿?

 まずい、早く宿を探さないと!

 ついサッカーの練習みたいに、居残り練習しちゃうところだった。

 もう家族はいないんだから。


「これからは全部自分でやらないと」


 そう一人で呟きながら、茜色の空の下、今朝の宿へ向かうことにした。


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