第12話 冒険者試験
シノから告白された日の夜、夕食を終え、俺はベッドに座り、足の間に座っているリリアを軽く抱いた。
彼女はそっと俺の手を握っている。
「シノのことだけど、リリアはどう思う?」
リリアの俺の手を握る力が強くなった。
「私は……今の生活のままが幸せ。
でもシノさんの気持ちを考えないことなんてできない」
リリアは自分の気持ちを押し殺してでも、シノを優先しようとしている。
このままリリアの優しさに甘えて、シノを側室に迎えることもできるだろう。
でも、それでリリアが悲しむならシノを迎えられなくてもいい。
「マサキはどうしたいの?」
「リリアを幸せにしたい。
一番大切なのはリリアだ。
それはこの先も変わらないよ。
でも、できるならシノも悲しませたくない。
リリアが悲しまずに、シノも悲しませない方法があれば良いんだけど……」
でも、そんな方法はない。
リリアに我慢してもらうか、シノを拒絶するかの二択なんだ。
「ありがとう、それが聞けたら安心。
私をこれからも一番大切にしてくれるならシノさんを側室に迎えてもいいよ」
リリアの優しさが染みる。
でもそれはリリアが我慢をするということだ。
「本当にいいの?無理してない?」
「うん大丈夫。
あっ、でももう少しだけマサキを独占したい。
一ヶ月、ううん二週間だけでもいい。
その間だけマサキを独占させて」
「それなら一ヶ月にしよう。
俺もリリアだけを見ていたい」
一ヶ月か。
長いようで短いな。
シノを迎えることになったら、シノもこの部屋に来たりするのかな。
この部屋にシノとリリアと3人で……。
「そう言えば、リリアってシノと仲良い?」
「受付のときしか話したことが無いからあまり知らないんだよねー」
シノは俺とブルクさん以外には素っ気ないからなあ。
リリアとシノが仲良くなれるかどうかは大切だ。
シノを側室に迎えることになったとしても、リリアと仲が良くなれなかったら悲しい。
「じゃあ、この一ヶ月でシノと仲良くなろう。
もしリリアがシノと仲良くできないって思ったら止めよう」
「うん、ありがとう、マサキ」
「こちらこそありがとう」
明日、シノはこの話を聞いたらどう思うかな。
◇◆◇◆◇
翌日になり、今日はシノと昇格試験を受ける日だ。
もうすぐ受付終了だけど、シノが中々来ない。
そう思っていたら、扉の取っ手が回される音がした。
扉の向こう側に居たのはシノだった。
シノの顔を見ると、目元が赤くなっていて、顔からは生気を感じられない。
あんな調子では試験に集中できなくて不合格になってしまうかもしれない。
少しの間シノの顔を見ていたら、シノがこちらに気づいたが、すぐに目を逸らされてしまった。
いつもは笑いかけてくれるのに。
でもそれも仕方ない。昨日あんな別れ方をしたんだから。
今受付にはリリアしか居ない。
シノは少し気まずそうだが、仕方なさそうにリリアのところに向かった。
「シノさんですね。本日は昇格試験の受験でよろしいでしょうか?」
「はい……」
「では受験料をいただきます。試験開始まで少しだけ時間がありますのでそれまでお待ち下さい」
「分かりました……」
「あと、シノさん、これから仲良くしましょうね」
「えっ?」
そのとき、鐘の音が響いた。
「では、これから昇格試験を行います!
二階の部屋で行いますので、受験者は私に付いてきてください」
リリアはそう言って階段を上がっていった。
シノが俺に近づいてきた。
「マサキ、今のはどういう意味?」
「今夜、俺の家で話そう。
悪い意味じゃないから安心して。
今は試験に集中しよう」
シノの顔に少し生気が戻った。
これでシノは試験に集中できそうだ。
◇◆◇◆◇
リリアに続いて二階の部屋に入る。
ここは昨日シノと口頭試験の対策をした部屋だ。
昇格試験を受験する人は少ないのか、受験者は俺とシノの2人。
試験官としてリリアと支部長の2人がいる。
支部長は明るい栗色のロングヘアーのポニーテールの女性だ。
「本日の昇格試験の内容を説明します。
試験は実技試験と口頭試験の二種類あります。
口頭試験は全問に即答していただく必要があります。
正解かどうかは試験官が判断します」
口頭試験の内容には、こういう場面に陥った時、どういう行動をするか、という問題もある。
唯一の正解は無いため、その行動をした結果、生き残れるかどうかを試験官が判断するそうだ。
難しそうだけど、周りをよく見て判断することを方針としていれば良さそうだった。
周りを見て判断することはサッカーでもやっていたことだ、慣れている。
「実技試験ではゴブリンから逃げる持久力、ゴブリンを倒す攻撃力、物資を運ぶ運搬能力を見させていただきます。
持久力と攻撃力で合格することは必須ですが、運搬能力では合格する必要はありません。
しかし、合格すると木材の運搬の仕事を一人で受注できるようになります」
木材の運搬の報酬は高いから、一人で受注して成功したら大金が手に入る。
しかし木材はかなり重く、一人で運ぶには遷移魔法が必須となる。
俺とシノが受注したいのはこの仕事だ。
シノと2人でする予定だったから一人で受注できる必要はないけど、まだシノがどういう反応をするか分からないし、できるだけ合格を目指そう。
「ここまででご不明点はございますか?」
「「ありません」」
「では、口頭試験を始めます」
◇◆◇◆◇
口頭試験が無事終了した。
問題はコンパスの見方のような基本的なことから、森の中で一匹のゴブリンと遭遇した場合や、そのゴブリンと戦う場合にどういうことに気をつけるか、などを聞かれた。
昨日シノと問題を出し合った内容だからシノも合格できるはずだ。
扉の取っ手が回される音がして、静かに開いた。
その隙間から、シノがそっと顔を覗かせる。
「シノ、結果はどうだった?」
「合格!」
今日初めてシノの笑顔を見た。
シノも合格できたようで良かった。
「実技試験を行いますので、装備を着替えて広場に来てください。
お二人は、装備はお持ちでしょうか?」
「持ってません……」
シノを見るとコクリと頷いていた。
装備のことをすっかり忘れていた。
危険な森に行くのに、今の布の服のままなわけなかった。
どうしよう、持ってなかったら受験できないのかな。
「ギルドからレンタルできますので、無くても大丈夫です。
試験中はレンタル料はかかりませんが、仕事の際はレンタル料がかかってしまうのでお気をつけください」
リリアが慌てたように説明してくれた。
今後もずっと街の外の仕事をするなら装備を買った方が良いだろうけど、街の外の仕事をするのは下水道の柱となる木材が集まるまでの予定だ。
レンタル装備で十分かな。
「では装備のある場所へご案内しますねー」
◇◆◇◆◇
実技試験の持久力と攻撃力は無事合格した。
攻撃力の試験ではゴブリンの大きさと言われた人形に対して、遷移魔法を使った。
今まで地面や壁にしか使ったことがなく、初めて人型のものに対して遷移魔法を使ったけど、遷移魔法の危なさを改めて実感した。
あんな簡単に胴と頭を切り離せるなんて。
この魔法は絶対に人に対して向けてはいけない。
ゴブリンに対しても、できれば向けたくないけど、そのときは覚悟を決めよう。
今から広場に置いてある大きな木を運ぶ試験だ。
こんな大きな木を人力で運ぶなんて大人4人は必要じゃないかな。
木の伐採は2000ゼニーって聞いてたから破格だと思ったけど、山分けなら金額は少なくなってしまう
。
ゴブリンに襲われて持ち帰れないこともあると考えると、あまり破格な金額ではないように感じる。
「ではまずシノさんから、この木を持って広場の端まで往復してください」
「はい」
魔法をしばらく使い続けていたおかげで、人がコントロールしている濃度の濃い魔素の動きを感知できるようになった。
シノは魔素の棒……というより板?を左右の手から2本ずつ出して木の下に潜り込ませた。
そこに魔素をさらに送り込んで、ジャッキのように木を持ち上げ、まるでキャリーバックのように自分の後ろに連れて歩き出した。
遷移魔法にあんな使い方があったなんて……。
やっぱりシノはすごい。
俺もあんな風に使えるかな。
シノが木を連れて戻ってきた。
「よく訓練しているな。よくやった」
支部長がシノに話しかけている。
そういえば、シノは支部長に遷移魔法を教えてもらったと言っていた。
あの2人は師弟関係なんだろうな。
リリアの弟子として、俺もこの試験を合格しなければ。
「次にマサキさん、お願いします」
「はい!」
やり方はシノを見ていて分かった。
もしかして、リリアは俺にシノのやり方をみせるためにこの順番にしたのかな。
俺に期待してくれている証拠だ。頑張ろう。
「マサキ、私みたいに4本出さなくていい。2本でも運べる」
「そうなの?ありがとう!」
魔素の棒を4本出す練習をしているが、腕が4本になったみたいでまだ上手く制御できなかった。
2本でもいいなら俺にもできるはずだ。
まずは2本の棒を板状にして、木の下に潜り込ませる。
そして魔素を送り込んでジャッキのように持ち上げる。
うっ、魔臓がチクチクする。
魔素を使いすぎているようだ。
木は上がったけど、もう、限界だ。
木を落としてしまい、ズシンッという音が響いた。
「マサキッ!大丈夫?」
リリアが駆け寄ってきてくれた。
仕事中なのに敬語を忘れちゃってるよ……。
「魔臓がちょっと痛むけど、大丈夫だよ」
「マサキの魔臓は長時間魔素吸収効率を上げるのに慣れていなかっただけ。
これから練習していこう」
「ありがとう、シノ」
シノの言う通りだ。
俺が今まで魔素吸収効率を上げたのは、壁を掘削するときのほんの1,2秒だけ。
今みたいに長時間上げ続けたのは初めてだ。
「あっ、えっと……マサキさんは不合格になります。
冒険者ランクは星3に上がりますが、お一人では木材の運搬はできませんので複数人で仕事を受注してください」
「はい……」
合格できなかったな。
リリアに面目が立たない。
「ではこれにて昇格試験を終了します。
お二人ともお疲れ様でした。
このあと昇格手続きをしますので、ギルド内にお越し下さい。
最後に支部長から一言お願いします。」
「2人とも見事だった。
シノは順調に魔法が上達している。
マサキは今回は残念だったが、魔法を習得してから3ヶ月経っていないのに木を持ち上げられたのは誇っていい。よく頑張った。
2人ともこれからも奢らず精進するように。
今日はゆっくり休んでほしい」
「「ありがとうございました!」」
支部長はああ言ってくれたけど、魔素吸収効率を上げる練習をしていなかったのは俺が悪い。
シノみたいになることを目標に、魔素のコントロールばかり練習していた。
そのコントロールだって未だに魔素の棒を4本、安定して出せていないのに。
リリアと付き合って浮かれていたのかもしれない。
明日からは気を引き締めて練習しよう。




