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16 【完結】わたしだけの星

 プロポーズ、夢みたいだった。

 冷めないでって、祈るような夜。


 ステップを踏むたびに、足がふわふわして、ブラッドのつま先を踏みそうになる。

 でも、目が離せなかった。

 眉、思ってたより凛々しいなって、気づいた。


 曲が終わって、静かになったとき、彼が言った。


「ビビアン、返事はいつくれるの?」


 ちょっと掠れた甘い声、この人、本当にあのブラッドなの?


 不器用で、不愛想。


 でも、誠実で、どこまでも、やさしい。

 そんなとこ、もう、大好き。


 わたしたちは、静かな一角に移動した。

 ふたたび、流れる音楽。


「でも……一生、結婚なんてしないって、言ったわよね」


「うん。あの時はね」

 ブラッドは、一呼吸おいて言った。


「でもクインシル侯爵夫妻に仕えてて、変わった。侯爵のような人になりたい。そして君と、ああいう夫婦になれたらって、思うようになったんだ」


「うちの両親も、すてきよ。ちょっと過保護だけど。ブラッドなら、好きになってくれると思う」


「じゃあ……」


「うん、わたし──」



「ブラッド!」


 不快な声が割って入る。

 また貴方か……今度はなんなの……



「平民が、なんで紛れてるんだ? 給仕の仕事かい?」


「失礼ね、もう、ブラッドはフィズ子爵家のご令息よ」


 エリオットの目が、まんまるくなった。



「エリオット。カラント伯爵襲名、おめでとう」


「負け惜しみ? 保釈金、ビビアンに出してもらったんだろ。ねぇビビアン、またお金で婚約者を買うつもり?」


 にやにやしながら、口角を上げる。

 ああ、わたし、どうしてこんな人、好きだったんだろう。


「俺は、なにがあっても、ビビアンと結婚したいと思ってる」


 ブラッドは続けた。力強く。


「誤解されると困るから言っておく。お金は子爵から借りた。今、返してる。……それより、お前たちが身に着けている、その《それ》、返したらどうだ?」


「もらったんだよ。こっちの自由でしょ」


「え、それ……もらったものだったの?」


「あ、いや、それは──」


 ロザリー嬢が、首元のネックレスを引きちぎって、エリオットに投げつけた。

 淡いピンクのブロンドがふわりと揺れて、去っていく。


「ロザリー、待って!」


 エリオットの声が、遠のいていった。



「ご病気のカラント伯爵に、誤解されたままでいいの?」


「いいさ。もう、他人だ。……これからは、君が家族になってくれるだろ?」


「ええ。……愛してるわ、ブラッド」


「俺も。愛してる、ビビアン」


 ブラッドの腕が、わたしをふわりと包む。


 ああ、これよ、これ。

 ずっと待ってたの。


 ──しあわせ。




 * * *


 クインシル侯爵ご夫妻の計らいで、ブラッドと両想いになっても、学園生活は一年残ってる。

 ちゃんと卒業しないと、父は結婚を認めてくれない。


 ブラッドも、お金を返し終わるまでは結婚しないつもりって、

 クインシルのおじ様のところで、執務補佐の仕事をがんばってる。


 今は手紙を交換して、将来の夢を話し合ってるの。

 夢って、案外、紙の上にスラスラと書けるんだなって思う。ふふ。


 <ねぇ、いつから、わたしのこと好きになってくれたの?>

 って質問書いたら……


 <君を、ただの我儘令嬢だと、誤解してたなって、思った時からかな。

 知らない間に君のこと──>そんな返事。


 ふふ、わたしも同じ。

 一緒に過ごしていたら、知らないうちに貴方を好きになってた。



 カラント伯爵家は浪費が続いて、借金がかさみ、エリオットが潰すの時間の問題みたい。

 ロザリー嬢とも、もう、終わったんだって。


 * * *


 さて。

 1学期のテストを無事通過して、別荘で過ごす三回目の夏。


 ノートを広げて、わたしの隣には、甘くて厳しいブラッド先生。


「ビビアンが無事に卒業できたら、子爵が俺に特別ボーナス、出してくれるって」


「ふふ、それは楽しみね」

 わたしに赤いリボンを結んで、*ボーナスよ~* なんて……



「がんばろう。ビビアンの卒業目指して」


「うん」


 ノートにペンを走らせていると、彼の清潔なシャツの匂いが、ほんのりと夏の風にまじっていた。


 * * *



 別荘で過ごす最後の夜。

 冷たい飲み物を持って、二人で涼しいバルコニーへ。


 テーブルには、小さなキャンドルがひとつ。

 飲みかけの二つのグラス……


 バルコニーの手すりに置いたわたしの手に、彼の指がそっと触れた。

 見つめ合う、それだけで、しあわせが胸いっぱいに広がる。


 肩を寄せて、ふたりで夜空を見上げた。

 

「ねぇ、来年もここに来ようね」

 約束みたいなひとこと。

 そのときはもう、きっと正式な婚約者同士。


 空は澄み切って、たくさんの星でいっぱいだった。


「お星さまに、手が届いたわ」


 そう言って、空に手を伸ばすと、ブラッドが不思議そうな顔をした。


「どの星? 月のとなりの……あの赤いやつ?」


「ちがうの。届かないって思ってたのに……ほら、ここ」


 そう言って、彼の胸のあたりを指でつついた。

 

「どういうこと?」

 彼が笑いながら訊いたので、わたしも笑っちゃった。


 ブラッドはわたしの手を取ると、その指先にキスをして、ゆっくり抱きしめてくれた。


 言葉はいらない、伝わるのはお互いの心音だけ。


 彼の腕の中、世界の中心が、ここにあるような気がした。



 もう間違えない。


「……あなたは、わたしだけの星」


 そうつぶやいたとき、空の星が一つ、ふっと流れた。


──おしまい。


 ここまで読んでくださって、本当にありがとうございました!


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