最後のお弁当
大学の卒業式を数日前に終えた白井は、ルームシェアの自宅で荷造りをしていた。
「松本。どうして急に地元に帰るとか言い出したんだ」
大学から一駅。寝坊しても一限に間に合う、最高の立地。
この場所で白井と松本が同居を始めたのは、二人が二年生になった年だった。
「住み始めた頃には『あと十年は一緒に住んでくれ!』とかほざいてたくせに」
「予定は未定。それにお前も『その頃には家庭的な彼女住んでるから無理!』って言ってただろ」
「冷てーの」
それこそ予定は未定。ささやかな希望的未来観測である。
白井はこの共同生活をかなり気に入っていた。
家に帰れば人がいて、料理を作れば大喜びで食べて貰える。ついでに昼食を安くする弁当が、自作とはレベチで毎日用意して貰えるのだ。
「それに、白井は俺の弁当が恋しいだけだろ。それぐらいたまには作ってやるからさ。早いところ家庭的な彼女とやらを作れよ」
「ゼロではないけどそうじゃねえよ! それに弁当のための彼女って失礼だろ!」
「弁当のためのルームシェアは俺に失礼だ!」
その日、二人は笑い合いながら最後の食事をした。そして、別れに向けて眠りについたのである。
不明瞭な意識が、ふと覚醒する。
白井は見知らぬ桜並木に立っていた。
「?」
頭が働かずただ風に揺れる桜を見る。と、ひときわ大きな風が吹いてそこに松本が現れた。
風に攫われてしまう。
松本はごく普通の男子大学生だ。普段ならばそんなことは思わない。
けれどこのとき白井は、どうしてかそんな気がした。
そしてそうなったら最後、もう二度と会えないような気がしてーー。
「待ってくれ、俺はお前が……」
思いも寄らない気持ちが心の底から湧き上がる。意識してしまえば、それは凄く自然な感情に思えた。
「お前が好きだ。松本、俺はお前がいないとダメなんだよ」
目を覚ます。何やら変な夢を見てしまった。
しかもあろうことか、今日でルームシェアを終える同性の友人に通常あり得ない感情を抱いていることまで自覚した。
白井は頭を抱え、もう一度夢に戻れないかと苦難する。
「ほら、弁当」
白井の心を知ってか知らずか、ぶっきらぼうに松本は弁当を渡す。
「え? いや今日はもう……」
「良いから持ってけ」
本来なかったはずの最後の弁当。
その弁当の底には、白井の寝言に対する返事が隠されていた。