表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/13

8 もう無理!

 

 勉強が終わって席を立つと、

「実はビビアンを、騙していたんだ」

 唐突に、彼が言った。


「僕はエリオットなんだよ。……君の本当の婚約者なんだ」


 ──うん、知ってた。


「ブラッドに頼まれてたんだ。君が倒れた日から、入れ替わって、ずっと僕が君の傍にいた」


 ──なるほど、そうきたか。


「怪我をさせたのが自分だから、でも優しくできないから『代わりに償って』とブラッドが」


「……そうなの?」


「ブラッドは、君のこと、大嫌いなんだ」


 その言葉、すとんって心に落ちた。

 重たくて、残酷。


「……なんで? 私、何かした?」


「おバカさんは嫌いなんだって。兄はプライドが高いから」


 ……そういうふうに、見下されてたんだ。

 馬鹿だから、簡単に騙されるって、そう思ってたんだ。


「二人とも、酷い……。記憶のない私の気持ちを、弄んだのね」


「違うんだ、君は、僕を……エリオットを愛してたんだ。思い出してよ!」


「無理よ。過去のわたし、もう、どこかへいっちゃったの。

 わたしね、嘘が一番嫌いなの」


 あーあ、どの口が言ってるんだか。でも、言ってやった。


「じゃあ、本物のブラッドが……ダイアナの恋人なのね?」


「そうだよ。僕が愛するのはビビアンだけだ」


 嘘つき。

 双子ってこと、こんな風に利用するのね。


「驚くかもしれないけど、ダイアナのお腹には、ブラッドの子どもがいるんだよ」


「はぁああぁ?」


「全く、酷いはなしだよね。あはは」


 そのとき、司書さんに「お静かに」って怒られたけど、それどころじゃない。


 子どもって……

 ブラッドの……じゃなくて、エリオットの……


 ああ、もう無理!!


「エリオット! 婚約は破棄よ! もう、こんなの、たくさん!」


 私は叫んで、図書室から飛び出した。




「ビビアン!」


 エリオットが追いかけてきた。

 腕をつかまれて、でも、**パシッ**って叩いた。


 ──この人、最低。


「大っ嫌い」


 言い捨てて、走った。

 走って、走って、やっと息が整うと、はっきりわかった。


 わたし、嘘をついた。

 でも、その嘘が、真実を連れてきた。


 早く、ブラッドさまに会わなきゃ。


 *


 校舎の中、いちばん西の教室。

 2年生の、窓側。

 ダイアナと、ブラッドが向かい合っていた。


 いやな予感。


「ブラッド!」


 ふたりが同時に、こちらを見た。


「エリオットから、話は聞いたか?」


「ええ。ずっと私の隣にいたのが、貴方じゃなくて、エリオットだったって」


「……そうだ。俺は、エリオットを──」


「演じてた? チッチッ、騙されないわよ」


「記憶、戻ったのか?」



 わたしはブラッドの腕に触れた。

「ううん。でも分かるの。わたしの婚約者は……ブラッド、あなたよ」


 決めた。

 この嘘だけは、最後までつき通す。


「それは違う」


「ブラッド、本当のことを言って。わたしが嫌い? ダイアナが恋人なの?」


「そ、そうよ! ブラッドは私の恋人よ!」

 ああ、やっぱり。

 ダイアナもエリオットと同じ世界の人。


「違うよね? 子どもの父親はエリオットでしょう? なんでブラッドに押し付けるの? 私の婚約者なのに」


 もう、後には引けない。


「きっちり責任を取ってもらうわ。ダイアナの責任はエリオット。わたしは、ブラッド、あなたに取ってもらうから」


「ビビアン、落ち着いて聞いてくれ」



「エリオットが責任なんて取るはずない。あの人、あなたの家に婿入りするんでしょ?」

 ダイアナの高い声が響く。


「もし、エリオットがわたしの婚約者だとしたら、婚約は破棄するわ。彼は責任を取るべきよ」


「私は、結婚したいわけじゃないの。ただ、伯爵家に面倒を見てもらいたいだけ」

 愛人志望ってことね! 図々しい。


「婚約破棄? 本気か?」

 驚いたブラッドの声。


「当たり前よ。そんなに恋愛脳じゃないから。契約は契約。慰謝料も、契約金も、ちゃんと請求するつもり」


「……そうか。その方が君は幸せになる」


「そう決心させたのは、あなたよ。わたしのこと嫌いだって分かってる。でも、私は、あなたが好き」


「……ああ。最初は、嫌いだった。でも今は……ちがうよ」


 思い切って告白したのに、そんな言い方、切ない。



 それからブラッドは、わたしの手をそっと離すと、ダイアナに向き直った。


「父の伯爵は、恐ろしい人だ。この婚約を壊した君も、きっと容赦されない。半殺しの覚悟をしておくんだな」


「は、半殺し……?」


 ダイアナの顔が、白くなっていく。



「エリオットが死にかけたとき、俺にも責任があった。だから今回、全部引き受ける」


 兄弟で過去に何かあったのね。双子なのに、言葉の重みが全然違う。



「お、脅してるのよね? 私、平気よ!」


「俺は、伯爵の血を引いてる。それを思うだけで怖いんだ。ああなりたくない。だから、ずっと一人でいようと思ってた。でも……もし子どもがエリオットの子なら、俺が養子にして育てるよ」


 16歳なのに、すごいと思った。

 ちゃんと、大人の覚悟だった。


 でも……

「それって、わたし、ブラッドにフラれたってこと?」


 ブラッドは目を伏せて、言った。


「今度は、俺の番だ。過去を終わらせる。親父に殴られて、弟とはそれで帳消しだ」


 なにそれ。意味わかんないけど、でも、なんか分かる。



「……わたしは失礼するわ。両親に報告の手紙、書かないと」


「すまなかった、ビビアン。次は、ちゃんとした男を選んでくれ」


「余計なお世話よ」


 わたしは背を向けた。

 その瞬間、舞台の幕が下りた。


 苦くて、

 あっけなく。


 

読んで頂いて有難うございました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ