第18話 下水道
シノとの交際が始まってから数ヶ月が経った。
森にいるゴブリンは尚も痩せ細り、スタンピードの発生が間近となっている。
森の中に入って行う大規模なゴブリン狩りも検討されたが、事前調査が失敗したことで実行しないこととなり、外縁部に出てきたゴブリンを狩り、スタンピード発生までの時間稼ぎのみを行うことになった。
この時間稼ぎは外壁の補強工事が終わるまでが目標であり、その補強工事が終わった今、これ以上の時間稼ぎは必要ないため、俺とシノはもう森には行っていない。
そんな俺たちは何をしているかと言うと、集めた木材を使った下水道の掘削工事だ。
そもそも俺たちが下水道の掘削工事を中断することになった理由は、天盤を支えるための柱が足りなくなったからだ。
俺とシノで大量の木材を取ってきたため、材料不足が解消し、こうして掘削工事を再開することができた。
「じゃあ、シノ。やってみるね」
「うん」
両手から2本ずつ、計4本の魔素の棒を出し、20m程離れた壁へ何度も突き刺す。
すると、その魔素を刺した方向からドドドッという音が聞こえた。
「すごい。もう魔素を操れる距離では勝てないね」
「シノが何を練習したら良いかアドバイスをくれたおかげだよ」
以前まではリリアが遷移魔法で一瞬でみじん切りをしているのを見て、手元で細かいコントロールの練習をしたり、できるだけ重いものを持ち上げるための練習をしたりしていたが、ゴブリンとの戦闘には射程が大事と教えてくれてから、魔素を操れる距離を伸ばす練習をしている。
「あれ、この壁もうすぐ崩れそうだね」
壁の向こう側から光が少し漏れており、今にも崩れそうだ。
「じゃあ私はブルクを呼んでくるね」
「よろしく」
初めて下水道に穴を開けてから、すでに何度か開けている。
最初に開けた穴は川から水路に引き込むための穴で、今はその近くには川の水をせき止める堰が建設されている。
下水道に水を流さないために堰に穴を開けているが、その穴を塞げばすぐにこの下水道は水で満たされる。
現在はこの下水道を街の地下全体に張り巡らせ、水を川に戻すために何箇所か穴を開けている最中だ。
壁の穴を広げ、水が流れるように整えていると、シノとブルクさんが鉄材を持って到着したようだ。
「ここも開いたか。あと一つ穴を開けたら完成だな」
「あと一つ……」
「この下水道工事ももうすぐ終わりですねー」
「ああ、そうだな。ここはやっておくから、最後の一つの方を手伝ってきてくれ」
「はい!よろしくお願いします」
ブルクさんは持ってきた鉄材を使って、ゴブリンや悪意を持った人が街に入らないように柵を作る。
掘った土を地上へ運び出すのは、この前支部長に遷移魔法を教えてもらったばかりの人が練習を兼ねて担当している。
最後の一箇所で掘削をしている人たちも同じように遷移魔法の練習をしている人たちだ。
シノと一緒にその最後の一つのところに向かうと、そこにはリリアが立っていた。
「リリア!調子はどう?」
「マサキさんにシノさん!皆さん良い感じですよー」
「良かった。スタンピードに向けて順調だね」
リリアはギルドの職員として、冒険者たちに遷移魔法の指導をしている。
今まで剣や斧、弓のみでゴブリンと戦ってきた熟練の冒険者たちに遷移魔法という強力な武器が加わればより頑強になる。
スタンピードでの生存率は30%程度とセラさんに聞いていたけど、これならもっと生き残れそうだ。
誰も死なないでスタンピードを乗り越えられたら良いな。
「マサキか?悪いな、嬢ちゃんを借りてるぜ」
「ゴルドさん!遷移魔法はいかがですか?」
「遠くまで魔素を伸ばすのって難しいな。
残りの時間ではこれ以上は無理そうだ。
せいぜいシミターと同じくらいの長さってところか。
ゴルド流剣術……行き詰まりを感じていたが、顔から出す遷移魔法を組み合わせればまだまだ強く慣れそうだ」
「顔から遷移魔法を出すんですか!?」
「ああ、手はシミターと盾を持っているし、他に肌を出しているところと言えば顔しか無いからな」
「なるほど……」
遷移魔法、というか魔素を体から出すには、その魔素を出す場所の肌を出す必要がある。
もし服があったら、魔素が出るときに服が破けてしまうからだ。
でも、だからって顔からか……。
地上からお昼を知らせる鐘が鳴り響いた。
「もうお昼ですねー!皆さんで休憩にしましょー」
リリアの一言で壁を掘っていたり、土を運んでいた人たちが手を止め、地上へと戻っていく。
「俺たちもいつもの酒場に行こう。
ゴルドさんも一緒に行きますよね?」
「ああ、そうだな。
しかし、マサキはいつもこんな別嬪さん二人と飯を食っているのか?
羨ましいな」
「そんなこと言って良いんですか?
マリアさんに言いつけちゃいますよ」
「いや、すまん。
それだけは止めてくれ」
マリアさんは、以前は酒場で娼婦として働いていたが、ゴルドさんが身請けをし、今ではただのウェイトレスとして働いている。
本当なら娼婦を辞めたら酒場でも働いたらいけないが、今はスタンピード前ということで特別だそうだ。
地上に出ると、以前まで騒がしかった市場は静かになっており、スタンピード前だということを嫌でも突きつけられる。
「マリアさんは他の街に避難しないんですか?」
「俺が命がけで守ってくれるから避難しないんだそうだ。
もし自分が死ぬとしたら、そのときには俺も死んでいるはずだから生きている意味がないってな」
「思ってたよりラブラブなんですね……」
「まあな」
ゴルドさんが誇らしげだ。
俺もリリアとシノを命がけで守ろう。
俺が生きている間は絶対に二人を死なせない。
「マリアさんが残ってくれたおかげで酒場が営業できているので、ギルドとしてもとてもマリアさんの存在はありがたいですー」
「今って酒場にはマリアさんしかいないんでしたっけ?」
「ああ、少し前まではいたが、もうスタンピード発生間近だからな。
娼館に頻繁に通っていた冒険者は不満を漏らしているが……。
まあ、マサキには縁の無い話か」
「あはは、そうですね……」
二人が満足するまで相手をするって結構疲れるんだけどな。
こんなこと、二人には絶対に言えないけど。
「人のことをラブラブって言うが、マサキたちの方がラブラブじゃねえか。
俺達は人前で手を繋いだりなんかしないぞ」
ゴルドさんに指摘されて自分の両手に意識を向けてみると、リリアとシノの二人と手を繋いでいた。
外に出るときは二人と手を繋ぐのが当たり前になっていたけど、改めて言われると普通ではないような気がしてきた。
慌てて手を解こうとすると、手に込められる二人の力が増して解けなかった。
「人に言われたからって解く必要はないと思いますよー」
「うん、私達はこのままでいい」
「そうだね、このままでいいね……」
二人には逆らえないなあ。
これから先、二人の尻の下に敷かれるんだろうなあ。
◇◆◇◆◇
お昼休憩が終わり、下水道の掘削現場に戻った。
俺とシノはゴルドさんが途中まで掘り進めた下水道の続きを掘り進めている。
何度か壁を掘ると、壁の向こう側から光が僅かに漏れ出した。
「ねえ、シノ。ここが掘らなきゃいけない最後の水路だよね?」
「うん」
「現在地から考えると、もうすぐ川に出てもおかしくないよね?」
「うん」
「……ブルクさんを呼んでくるね」
シノにそう言い残して、ブルクさんの元へ走る。
「ブルクさん!こちらへ来てください!」
「マサキ?ああ、今行く」
ブルクさんは戸惑いながらも着いてきてくれた。
ようやく……ようやくなんだ。
「シノ!連れてきたよ!」
「光が、漏れている……」
「ブルク、いくよ」
「ああ、やってくれ!」
シノが魔素の棒を出し、壁へ突きつけると壁は崩れ去り、壁があった向こう側から風が吹き抜けてくる。
下水道の暗がりに慣れた目には、向こう側から差してくる太陽の光が眩しく感じる。
向こう側に出ると、西日が降り注ぎ、そこが外であるということを教えてくれる。
「ここが、最後の水路だよな……」
「はい、これで最後です」
今の水路が最後。
長かった下水道の掘削工事がついに終わったんだ。
「水を……水を流すぞ。マサキは中の連中に伝えてきてくれ!」
「はい!」
◇◆◇◆◇
ブルクさんが川の流れを止め、下水道に水が流れ出してからいくらか時間が経った。
やがて一つの出口から水が流れ出てきて、それから他の出口からも水が出てきた。
全ての出口から水が出てきたことを確認すると、シノが泣きながら飛びついてきた。
「やったよ。下水道が完成したよ」
「そうだね。ついに完成したんだよ。やったよ俺達」
シノの肩は震えており、シノの目が触れている箇所から湿り気を感じる。
俺が最初にこの工事に携わったときは、まだ一つも穴が開いていなかったが、あれから何度も穴を開け、今ではそこに水が流れている。
最初は3人だけだったけど、今では熟練の冒険者たちも手伝ってくれ、大人数になった。
どれだけ時間がかかるか分からなかったけど、これだけの人数が手伝ってくれたおかげでこんなにも早く完成させることができた。
「皆さん、手伝ってくださり、本当にありがとうございました!」
俺がそう言うと、拍手とともにおめでとう、という言葉が帰ってきた。
それを聞き、俺の目からも涙が溢れてきた。
ブルクさんの方を見ると、静かに頬に涙を流していた。
「セラ、カズキ、イリス。下水道が完成したぞ……」
ブルクさんが遠い場所を見るような目で一人呟く。
セラは支部長だろうけど、カズキとイリスって誰だろう。
それに、カズキってもしかして日本人の名前?
「シノ、マサキ。ありがとう。二人がいなければ完成しなかった」
「いえ、全ては下水道を設計してここまで指揮を執ってくれたブルクさんがいてこそです」
「そう。ブルクが一番の功労者」
「ありがとう。二人とも」
ブルクさんが大粒の涙を流しているのを見て、俺の目からも涙が溢れ出す。
日が傾き、冷たくなった風と夕日の温かな光が俺達を包み込む。




