3 ブラッド視点
ビビアンに肘をぶつけてしまったんだ。
その拍子に彼女は倒れて、頭をぶつけて気を失った。
本当に、偶然。だけど、そのせいで彼女は記憶を失った。
「俺は君の婚約者ってことで良いんだよな?」
彼女はコクンと頷いた。
記憶がない。でも、視線は、エリオットを追っていた。
仕方ないと思った。
だって彼女、本当にエリオットのことが好きだったから。
あの軽くて、甘ったるい弟のことを。
*
エリオットは学園に入ってから、あの調子で女の子たちを虜にしてた。
ビビアンがいるのに、どんどん恋人を変えて。
今はダイアナと常に一緒にいる。
「ビビアンを泣かせるなって、言ったよな?」
そう言うと、エリオットは笑ってた。
「学園の間だけさ。僕はビビアンを愛してるよ、ちゃんと」
愛してるなら、もっと大事にしてやればいいのに。
俺の言葉なんて、いつも通り、右から左に抜けていった。
まさか、1年後にビビアンが学園に入ってくるとは思ってなかったんだろう。
あの子が、お洒落と流行ばっかりだったあの子が、一生懸命に勉強して。
きっと、エリオットの近くにいたいばかりに。
それなのに。。。
「ダイアナと綺麗に別れたいから、記憶が戻るまで、ビビアンの婚約者になってくれよ」
って、エリオットはさらっと言ったんだ。
*
断るべきだった、ほんとは。
でも、俺にはエリオットに頭が上がらない理由がある。昔の、子供の頃のこと。
その借りが、まだ胸の中に重く残ってる。
「早くケリつけろよ」
「うん、わかってる。あ、でもさ――ビビアンに手ぇ出さないでね? 僕の大事な婚約者だから」
……大事、って、なんだよ。
*
そして今朝、エリオットは堂々とダイアナと腕を組んでいた。
それを、記憶を失ったビビアンの前でやるんだ。信じられるか?
昼休み、俺は思わずエリオットを壁際に追い詰めた。
「ビビアンの記憶が戻ったら、どうするんだ」
「うーん、たぶん許してくれるでしょ? あの子、僕のこと大好きだもん。ダイアナは友達って言えば大丈夫さ」
「……お前、ビビアンが傷つくって思わないのか?」
「どうせすぐ退学だよ。成績ついてけないし、寮生活も無理でしょ。まあ……一学期までかな」
そのとき俺は、なんというか、もう心のなかで、終わってしまった気がした。
弟への、少しの尊敬とか、思い出とか、そういうのが音もなく崩れていった。
*
「……わかったよ」
それだけ言って、俺は食堂へ向かった。
ビビアンを、探すために。
*
入口の近くで、彼女は立っていた。
迷子みたいな顔で。
その視線の先には、ダイアナとエリオット。
(まさか、思い出したのか?)
急いで近づいた俺を見て、彼女がふわっと笑った。
「ブラッドさま……」
「何か、思い出した?」
「ううん……まだ。どこに座ろうかなーって思ってただけ」
「じゃあ、あっちが空いてる。俺、プレート取ってくるから先に座ってて」
「え、やさしい~。ありがとう、ブラッドさま」
「ブラッドて呼んで、いいよ」
「うん、へへ」
この笑顔、エリオットが守るべきだったのに。
俺が代わりなんて、なれないのに。
*
席に着いて、ようやく二人で食べ始めた頃、エリオットがやってきた。
「いたんだ。一緒に食べようと思ってたのに」
──嘘だ。
となりで、ダイアナがきょとんとした顔してた。
「こちらは……ブラッド様の恋人?」
「君には関係ないよ」
そう言ったエリオットの表情が少し曇った。
ビビアンが尋ねた。。
「貴女は……エリオットさまの恋人?」
「そうよ。ふふ、私たち結婚したら義理の姉妹ね」
「やめろよ!」
エリオットが声を荒げて、ダイアナの腕を引いて、逃げて行った。
*
「……あの二人、本当に恋人なのかな」
ビビアンがぽつりと聞いた。
「どうかな。エリオットは友達って言ってた。でも……ダイアナは、違うみたいだった」
「ま、まあ……私には関係ないけど」
「関係あるさ。君は、俺の婚約者だから」
「そうですよね!」
彼女が少し怒った声で言ったから、俺は幾分、気持ちが軽くなった。
そうだよ、記憶がなくてもその怒りはきっと、ビビアンの大事な気持ちだ。
早く思い出せばいいのに。
そう願いながらも、今を、もう少しだけ続いて欲しいと俺は思っていた。
読んで頂いて有難うございました。