第19話 発生
下水道が完成してから数日が経ち、風が強く吹く日のこと。
いつもとは違うタイミングで街の中央の鐘が激しく鳴り響く。
……ついにこの日が来てしまった。
スタンピードが発生した。
鼓動が一気に強くなるのを感じる。
今日、きっと少なくない数の冒険者が命を落とす。
その中に俺が入っているかもしれない。
それだけならまだいい。
もしリリアやシノが死んでしまったら、そしてもし俺だけが生き残ってしまったら。
……俺は2人の後を追うだろう。
3人でこの街から避難しようと提案したことはあるが、リリアはギルドの職員としてこの街を守る義務があり、シノはもう故郷を失いたくないと断られた。
正直、二人を無理矢理連れてどこかへ逃げることも考えたが、この街で色々な人と仲良くなり、その人たちを失いたくないとも考えている。
だから、俺もこの街を守るために戦うと決めた。
リリアやシノ、一緒に戦う冒険者やギルド職員たち、この街に残り冒険者の支援をしてくれた人たち、他の街に一時的に避難した人たち。
みんな、俺が守ってみせる。
鐘の音を聞いてから急いでギルドに向かうと、リリアが大声を上げていた。
「ゴブリンは森の方にはいません!街の北側に集まってください!」
森側にはいない?
森から来たんじゃないのか?
いや、考えるのは後だ。
今は街の北側に向かおう。
「リリア!先に行っているね!」
「はい!私も後で向かいます!」
街の北側の外壁近くに到着すると、既に多くの人が集まっていた。
50人くらいかな?
街の防衛戦に参加できるのはギルドの職員か冒険者ランクが星4以上の冒険者のはず。
もっと少ないと思っていたけど、こんなに参加する人がいるなんて。
ゴルドさんみたいな熟練の冒険者がこんなにいるんだとしたら、少ない犠牲者で今日を乗り切れるかもしれない。
しばらく待っていると、外壁の門の前の広場にある木の台にセラさんが登った。
「諸君、分かっての通り、ゴブリン共がスタンピードを起こし、この北側の門に攻め入ろうとしている。
今までのスタンピードでは多大なる犠牲者を出してきた。
時には街を放棄するという選択さえ強いられることもあった。
だが、そんな人類の歴史も今日までだ!
私の左右にある装置を見てほしい。
これはカタパルトという投石器だ」
セラさんの横を見てみると、左右に一基ずつ、計二基の木製のカタパルトがあった。
ああいうのを歴史の教科書で見たことがある気がする。
どういう原理で動いているのかは分からないけど。
「このカゴに石を入れ、留め具を外すことでこのかごが勢いよく持ち上げられ、石が投げ出される。
その石がゴブリンに命中すれば、一度に多くのゴブリンを倒せる。
射程は弓の倍以上あるため、今まではゴブリンと同程度の射程で戦っていたが、このカタパルトのおかげでゴブリンの射程外から攻撃することが可能だ!」
そうセラさんが言い放つと、周囲から「おーー!」という歓声が上がった。
このカタパルトがあれば本当に少ない犠牲者で済みそうだ。
相手の攻撃が届かない範囲から一方的に攻撃する。
卑怯な手ではあるけど、命がかかっているんだ。
卑怯だなんて言ってられない。
「まずこのカタパルトで敵の本陣を叩く。
その後、特攻してくるゴブリン共を冒険者と我々ギルド職員で殲滅する。
特攻してくるゴブリン共は通常より少ないはずだ。
ここにいる強者たちならば犠牲者無く殲滅できるかもしれん。
もしそれが叶った場合には、そのまま森へ入りゴブリン共を根絶やしにする!
今までの人類史上、スタンピードのタイミングでゴブリンを根絶やしにした例は無い。
我々の名を新たな歴史に刻むぞ!!」
「「「おーーーーーー!!!!」」」
周囲からすごい歓声が湧き、地面が揺れている。
すごい士気だ。
これならセラさんが言ったことが実現するかもしれない。
本当に俺の名前が歴史に刻まれたら、将来歴史の教科書ができたとき、俺の名前が載ってたりするのかな。
絶対生き残って偉業を達成してやる!
「まだゴブリンの集団は遠い。しばし休憩してくれ」
セラさんがそう言うと、集まっていた冒険者たちは解散し、思い思いの場所で休憩を始めた。
リリアは仕事しているだろうから一緒にいられなさそう。
シノはどこにいるかな。
シノを探して広場を歩いていると、セラさんと話しているシノを見つけた。
「シノ!探したよ!」
「マサキ。今セラとこの後のことを確認してた」
「そうなんだ。セラさん、このカタパルトっていうの、すごいですね」
「ああ、我々庶民派の技術部門がついに完成させたんだ。
これがあれば今後の戦争は形を変える。
懸念点はあるがな」
そう言いながらセラさんは近くにいた金属の鎧を身にまとった人達に目をやった。
冒険者にしては装備が良過ぎる。
ゴルドさんでも金属の鎧は持っていないはずだ。
「えっと、あの人たちは?」
「貴族の私兵だ。我々の戦いを監視するのが目的だ」
「監視?一緒に戦ってくれないんですか?」
貴族なら街を守るのが使命じゃないのかな?
「我々庶民派がいるなら戦力は十分だと判断したようだ。
あそこにいる奴らはカタパルトの威力を報告するためにいるんだ。
もしゴブリンに負けそうになったら、あいつらはそそくさと逃げて、我々が全滅した後で街を取り戻すんだろうな。
本当にクソ野郎どもだよ」
「そんなことって……」
酷すぎる。
同じ人間なんだから一緒に戦えば良いじゃないか。
「貴族派の連中にとって、庶民派は消えてほしいんだろうな」
そう言うセラさんは、本当に貴族の人たちを恨んでいるようだった。
貴族派の人たちと庶民派の人たちが仲良くなってくれたら良いけど、これだけ嫌い合っているなら話し合いで解決することはできないのかもしれない。
話し合いができないなら……いや、考えないでおこう。
そんな未来、あっちゃいけないんだ。
「それはそうと、マサキ。
よく魔法の鍛錬を積んでいるようだな。
シノから聞いたぞ」
「はい!遷移魔法の射程ならシノにも負けません!」
セラさんの口元から笑みがこぼれた。
「よくやった。この戦争のエースはマサキになるかもしれないな」
「もしエースになったら歴史に名前を残せますか!?」
「もちろんだ。ゴブリンのスタンピードへ初めて完勝したときの立役者として未来永劫語り継がれるだろう」
未来永劫……。
よし、やる気が漲ってきた!
リリアやシノ、この街だけじゃない。
他の冒険者も、みんな守って俺がこの戦争のエースになってみせる!
「ゴブリンがカタパルトの射程に入るまでまだ少し時間がある。ゆっくり休んでおけよ」
「はい!ありがとうございます!」
セラさんに礼をして、シノと外壁の近くに来た。
外壁は幅4m、高さは10mほどであり、これだけ立派なら崩されることは無さそうだ。
門を開き外に出ると強い北風が吹き付けてきた。
目の前は麦畑だが、今の時期は種まきが終わった頃であり、遮るものが無い見晴らしの良い平地が広がっている。
「私達はそこの堀から前進して、ゴブリンが射程に入り次第攻撃を開始する」
シノが指さした場所は2mほど掘ってあり、それが前の方へ続いている。
この深さなら問題なく入れるし、ゴブリンの弓矢に当たる心配も無さそうだ。
「これだけしっかり準備できたのは私達が時間を沢山稼いだおかげだよ」
「そっか……。」
俺達が時間を稼いだからこそ、これだけ準備ができた。
自分がやったことがこんな風に結果として見られるのは嬉しいな。
あと、これだけ時間を稼ぐことができた最大の功労者を忘れてはいけない。
「これもシノがいち早くゴブリンのスタンピードの前兆に気付いてくれたおかげだね」
「マサキ……。ありがとう」
準備は万端。
作戦の確認もできた。
ゴブリンたちがいつ来ても良いように体を休めておこう。
◇◆◇◆◇
外壁の上にいるセラさんから号令が掛かった。
「ゴブリンが射程に入った!これよりカタパルトによる攻撃を始める!一撃目、放てええ!」
セラさんのその号令と共に、外壁の外に運び出されていたカタパルトから石が高速で宙に放り出され、その数秒後衝撃波とも呼べるような轟音が鳴り響いた。
その成果を見るため外壁の上に昇ると、400mほど先に正方形の陣を組んだゴブリンの集団があり、その中央からは砂煙が立ち上がっていた。
カタパルトから放出された石はゴブリンの集団のちょうどド真ん中に命中したようだ。
ゴブリンは全部で1万、いやもっといるかもしれない。
今のカタパルトの攻撃で7分の1くらいは倒せたけど、それでもまだ多い。
もしカタパルトが無かったらと思うと血の気が引いていく。
「次弾装填急げ!」
ゴブリンの集団はしばし混乱に陥ったが、すぐに後退を始めた。
カタパルトの威力を恐れてそのまま森に帰ってくれたいいんだけど。
「ねえ、シノ。このままゴブリンが帰っていかないかな?」
「それはないと思う。あそこにいるゴブリンたちには帰る場所がない。
ここに突撃するか飢え死にするしかないはずなんだけど……」
森にもゴブリンの子供とかがいるんだろうな。
だから奴らは他の食料がある場所を襲わないと生きることができない。
それなのに撤退したのは不思議っていうことか。
「セラ」
「ああ。森からまっすぐ来なかったことも含め、何かあるな」
余裕で勝てると思っていたけど、そうではなさそうだ。
ただの思い過ごしだと良いけど。
「支部長!次弾の準備完了しました!」
「よし、最大射程ですぐに放て!今ならまだ当たるはずだ!」
セラさんがそう号令した後、すぐに石が宙に放り出された。
石はゴブリンの集団の最後尾に当たり、第一射目ほどではないが、大きなダメージを与えた。
目算だが、まだゴブリンは元の4分の3くらい残っている。
「次弾を装填して待機。しばらく相手の動きを見る」
ゴブリンはカタパルトの射程を見切ったのか、撤退を止め、射程ギリギリで待機している。
ゴブリンが近づいてくることは無さそうなため、外壁から降りて広場を歩いていると、屋台が一つあることに気がついた。
「マリアさん!?」
誰がこんなときに屋台をやっているのかと見てみると、そこにいたのは酒場のマリアさんだった。
「坊やじゃない。食べていって。今日はギルドが負担しているから無料だよ」
「そうなんですね。いただきます」
ギルドがこれから戦う冒険者のために用意したんだろうな。
マリアさんから受け取ったのはパンと温かいスープだった。
風が強いせいで肌寒かったから温かいスープはありがたい。
「坊やはいつ前線に出るか分からないのよね?しっかり食べてね」
「はい。ありがとうございます。とても助かります」
スープを口に入れると、いつもの塩味と酸味が口に広がる。
「ゴルドさんは一緒じゃないんですか?」
「いつでも一緒にいるわけじゃないわよ。坊やだって今はお嬢さんたちと一緒にいないじゃない」
「呼びましたかー?」
突然後ろから声が聞こえたため振り返ると、そこにはリリアがいた。
「リリア!ギルドの仕事はもういいの?」
「はい!私も後で前線に出ることになるので、今のうちに体を休めておくようにと言われましてー」
「じゃあ、一緒にいられるんだね」
シノは支部長のところにいると言ったから、一人で外壁から降りてきて寂しかったけど、リリアが一緒にいてくれるなら寂しくない。
それにリリアは今日一日中ギルドの仕事で忙しいと思っていたから、一緒にいられる時間を作れて良かった。
「マリアさん、リリアの分もいただけますか?」
「ええ、今作るわ」
そう言ってマリアさんはもう一つスープとパンを用意してくれた。
「ではマリアさん。また後で」
「ええ、頑張ってね」
マリアさんに別れを告げ、リリアと一緒に建物の壁際に腰を下ろす。
背後から「良いなあ」という声が聞こえた気がした。
◇◆◇◆◇
リリアと談笑していると、突然セラさんの声が広場に響いた。
「今すぐ門を閉じろ!」
何事かと周りを見渡すと、横からカラーンという音が鳴った。
リリアが持っていたスプーンを地面に落としたようだ。
「リリア、どうしたの!?」
「体が、痺れ……」
周りを見てみると、さっきまで立っていた人も地面にうずくまっている。
例外の人はおらず、門を閉めた人も、今では地面に倒れている。
なんだ、これ。
何が起こっている?
そして、なぜ俺だけが立っている?




