第16話 戦闘
初めて森に行ってから1ヶ月が経った。
あれから毎日森に行って木の運搬をしながら、魔素吸収効率を上げる練習をしている。
今では何度か休憩しながらなら、一人でも木を運搬できるようになったほどだ。
魔素の棒は4本出せるようになったけど、手が4本になったみたいで、タコの足のような複雑な動きはまだできない。
森に行ったら毎回ゴブリンと遭遇するおかげで、一人でもゴブリンに対応できるとギルドに認められ、冒険者ランクは星4になった。
今日は星4になって初めての木の運搬だ。
「マサキ、さっきリリアも言ってたけど、ゴブリンと戦うときは絶対に魔素の盾を出すんだよ」
「大丈夫だよ。もう盾を出す練習は沢山したから……」
シノは心配性だなあ。
今日だけでもう3回も言われたよ。
「どこにゴブリンが潜んでいるか分からないから、今日も森の深くまでは入らないからね。
手前の木を切ってすぐ帰るからね。
絶対怪我しちゃダメだよ」
「分かったよ。心配してくれてありがとう」
ゴルドさんから足をやられた冒険者の話を聞いたし、森の中に入ったまま帰ってきていない冒険者がいることもさっきギルドで聞いた。
ゴブリンとの殺し合いなんだ。
絶対に油断しない。
「そろそろ森に行こう」
「うん、盾だけは絶対忘れちゃダメだからね」
「分かってるよ……」
何回盾のことを言うつもりなんだ……。
◇◆◇◆◇
シノと街を出て森の入口に辿り着いた。
周りにゴブリンの姿は見えない。
「じゃあ、俺はこっちの木を切るね」
「うん、私はこれ」
俺が一人で木を運搬できるようになってから、それぞれが一本ずつ木を切ることにした。
そのおかげで懐はかなり温かい。
いつもどおり木を切り、ズシンッという大きな音が響き渡る。
「助けてくれー!」
森の中から人の声が聞こえた。
シノと顔を見合わせ、頷いてからシノと声がした方向に走り出す。
ギルドで聞いた森の深部に入って帰ってきていない冒険者かもしれない。
声がした方向へ行くと、そこには一人の冒険者がいた。
足には矢が刺さっており、街に帰れない理由が分かった。
「一人ですか!?」
「ああ、もう俺一人だけだ」
もう、ということは……。
「マサキはここでこの人を守って。私はゴブリンを倒す」
「分かった。気をつけて」
森の中心部からゴブリンの声が複数聞こえる。
その声の方にシノが走っていった。
俺はどこからゴブリンの矢が飛んできてもいいように、俺と怪我をした冒険者を包み込むような卵型の盾を出した。
シノの方を見ていると、木の上から弓矢で狙っているゴブリン、石の斧を持っているゴブリンと戦っているようだ。
シノの盾は弓矢だけでなく、石の斧も弾ける。
シノなら心配は要らない。
その安心の束の間、バキンッという音が響いた。
音の方向を見てみると、ゴブリンが木の上から弓を向けていた。
先程の音は矢が魔素の盾に当たった音だ。
「あんたら遷移魔法使いだったのか」
「はい、今は盾を張っているので、動かないでくださいね」
「良かった、助かった……」
この人は安心しているけど、俺はまだシノほど上手く扱えるわけじゃない。
このまま弓矢だけなら防げるけど、石の斧を持っているやつが近づいてきたら……。
『斧を持ってるやつは突撃しろ!』
……なんだ、今のは。
ゴブリンの声?なんで聞き取れたんだ。
思考を巡らしていると、視界の隅で何かが動くのが見えた。
考えるのは後だ。
今は目の前のゴブリンに集中しろ。
左右にゴブリンの足音が一匹ずつ。
正面の木の上からはゴブリンが弓矢で狙っている。
前と後ろに盾を残しつつ、左右のゴブリンを遷移魔法で倒せば大丈夫だ。
俺ならやれる。沢山練習してきたんだ。
『今だ行くぞ!』
その合図と共に左右からゴブリンが飛び出してきた。
その2匹のゴブリンの頭を目掛けて、圧縮した魔素の棒を突き刺す。
魔素の棒はゴブリンの頭を貫き、一瞬でその命を奪った。
その瞬間、正面から矢が一本飛んでくるが、その矢は魔素の盾で防ぐことができた。
しかしその後、目の前を一本の矢が通り過ぎた。
「おい、今矢が飛んだきたぞ!大丈夫なのか!?」
「はい、もう大丈夫です」
急いで卵型の盾を張り直す。
もし今の矢が外れていなかったら死んでいた。
ここはゴブリンのテリトリーの中。どこにゴブリンが潜んでいるか分からない。
まだゴブリンを2体倒しただけ。油断できない。
矢が飛んできた方向を見るが、もうそこにゴブリンはいなかった。
左右のゴブリンと正面のゴブリンが気を引いて、隠れているゴブリンが本命だったんだ。
いつゴブリンが仕掛けてくるか分からない。
全方位を注意しないと。
それからしばらく経ったが、矢が飛んでくる気配はない。
気がつけば正面の木の上にいたゴブリンが居なくなっている。
「マサキ、大丈夫?」
シノの戦闘が終わり、帰ってきた。
「こっちは大丈夫だったよ。シノは怪我はない?」
「私も大丈夫だよ。……っ」
シノが俺の近くのゴブリンの死体に気付いたようだ。
「お疲れ様。私が盾を張るから、マサキはその人を運んで」
シノが盾を張ってくれたのを確認して、俺が張っていた盾を消した。
改めて俺が殺したゴブリンを見ると、目と口が開いたまま倒れており、こちらを見ているかのようだ。
頭には大きな穴が開いていて、そこからまだ新鮮な血が流れている。
血は鉄臭く、人間の血と同じような匂いがする。
俺が、このゴブリンを殺したんだ。
初めて遷移魔法を使って命を奪った。
今更ながら手が震えてくる。
覚悟が無かったわけじゃない。
でも想像していたよりもずっと重く、その事実がのしかかってくる。
「マサキ、今は考えちゃダメ。今はすぐにでもここを離れよう」
「そうだね……。肩を貸します。立てますか?」
「ああ、悪いな」
怪我をした冒険者に肩を貸しながら、森の入口へ歩いて向かう。
冒険者の足には矢が突き刺さっているが、今は血が止まっているみたいだ。
森の入口に着くと、先程倒した木が2本横たわっていた。
「この木の上に座ってください。そのまま街まで運びます」
「1人でこのデカい木を運ぶのか?すげえな遷移魔法って」
「はい。少し揺れますので、痛いかもしれませんがじっとしていてくださいね」
「ああ、よろしくな」
◇◆◇◆◇
「ここまでで大丈夫ですか?」
「ああ、色々と報告しなきゃいけないことがあるからな。
それにここなら治療もしてくれる」
冒険者を連れてギルドの入口に辿り着いた。
俺とシノはまだ木を持っているからギルドの中へは一緒に入れない。
「あんたたちのおかげで助かったよ。俺はエルドって言うんだ。あんたは?」
「俺はマサキです。それで、こっちがシノです」
「シノって、あの下水道のシノか!?道理で……」
その二つ名って、やっぱり知られているんだ。
もっとカッコいい二つ名は無いのかな。
「まっ、今度酒場で会ったら一杯奢らせてくれ!」
「はい!そのときはお願いします!」
そう言って、エルドさんはギルドの中に入っていった。
「シノ。シノは下水道っていう二つ名はどう思ってるの?」
「?……特に何も」
「そっか」
本人がそう言っているなら良いか。
「俺にもいつか二つ名って付くかな?」
「今日みたいに沢山人を助けていれば付くと思う。……英雄とか?」
「英雄!?そんな大それた二つ名、似合わないよ……」
「そうかな?私は似合ってると思う」
英雄か。いつかはそんなこと……。
いや、まだ当分先のことかな。
今日殺したゴブリンのあの顔がまだ頭に焼き付いて離れない。
もし俺が英雄と呼ばれることがあったら、そのときには一体どれだけのゴブリンを殺しているんだろう。




