第11話 工事休止
下水道が渓谷まで繋がってから2ヶ月が過ぎた。
渓谷まで繋がったことで空気の循環が改善し、外の空気を吸いに休むことが少なくなり、さらに掘削ペースが上がった。
ブルクさんが会議で予算を上げることに成功したのか、土を外に運び出す係の人が増え、ブルクさんの負担は軽減された。
壁を掘る人は相変わらずシノと二人だけだけど。
「ブルクさん!最後の柱の設置が終わりました」
「おう、おつかれ!これでしばらく工事は休止だな」
俺が最初に来たときは沢山あった天井を支えるための柱が尽きてしまった。
柱が無ければ天井が崩落してしまうリスクが高くなるため、工事が休止となる。
柱が尽きた原因は掘削のペースが上がったことと、木材の調達が上手くいっていないことが原因だ。
街の周り木は取り尽くしてしまったらしく、植林を進めているらしいが、その成果は当分出ない。
木材を調達するためには、ゴブリンの住処が近い森の木を伐採するしかないのだが、最近はゴブリンの出現率が高く、伐採が中々進まないようだ。
「シノは休止中どうする?」
「冒険者ランクを上げて木材の調達をしようと思う。マサキは?」
「俺もそうしようかな。他の街の中の仕事は給料が低いし」
木材の調達をするということは、その分危険があるということなのだが、下水道掘削の高い報酬に慣れてしまった今では、報酬が低い他の街の中の仕事はやる気になれない。
それに、部屋を借りたばかりで今は所持金に余裕がないから、できるだけ報酬金額は落としたくない。
「じゃあ、一緒に昇格試験を受けよう」
「うん、よろしく」
俺とシノの冒険者ランクは星2だ。
冒険者ランクは星1から星2へは仕事の回数をこなせば上がるが、星2から星3へは試験を受けなければならない。
星3からは街の外での仕事が解禁されるが、街の外にはゴブリンがいるからそれから身を守るための試験だそうだ。
ゴブリンから走って逃げるための持久力や、ゴブリンと戦うための戦闘力などの実技試験やゴブリンの生態を知っているかなどを問う口頭試験がある。
持久力はサッカーをやっていたから自信があるし、ゴブリンを倒す手段は遷移魔法がある。
口頭試験なんて覚えたりすればいいだけだから学校のテストよりも簡単だ。
分からないことはリリアが教えてくれるし。
「マサキは口頭試験、自信ある?」
「うん、大丈夫だと思うけど……」
「教えて!明日時間ある?」
明日試験を受けようと思ってたけど、さっき一緒に昇格試験を受けるって言っちゃったし、一日くらいいいか。
「いいよ!場所は……」
「私の家でいいよ」
「流石にそれは……」
リリアと付き合っているのに、他の女の子の家に上がるなんてできないよ……。
カフェみたいな場所は無いし、どこかいい場所あったかな。
「そうだ!ギルドの空き部屋を貸してもらうのはどうかな?
あとでリリアに聞いてみるよ」
「リリア……。うん、じゃあ聞いてみて」
露骨に落ち込んでるなあ。
シノが好意を向けてくれるのは嬉しいけど。
もう二ヶ月以上シノと一緒にいるから、俺も何も思わないわけではない。
でも俺にはリリアがいるし、シノにもそう伝えている。
だけど中々諦めてくれない。
仕事をする上でシノと関わらないことなんて無理だし、シノと仕事をするのは楽しいし、何より今更シノやブルクさんを裏切るなんてできない。
どうしたらシノは諦めてくれるかな。
◇◆◇◆◇
翌日、リリアに空き部屋を使う許可をもらって、シノと口頭試験の練習をしている。
試験内容はあらかじめリリアに聞いておいたので、その通りに出題するだけだ。
リリアと付き合っているから特別に聞けたわけじゃないよ?
試験はあくまで知識の確認だから、試験内容は公開していいそうだ。
今は俺からシノに問題は出す番だ。
「街から見て、森の中心部はどこにありますか?」
「西」
「森から見て、街はどこにありますか?」
「東」
「森の中でゴブリンの小隊と遭遇しました。ゴブリンは街の方向にいます。どうしますか?」
「南に逃げる」
完璧だ。
何問か出題しているが、すべて模範解答で即答している。
勉強なんてしなくても合格できたんじゃ……。
「ねえマサキ、私すごい?」
「うん、すごいと思う。試験は合格できるんじゃないかな」
「じゃあ、もっと褒めて」
シノが椅子を俺の横に寄せて、肩に頭を載せてきた。
最近のシノは本当に距離が近い。
リリアよりも背は小さいのに、リリアより大きいから困る。どことは言わないけど。
こんなに距離が近くなったのは、下水道が渓谷と繋がって少ししてからだ。
「マサキ、距離近くない?」
部屋の入口を見ると鬼の形相のリリアが立っていた。
ここはギルドの建物内だ。
リリアが様子を見に来てもおかしくない。
「えっと、リリア……これは俺から近づいたわけではなくて」
「出た、お邪魔虫」
「お邪魔虫?私はマサキとお付き合いしているんです!お邪魔虫はあなたです!」
「そう付き合っているだけ。結婚していなければ婚約をしているわけでもない。
ならまだマサキは自由。
それにマサキと知り合ってからの経過日数はほぼ同じ。
過ごした時間は私の方が長いかもね」
「ッ!!……でも、先週から夜はマサキの家にいますから!」
「そんな……」
「ちょっとリリア、それは」
俺も恥ずかしいし、リリアも耳まで真っ赤になっている。
でもこれでシノが諦めてくれたら……。
「マサキ、今から私の家に来て」
「行かない。俺はリリアを裏切らないよ」
「うっ……」
「シノさん、そろそろ諦めてください!マサキは私のものです!」
リリアから私のものなんて言葉が聞けるなんて。
感動するし嬉しいけど、リリア大丈夫かな。
もう顔が沸騰しそうだよ。
いつもシノの売り言葉に買い言葉で恥ずかしいこと言って、あとで悶えてるんだから。
「シノはどうしてそこまで諦めないの?」
「マサキが初めてだったから。
私の魔法を見ても私を特別扱いせず、普通の人として見てくれた。
そんな人、きっとこの先も現れない」
確かにシノの魔法はすごい。
シノは遷移魔法で壁を掘るだけでなく、土煙が自分の方に来ないように魔素のシールドを張っている。
俺も練習しているけど、両手から出すだけで精一杯でシールドを張ることまでは中々できない。
遷移魔法を少し使える程度の人からしたら雲の上の人のように感じてしまうはずだ。
そんな特別扱いしてくる人と一緒になりたくない気持ちは分かるけど……。
「お願い。側室でもいいから、私をマサキのそばに置いて」
「……側室?」
シノの瞳には涙が浮かんでいる。
余程勇気のいる告白だったんだろうけど、側室って何?
「……もう10万年以上も前、最初の魔法使いと言われた人がルールを3つ定めたと言われているの。
このルールを基に今のこの国の法律は作られたの」
10万年も前から魔法があるの!?
10万年前って……旧石器時代?
それなのに魔法が全然浸透していないのはなぜなんだろう。
シノを見てみると驚きの表情は無く、むしろなんでそんな常識を語っているのか分からないというような表情だ。
こんな常識を知らなくてごめんなさい。
リリアに俺が元々この世界の人間じゃないって伝えておいて良かった。
「そのルールは、一人の夫が複数の妻を持つ場合は、全ての妻を平等に愛すること、
夫は必ず正室を一人定めること、
そして……魔法は貴族のみが使用すること」
複数の妻を持てるの!?
っていうか、魔法を使えるのは貴族のみってルールは最初の魔法使いが作ってたんだ。
あれ?でも旧石器時代に貴族なんて制度はあったのかな?
「でも、本当に最初の魔法使いがこの3つのルールを定めたかは分からない。
特に最後のルールについては王都の歴史専門家が間違いであると主張しているの。
この主張を基に庶民派の初代リーダーが庶民の魔法の使用を認めさせたんだけど」
10万年も前だもんな。
口伝のルールなんて途中で変わっていてもおかしくない。
最初の魔法使いっていうのも本当なのか怪しい。
もしそうだとしたら、その人は誰から魔法を教わったんだろう。
「話が逸れたね。正室っていうのはその一人の夫が対外的に公表する妻で、側室がそれ以外の妻だよ」
正室と側室について分かった。
つまりシノは、正室はリリアで良いから、自分を側室にしてくれって言っていたのか。
正室は絶対リリアだし、シノもそれが変わることはないって気付いてくれたんだろうな。
でも側室か……。
日本で生まれ育った俺にとっては縁のない話だ。
そりゃシノのことは嫌いじゃない、むしろ好きだ。
でもリリアはもっと大好きだし、リリアを一番大切にしたい。
リリアはシノを側室にすることについてどう思っているんだろう。
……そういえば、リリアにこの国の常識を教えてって言ってから大分経つのに、リリアから初めてこんな話聞いたな。
「リリア、意図的に黙ってた?」
「だって……マサキを独り占めしたかったし」
独占欲が出ちゃったかあ、可愛いなあ。
早くリリアと2人きりになりたい。
「シノ、側室のことはリリアと話してまた答えるね。とりあえず今日は解散でもいいかな?」
「ごめんね、こんなこと」
「ううん、話してくれてありがとう。
リリアは鬼じゃないし、俺もシノが嫌いなわけじゃない。
シノの気持ちは分かったから、少しだけ待ってて」
「うん、ありがとう」
そう言って、シノは部屋から出ていった。
「リリア!」
「マサキ!」
2人で名前を呼び合いながら抱きしめあった。
「リリア、大好きだよ」
「うん、私も大好き」
今腕の中にいるリリアが愛おしくてたまらない。
でもここはギルドの建物の中だ。
「今日も仕事が終わったら俺の家に来れる?」
「うん、いつもの時間に行くね」
「待ってるね」
腕の中の温もりを噛み締めながら、リリアと離れる。
叶うならずっとリリアとああしていたかった。
部屋から廊下に出ると、そこには水滴が落ちていた。




