サイドストーリー第三話 マリア(ゴルド視点)
【ゴルド視点】
「俺達の初仕事達成を祝ってぇ……」
「「乾杯!!」」
ガチャンという小気味いい音を出し、木製のジョッキに入った濃いエールを口の中に流し込む。
「かあ〜っ、美味えな!これが本当の労働後の酒の味か!!」
「俺もこんな美味いエールは初めてだ!」
「いつもうっすいエールだけだったからな!」
打ち上げでは先輩達に、見習い期間中は薄いエールで十分と濃いエールは飲ませてもらえなかったが、今では自分たちが稼いだ金で濃いエールを飲めている。
これも大工から冒険者に転職したおかげだ。
全く、冒険者様様だ。
「おっ、ゴルドとニックじゃねえか。
こんなところで飲んでるなんて珍しいな。
お前らの給料じゃ厳しいんじゃないのか?」
冒険者ギルドと連携している酒場で飲んでいると、大工時代に一緒に仕事をしたことのある鍛冶屋のノイが話しかけてきた。
「俺達はもう大工は辞めて冒険者をやってんだ」
「冒険者?なんだそれ」
「街の外の仕事をするらしい。今日初めて街の外に出たんだが、外は広くて風が気持ちいいぞ」
「街の外ってゴブリンが跋扈しているんじゃないのか?」
「大量のゴブリンがいるわけじゃない。今日は一日外に出ていただが、ゴブリンと遭遇したのは一回だけだ」
「ゴブリンと遭遇したのか!?」
ノイがいきなり大声を出した。
そりゃそうだよな。ゴブリンと言えばいきなり襲ってくる恐ろしい怪物。
街の外に出なければ、交易商たちの話でしか聞くことがないような奴らだ。
ノイが大声を出したせいで酒場中の注目が俺に集まっている。
ここは皆に俺の武勇伝を聞かせてやるか。
椅子から立ち上がり、片足を椅子の上に乗せながら大きく息を吸い込む。
「いいか、奴と出会ったのは緑が一面に広がる草原だ。
そこに一匹、草原よりも少し濃い緑色の表皮の化物が立っていた。
奴の口には鋭い牙、右手には石の斧があった。
だが俺は何も武器を持っていない。
あるのは俺のこの足だけだ!」
そう言いながら、椅子の上に乗せていた方のズボンの裾を捲りあげる。
我ながら、太く、筋肉質な良い足だ。
「ニックを逃がした後。俺は奴と対峙する。
奴の殺気の籠もった恐ろしい眼光と俺の眼が交錯し、どちらからともなく一斉に走り出した。
そして、奴が手に持った石の斧を振り上げた瞬間、俺は急加速する。
奴は俺のスピードに付いてこれず斧を空振りし、眼の前に俺がいないと気付いた頃には俺はすでに遥か彼方。
俺は悟ったね。
もし俺の手に武器があれば、あの瞬間奴の首は地面に落ちていたと」
俺が話し終わると、周囲から拍手と歓声が起こった。
ああ、俺が歓声を浴びることがあるなんて……。
「ってなわけで、俺は大金を手に入れて今こうして酒と美味い料理を頂いているってわけだ。
もっと稼げるようになったらノイにも奢ってやるよ」
「冒険者ってそんなに稼げるもんなのか!?」
「まあ、俺が特別っていうのもあるだろうが、ニノも冒険者になったらそれなりには稼げるんじゃないか?」
「そうか。……でも街の外だからなぁ。考えておくよ」
「おう!もし冒険者になりたくなったら言ってくれ。
俺から支部長に話を通してやるよ」
「ああ、……そのときはよろしくな」
そう言って、ノイは酒場から出ていった。
なんだよ、もう少し俺の話を聞いていけよ。
「なあ、ゴルド。少し酔い過ぎじゃないか?」
「そうか?まだまだこれからだろ」
手元のジョッキを見ると、すでに空になっていた。
いつの間に……。
周りを見渡すと、昨日の長い赤髪の子がいた。
名前は確かマリアだったな。
「おーい、マリアー!これのおかわりくれ!」
そうマリアに声をかけると、マリアの肩がビクリと大きく跳ね、恐る恐るといった様子でこちらに振り返った。
昨日見た天使のような笑顔はそこには無く、明らかな作り笑いだった。
「はい、ただいまー」
なんだ?俺が何かしたか?いや、シたんだが……。
マリアが一度厨房に入ってから、ジョッキを持って俺のテーブルに来た。
「お待たせしました。濃いめのエールです」
近くで見るマリアはやっぱり魅力的だ。
体は今でも扇状的だが、年齢を考えるとこれからも成長するんだろうな。
こんな女が俺の専属だなんて……。
「マリア、今夜もいいか?」
「はい、かしこまりました……」
そう言うマリアの顔は暗く、とても嫌そうだ。
「なあ、マリア。昨日俺が何かしたか?」
「い、いえっ、お客様は何も……」
何も無かったらそんな反応はしないだろ。
だが、こんなところじゃ話しにくいか。
「少し時間あるか?酒場の外で話そう」
「はい……」
「悪いな、ニック。一人で飲んでてくれ。なんなら上に行ってていいぞ」
「ああ、分かった」
マリアを連れて酒場の外に出る。
せっかくのエールがぬるくなってしまうが……。
酒場のドアを開け外に出ると、冷たく心地よい風が吹き抜ける。
酔って火照った体にはちょうどいい。
外に出たおかげか、酔いが少し冷めた。
マリアを見ると元々薄着だったのもあり、体を震わせている。
自分が着ている服を見ると、ちょうどすぐに脱げる上着を一枚着ていた。
「急に外に連れ出して悪いな。これを羽織ってくれ」
そう言って着ていた上着を一枚脱ぎ、マリアに手渡す。
「ありがとう……」
上着を羽織ったマリアを連れ、酒場の横のちょっとしたスペースに入る。
今は通りに誰もいないし、ここなら誰かに聞かれることもないだろ。
「マリアの元気が無いのは、昨日のせいか?」
「いえ、お客様のせいでは……」
「そのお客様って呼ぶのは辞めないか?
俺はこれからもマリアに会うために通い続けるし、金が溜まったら身請けだって考えている。
だから俺のことはゴルドって呼んでくれ。敬語も不要だ」
「身請けを……。
かしこまりました。
では私がここで働いている理由を話しますので、それを聞いてもまだそう言っていただけるのであれば、そのときに」
「ああ、なんでも話してくれ」
マリアが手に入るなら、いやマリアを嫁に迎え入れられるなら、どんな話でも俺は受け入れる覚悟がある。
「私は商家の生まれでした。
両親は交易商として各地を旅しており、あるとき南方で塩を大量に安く購入できる機会があったため、借金をして購入をしました。
しかし、このトラメリアに来る途中でゴブリンの大群に襲われ、護衛の騎士ごと殺されてしまいました。
私は荷代の床の下にある身を隠せるスペースにいたため、ゴブリンに殺されることはありませんでしたが、塩は売り物にはならず、私には借金だけが残りました。
その借金は冒険者ギルドが肩代わりしてくれたので利子は付きませんが、私はそれを返済しない限りはここを出ることはできません。
その借金の金額は400万ゼニーにも上ります」
「400万ゼニー……」
交易商をしていてゴブリンに殺されることはよくあることだ。
そのための騎士だが、それでも殺されてしまったというのは運が悪かったな。
しかも400万ゼニー……。
大工をしていたら一生稼げない額だが、俺は今は冒険者だ。
ゴブリンを何匹も倒せばすぐ稼げるはずだ。
ゴブリンは一匹で200ゼニー。
つまりゴブリン2万匹分……。
まだ一匹も倒せてないんだぞ?
一日一匹倒してもどれだけかかるか……。
……いや、でもいつかは!
そうだ、ギルドにもっと高額な依頼を回して貰えれば、もっと早く返済できるはずだ。
……よし、なんとかなる気がしてきた。
「マリア。そんな額、俺が稼いできてみせる。
だから、俺を信じて待っていてくれないか?」
「本当に……?400万ゼニーよ?」
「ああ、俺は冒険者だ。俺のこの足があればいくらでも稼げるさ」
「信じていいの?私を捨てない?」
マリアの目が潤んでいる気がする。
捨てないか聞くなんて、今までどんな目に合ってきたんだ。
「俺を信じてくれ。絶対にマリアを手放したりなんてしない」
その言葉を言った瞬間、マリアが俺の胸の中に飛び込んできた。
「……私、あなた以外の男になんて抱かれたくない。
絶対に専属を外さないで……」
「もちろんだ。絶対にそんなことはしない」
「ありがとう、ゴルド……」
冷たい風が吹く中、胸の中の確かな温もりが俺を強くする。そんな気がした。




