第15話 森(挿絵あり)
※本作に登場する挿絵は、AI画像生成モデル(Animagine XL V3.1)を用いて著者自身が生成したものです。
※書籍化できた際には現在の挿絵は全て差し替える予定です。
お昼ご飯を食べるために、シノと一緒にマリアさんがいるギルド直営の酒場に来た。
リリアはスタンピードの兆候を各所に知らせるため、街を回るらしい。
ノエルさんは既に他のところに行ってしまったのか酒場にはおらず、いつにも増して騒がしい光景がそこにはあった。
話し声に耳を傾けると、皆スタンピードについて話をしていた。
「スタンピードの話で持ち切りだね」
「これからゴブリンと戦争だから。この街に無関係な人はいない」
スタンピードは戦争……か。
前世では戦争なんてニュースで見るくらいで、全く無縁だった。
そのまま自分はずっと戦争とは無関係だと思っていたけど、まさか自分がいる場所で戦争が起こるなんて。
昔の日本では疎開とかあったけど、トラメリアではどうなんだろう。
戦えない人は避難、とかあるのかな。
俺も避難……したいけど、リリアやシノは絶対に残る。
二人を残して俺だけ避難なんてありえないし……、はあ、戦争か。
「おう、マサキ!スタンピードの話は聞いたか?」
未来に思いを馳せていると、店内から声を掛けられた。
「ゴルドさん!これから大変ですね」
ゴルドさんは初日にマリアさんと話しているときに苛立った様子で絡んできた冒険者だ。
俺がリリアと付き合い始めた後からは、こうして友好的に話しかけてくれるようになった。
ゴルドさんは星5の冒険者で、護衛の依頼もこなしている、トラメリアで最も頼りになる冒険者ってリリアが言っていた。
「ああ、まさかスタンピードが起きるなんてな。
これから森に行って少し様子を見てくる。
ついでにゴブリンの数を少しでも減らしてくるわ」
ゴルドさんは森の中に入るのか……。
やっぱり俺とは経験が違うんだろうな。
「マサキはゴブリンと戦ったことはあるか?」
「さっき森に行って、ゴブリンと初めて遭遇しました!
すぐ逃げちゃったんで戦ってはいませんけど……」
「ほう……。
って、そっちのは、下水道のシノか!?」
ゴルドさんはシノを見て驚いている。
下水道って……酷い二つ名だな。
「そう。私がマサキの先生」
「そういうことか……。
マサキ、良い先生を見つけたな」
「えっと……、はい。
日々勉強させてもらってます」
良い先生って、どういう意味?
シノは経験豊富だから頼りになるけど……。
「ああ、すまん。
言葉が足りなかったな。
これを見てみろ」
そう言って、ゴルドさんは腕をまくった。
そこにあったのは、肩の大きな傷痕だった。
「これは俺が新米だった頃、ゴブリンに弓矢でやられた痕なんだ。
肩だったから走るには問題無かったが、足をやられたやつは……」
ゴルドさんが苦しそうに語る。
もし足に弓矢が刺さったなら走れなくなる。
そこをゴブリンの大群に襲われたら……。
「ゴブリンと遭遇したとき、大抵は倒せるって判断しちまう。
だが、逃げるって判断ができたなら新米冒険者は卒業だ。
これからも手柄よりも自分の身を一番に考えて行動するんだぞ」
今回逃げるって判断ができたのはシノとギルドの規則のおかげ。
もしそれが無かったら木の上のゴブリンに気付かず、あのゴブリンを追いかけてしまっていたかもしれない。
俺はまだまだ新米冒険者なんだな。
「分かりました。ありがとうございます、ゴルドさん!」
「おう!」
「それとシノ、分からないことだらけだけど、これからもよろしくお願いします!」
「うん、任せて。
絶対マサキに怪我なんてさせないから」
シノは将来、過保護なお母さんになりそう……。
「そろそろいいかしら?坊やとお嬢さんの注文を聞きたいんだけど」
ゴルドさんの後ろからマリアさんが話しかけてきた。
「おお、マリア……すまん」
「坊やはいつものでいい?」
「はい」
下水道掘削の仕事を始めてお金に余裕ができてから、ここに食べに来るときは毎回豚肉を注文している。
スープとパンだけだとちょっと物足りないし、ゴブリン肉はあるけど、やっぱり抵抗があるというか……。
それに今日実物のゴブリンを見ちゃったし、あのゴブリンの一部だったって思うとやっぱり食べたくない。
「お嬢さんは……」
「マサキと同じもの」
「分かったわ。少し待っててね」
そう言って、マリアさんは厨房の方へ向かった。
「そういえばゴルドさん。
マリアさんから聞いたんですけど、マリアさんに対して乱暴なんですか?」
「えっ、そうなのか?」
ゴルドさんは何の話をしているか察してくれたようだ。
話の内容は夜のこと。
ゴルドさんがトラメリアにいるときは毎夜マリアさんを買っているらしい。
リリアと初めてするとき不安で、マリアさんに色々聞いているうちに、ゴルドさんのことを愚痴のようにこぼしていた。
「女の子は繊細だから、できる限り優しくしてくれないと痛いってマリアさんが言ってましたよ」
「そうだったのか……」
横にいるシノの目線が痛い。
そりゃシノも何の話をしているか気付くよね……。
「ありがとな、マサキ。これからは気をつけるわ!
じゃあ今夜のために、たっぷり稼いでくる!」
「はい、頑張ってください!」
そう言って、ゴルドさんとそのパーティメンバーは酒場から出ていった。
「マサキは街の人と仲が良いんだね」
「ゴルドさんとは前から話す機会があったから。
他にも仲良い人はいるけど、街の人全員ってわけじゃないよ!」
「そう……。
すごいな、マサキは。
私はマサキとブルク、あとはリリアとしか話してない」
普通に話して仲良くなっただけなんだけど……。
シノはあんまり社交的ってわけじゃないからなあ。
「あと……」
「あと?」
「マサキは優しくしてくれるんだね。楽しみにしてる」
うっ……。
シノの前であんな話しなければよかった。
笑顔でそんなこと言われたら、期待に応えないわけにはいかないけど、あんまり自信無いんだよなあ。
リリアは満足してくれてるみたいだけど。
そう思っていたら、ちょうどマリアさんがご飯を運んできてくれた。
シノは少しの間、ご飯に手を付けずにこちらをジッと見てきていた……。
◇◆◇◆◇
昼食を食べ終え、再びシノと森に来た。
先程ゴブリンと遭遇した地点とは少し離れた場所から森に近づくことにした。
ゴルドさんが先に森に入ったはずだからゴブリンはいないだろうけど、念の為だ。
「私は星4になったから、もしゴブリンと遭遇しても戦える。だから失敗してもいい。マサキが指示を出してみて」
「分かった、やってみる。もし危険そうだったら遠慮しないでいいからね」
「うん、マサキは私が守る」
女の子に守られるのは嫌だけど、これが今の俺の現状なんだ。
これから成長して、逆に守れるようになってやる。
まずは森の木の上を確認。ゴブリンはいない。
草原を見渡してもゴブリンは見当たらない。
「ゴブリンは見当たらないから、慎重に森に近づくね」
「うん」
細い木や低めの木、他の冒険者が切ったであろう切り株の陰を確認しつつ、森に近づく。
森の奥にある、太い木の上や木陰を確認するが、ゴブリンは見当たらない。
細心の注意を払いつつ森に近づき、ついに太い木の根本に辿り着いた。
「えっと、この木を切り倒せばいいのかな?」
「そう。根本を遷移魔法で切ったあと、森側に倒れないように押してあげればいい」
遷移魔法に頼りきりだ。
今は手ぶらだから遷移魔法を使うしか無いんだけど。
「遷移魔法が使えない人ってどうしてるんだろう?」
「斧で切り倒しているらしいけど、詳しくは分からない」
シノが申し訳なさそうに答える。
他の人に興味が無いのはシノらしいな。
「じゃあ、俺が根本を切ればいいかな?」
「うん、押すのは少し難しいから一度見てて」
そう言って、シノは木に向かって手を伸ばしながら、大量の魔素を薄く木に纏わせた。
俺も体内で魔素を圧縮し、木を切り倒す大きな鎌のように魔素を放出する。
俺の遷移魔法は地面だって掘れるんだ。木を切り倒すことだってできるはずだ。
ゆっくりと木の根本に魔素の鎌を入れていく。
途中まではスムーズに入っていったが、途中で止まってしまった。
「マサキ、魔素が薄い。もっと魔素を入れて圧縮して」
シノに言われた通り、魔臓で魔素を多く吸収しつつ、鎌に込める魔素の量を増やすと、再びスムーズに鎌を動かせるようになった。
そして、鎌が完全に木から出たとき、ミシミシと音を立てながら森の外の方へ倒れていく。
ズシンという轟音が鳴り響き、木が完全に地面へ倒れた。
「やったね!シノ!」
「そうだね!今の音でゴブリンが近づいてくるから、急いで木を運ぼう」
この森はゴブリンの森。
木が切り倒されたとなればゴブリンが怒って襲ってきてもおかしくない。
ゴブリンが来る前に急いで逃げないと。
「運び方は試験のときと同じ。私が半分持つから無理しなくていい」
「分かった!」
試験からまだ一日しか経ってないから練習時間は足りていない。
でも、せめてシノの足を引っ張らないようにしないと。
試験のときと同じようにジャッキのようにして木を持ち上げて運び出す。
後ろを見てもまだゴブリンは見えない。
一瞬だけ、ほんの少しだけ安心しかけた。
そのときだった。顔の横を矢が通り過ぎていった。
後ろを見ると、ゴブリンが3匹、こちらに向かって弓矢を構えていた。
「マサキはここで隠れてて!私はあれを倒してくる」
シノに言われた通り木の陰に隠れ、いつ矢が飛んできてもいいように、魔素の盾を目の前に出しておく。
シノは魔素の盾を前に出して矢を防ぎつつ、ゴブリンの元へ走って向かっていく。
ゴブリンの近くに着くと、手から鞭のようにしなる魔素を出し、ゴブリンへ振るう。
その瞬間、ゴブリン3匹の首が一斉に宙を舞った。
……あれがシノの力。そして遷移魔法の力。
先程まで生きていたゴブリンが、一瞬にしてその命を散らした。
「お待たせ」
遷移魔法の恐ろしさを改めて実感しているとシノがいつの間にか近づいていた。
「怖い?」
「正直に言うと、少し恐ろしく感じた。
でもそれはシノに対してじゃない。遷移魔法に対してだよ。
俺もあの力を使えるんだ。力の使い方を絶対に間違えてはいけない。
それだけは肝に銘じておくよ」
「そっか。良かった。
マサキなら大丈夫だよ。そうやって恐ろしく感じられるならマサキは間違えたりしない」
「ありがとう、シノ」
遷移魔法は冗談で使っていい力じゃない。
そして、絶対に人に向けてはいけない。
そう、決意を改めた。




