第21話 ゴブリン
「よし、止血が終わったよ!」
「ありがとう!」
腕に刺さっていた矢は取り除かれ、白い包帯がしっかりと巻かれており、包帯の結び目には小さなちょうちょ結びがあった。
まだズキズキと痛むけど、矢が刺さっていない分、矢の揺れによる痛みはなくなった。
「盾出すの代わるよ。マサキは少し休んで」
「ありがとう。そうさせてもらうね」
リリアが俺の盾の内側に盾を展開したことを確認し、俺の盾を消した。
その瞬間、またガキンッという大きな音が鳴り響いた。
見ると、先程のゴブリンがまた鉄の矢を射ってきていた。
盾の交代の隙間を狙われたようだ。
「リリア、あのゴブリンには気をつけて。鉄の矢を持っていて異様に頭が良い」
「ゴブリンリーダーだね」
ゴブリンリーダーという名前なのか。
体格は他のゴブリンと変わらないが、赤いバンダナをしており、リーダーっぽい見た目をしている。
「マサキの腕はあいつにやられたの?」
「そうだね。油断したところを狙われたんだ」
「そう……」
リリアの顔に怒りの表情が浮かぶ。……俺が怒られているわけじゃないのにちょっと怖い。
『土煙を上げろ!沢山だ!』
ゴブリンリーダーがそう叫ぶと、ゴブリンが一斉に手で土を掘り、上に放り投げ始めた。
ここは麦畑だから簡単に掘れるのか、次々と土煙が上がっていく。
「何してるんだろう」
「うん、なんだろうね」
何が起こるのか様子を見ていると、ゴブリンが巻き上げた土煙が、風により段々とこちらに運ばれてくる。
土煙のほとんどは通り過ぎていったが、一部の土は魔素の盾の外側に張り付き、卵型の盾がくっきりと浮かび上がってしまった。
魔素の盾を解除すれば土は落ちるが、ゴブリンリーダーが弓をずっと引いているためそうもいかない。
『全員、こいつを無視して右側の援護に行け!ヴォルガンはここに残れ!』
大量のゴブリンが俺の射程範囲に入ってくるが、今はリリアが全面に盾を張っており、俺の魔素の鞭を外に出すことができない。
見逃すしか無いか……。
「大丈夫。あっちにはシノがいる。それに、他のみんなもそろそろ動けるようになるはずだよ」
「そうだね」
そうだ。俺はもう、一人で戦っているわけじゃない。
一緒に戦う仲間を信じて、俺はここに残ったゴブリンに集中しよう。
ゴブリンリーダーの方を見ていると、周囲のゴブリンはいなくなり、そこにはゴブリンリーダーと、人間のような体格のゴブリンだけが残った。
先程のヴォルガンというのがあの体格の良いゴブリンの名前か。
「あの体格はホブゴブリンだね。それにあの鎧は……」
「貴族の私兵の鎧だよね」
開戦前に見た貴族の私兵の金属の鎧と全く同じだった。
殺した相手の装備をそのまま使うなんて本当に悪趣味だ。
「盾を解除するね」
リリアが周囲にはゴブリンリーダーとホブゴブリンしかいないことを確認して盾を解除する。
サーッと盾に付いていた土が落ちると同時に鉄の矢が迫ってくるが、それをリリアが魔素で弾く。
「私はあのゴブリンリーダーを倒すね」
「ホブゴブリンは任せて」
ゴブリンリーダーが右の方へ走っていき、リリアはそれを追いかけていった。
改めてホブゴブリンを観察すると、金属の鎧を前進に纏っており、武器は大きな鉄の剣一つだ。
魔臓は……他のゴブリンと同様に無いな。
ホブゴブリンに歩いて近づくと、相手も近づいてきた。
俺の鞭の射程範囲に入った。
両手から魔素の鞭を出しホブゴブリンに向けて放つ。
ホブゴブリンは少し体勢を崩したが、それだけだった。
この魔素の密度じゃ金属は貫けないか。
『軽いな。この程度、どれだけくらっても死ぬ気がしねえ』
『そうみたいだな』
『……お前、俺達の言葉が分かるのか?』
驚いた。聞き取れるだけかと思っていたら、会話もできたのか。
ここまでできるとなると、女神様のおかげっぽいな。
『会話したのは今が初めてだ』
『俺も仲間以外と会話したのは初めてだ』
……言葉が通じるなら、会話で戦争を終わらせることはできないかな?
『撤退する気はないか?』
『俺達には負けて帰る場所は無い。あるのは勝利の凱旋をする場所のみだ』
さっきシノが言っていた通りだ。
やっぱり殺し合うしか無いのか。
『そもそも、なぜこの街に戦争をしかけたんだ?他の街とか、他の森もあるだろ?』
『お前たちが俺達の森の木を伐採し、あまつさえ仲間を沢山殺すからだろ!!』
ホブゴブリンが怒鳴った。
俺達が森の木を伐採し、ゴブリンを殺したから、か……。
森の木を伐採したのは、建築や家具、そして下水道の柱として使うため。
生活に必要だったわけではない。
それにも関わらず、俺達の行為はゴブリンの生活を脅かしていた。
『もし、俺達が森に近づかなければ戦争を仕掛けてこなかったということか?』
『そうだ。俺達は自分たちの住処を守っているだけに過ぎない』
そう、だったのか。
侵略者は俺達で、悪者も俺達だった。
正義は俺達にあると思っていたけど、そんなことはなかった。
このままゴブリンたちと戦うことは正しいことなのかな。
『自分たちは悪くないとでも思っていたのか』
『ああ、そうじゃなかったんだな』
『……お前は、自分たちが悪かったら仲間が殺されても見ているだけなのか?』
『そんなことは……』
『俺がヴィッツに言われたのは、お前をここに留めておけってだけだ。
そうやって何もしないままなら楽なんだが、お前はそれでいいのか?』
ヴィッツっていうのはさっきのゴブリンリーダーか。
このまま何もしなくていいなんて、そんなわけはない。
『ヴィッツは体格は普通だが、頭が切れる。
さっき向かった先は事前に罠を張っていた場所だ。
早く助けに行かないとあの女は無事じゃ済まないかもしれないぞ』
リリアが!
助けに行かないと……!
『おっと待ちな。俺を殺さない限りはあっちには行かせねえぞ』
『やめてくれ!俺はもうあんたたちを殺したくないんだ!』
『そんなんでヴィッツのところに行って何になる?あの女の足手まといになるだけだぞ』
……確かにそうだ。
俺が行っても、きっとあのゴブリンリーダーを倒すことはできない。
『戦争は止まらん。お前だって、もう多くの命を奪っただろう?
死んでいったやつらにも親しいやつらはいた。
お前はとっくに大勢に恨まれている。
俺達を殺さなければ自分が死ぬだけだ』
『でも、もうこれ以上あんたたちを殺すことなんてできない!』
『じゃあ、ずっとそこにいろ。俺は仲間の援護に行く』
そう言って、ホブゴブリン、いや、ヴォルガンが門の方へ歩き出した。
このままヴォルガンを見逃せば戦争に負けてしまうかもしれない。
そうなったら、リリアやシノは……。
『待ってくれ』
『……どうした?俺を殺す気になったのか?』
ゴブリンはもうこれ以上殺したくない。
でも、それ以上にリリアやシノが殺されるのを黙って見ていることなんてできない。
『ああ。お前を殺して、リリアやシノを助けに行く』
『お前の女か?……女のため。良い動機だ』
ヴォルガンが大きな剣を構える。
あの剣も、鎧も全て鉄だ。
鉄を切るため、魔素を圧縮する。
リーチは2mほどしかないが、それでもヴォルガンの剣よりも長い。
『構えは……無いのか。では行くぞ』
ヴォルガンが剣を構えながらこちらへ走ってくる。
そのヴォルガンの両腕を魔素の鞭で切断する。
『なっ!?』
魔素はゴブリンには認識できない。
だから防御もできないし、避けることもできない。
遷移魔法が使える人間とゴブリンじゃ戦闘にもならないんだ。
両手を失い、地面に倒れたヴォルガンに近づく。
まだ息をしている。
『なあ、ヴォルガン。俺が戦意を失ったとき、なぜすぐに他のところに行かなかったんだ?』
あのとき、余計な話をしなければヴォルガンはここで死ぬことはなかったはずだ。
『……戦争を起こす前、ヴィッツと話していたんだ。
もし最初の痺れ花の作戦が失敗したときは、俺達の負けが確定するときだ、と』
『そんなときから負けを悟っていたのか』
『ああ、俺達には認識することもできないあの攻撃がある限り、俺達の勝利はない。
だから戦わずに勝利を確定させるしかなかったんだ』
『それで痺れ花の花粉を……』
『どうせ死ぬなら、その前に何かしたかったんだ。それに……』
『それに?』
『俺はこの体格のせいで、村でも除け者扱いだった。
まともに話をしてくれたのはヴィッツだけだ。
だから、最後にお前と話ができて嬉しかったんだ。
……お前の名前を聞かせてくれないか?』
『マサキ……。いや、進藤昌樹だ』
『シンドー・マサキ。良い名だ。
さあ、マサキ!俺を殺して早く仲間の援護に行け!』
『ああ、ありがとう。さよなら、ヴォルガン』
『ああ……』
ヴォルガンの首を切り、門へと向かう。
「マサキ!怪我してない?」
「リリア……」
こちらに走ってきたリリアは、少し服が汚れていたが、どこにも怪我はしていなさそうだった。
「って、マサキ。泣いているの?」
「えっ?」
頬を触ると涙が伝っていた。
「大丈夫だから気にしないで。今はみんなの援護に行こう」
「うん……」
戦争はまだ終わっていない。
早くみんなの援護に行かないと。




