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第二話 ヘルプミーの向こう側/どっちもどっち・2

 音楽室。授業を終えた晴翔はいつものようにここにやってくる。最近の流れとしては、ここでまずピアノを弾いて、その後バンドメンバーがゾロゾロとやってきて、解散ののち、よろずやつかさに紗夏と共に向かうという日常になっている。なかなか充実した日々のように思う。ちょっと前まで音楽活動のために学校を辞めようかと思っていたのだが今は特にそんな気持ちもなく学校生活を謳歌している。これも隆起が隼人の“高位の影響力”というのを抹消した結果なのだろうか? いずれにせよ自分はこうやって高校生活を満喫しているのだから全ては結果オーライと言えるだろう。勉強はつまらないが。

 幼い頃からピアノを弾いているが、正直自分自身、ピアノ自体にはそんなに興味がない。ずっとロックをやりたいと思っていて、それならせっかくピアノが最低限弾けるのだからとキーボーディストを目指している。ただピアノの練習も無駄にはならないので、日々ピアノの練習も怠らないでいる。相変わらず自分は上手くないなぁとは思っているが、自分の役割は1/5として輝くことである。特に問題はない。

 と、ピアノを弾いていると、部室のドアが開いた。いつもの奴らが来たな、と思って入り口を見ると、するとそこには見知らぬ男子生徒がいた。気にはなるが、おそらく自分のピアノの音を聴いて釣られてやってきたのであろう、と、晴翔は思った。こういうこと自体は珍しくないから。その男子生徒に見覚えはないが、緑色の靴を履いていることから二年生であることはわかる。要は先輩だ。とりあえずもう弾き終わるので、最低限礼節を保った態度でいようと晴翔は思う。

「……」

 彼はグランドピアノに近づき、どうやら晴翔の演奏を聴きに来たようではあったが、一方で晴翔は、この人は自分に個人的に用事があるのではないかという気がなぜかした。何だろう、と訝しんだが、しかし今は集中である。

 というわけで一曲弾き終えると、彼はパチパチと軽く拍手をした。

「よかった」

「あざっす」

 と、コミュニケーションがどうやら始まるようだった。

「いつもピアノ弾いてるね。で、その後、キーボードかい」

「あ、はい。おれの本職はキーボーディストなんで」

「ふうん」

「二年生の人ですよね」

「うん。呉弐葉くれふたば

 変わった名だ、と晴翔は思った。

「春元晴翔です」

「変わった名前だ」

「それはどうも」それはお互い様だ、とは言わないでおいた。「なんか、聴いてくれたみたいで。あざっす」

「うん」

 しばしの沈黙。

 話題、話題、と考える晴翔をよそに、その弐葉と名乗った少年はそばにあったキャスター付きの黒板に「呉弐葉」と自分の名を書いた。チョークを持って、くるっと晴翔の方を向く。

「こういう字を書きます」

「弐ってことは、壱っていう字のお兄さんでも?」

「そ。まあ、お近づきの印に」

「はあ」

 変わった人だ、と晴翔は思う。ただ向こうが自分の名前の文字を教えてくれたことで自分もそうした方がいいのではないかと思い椅子を立ち上がり黒板に近づく。

 と、そこでまたドアが開いた。みんなかな、と思い、そちらを向くと、そこには大心がいた。

「おー大心」

「おーハルよ。元気かい」大心と晴翔はクラスがそれぞれ違う。「昨日のことなんだけどさ。——って」

 と、大心は弐葉と、黒板の文字を交互に見る。

「呉、弐葉?」

 よく読めたな、と、晴翔は感心する。一方で弐葉を見ると……何やら真剣な表情をしていた。

 何だろう?

 大心は顎に指をやった。

「弐葉……」

「おれの名前だよ。どうかしたかい」

「いえ。なんか見覚えのある名前のような?」

「すれ違ったことぐらいはあるかもだけど」

「はあ。うーん」

「じゃあ、おれはこれで。春元くん、また来てもいいかな」

「あ、はい。いつでも大歓迎っす」

 にこりと笑って弐葉は体を入り口の方へと向ける。

「それじゃ、ね」

「はーい」

 やがて弐葉は去っていった。残された晴翔と大心は顔を見合わせる。

「何しに来たのあの先輩?」

「おれのピアノに釣られたみたい」

「まあ、あるあるなんだろうけど。しかし、呉弐葉、呉弐葉さんね……」

「知り合い? ちっちゃい頃に会ったことあるとか?」

「うーん……思い出せない」

 口元に指をやりながら思い出そうとするが、しかし、どうしても弐葉のことがどうしてこんなに気になるのが、どうしても大心にはわからないようだった。そしてこの場はこれで終わる。


 校門で紗夏は晴翔を待っていた。別に音楽室に行ってしまっても良いのだがバンドメンバーに二人が付き合っていることをああだこうだ言われるのが面倒だったのですることがない放課後の場合、二人はいつもこのスタイルだった。紗夏の部活動である書道部ももちろん大体同じぐらいの時間に終了するため、紗夏はそんなに長い間晴翔を待つことはない。まだまだ一年生だから、暇なときの方が多いのかもしれないけれど、だんだん受験やら何やらで忙しくなって、あんまり会えなくなったりするのかなぁ、と、紗夏は今から何だか気もそぞろだった。

 特にすることもないのでスマホをいじって何となく天気予報を見ていると、向こうから女の人がやってきた。別に大した異変ではない。しかしその女性が校門まで来て立ち止まるのを見れば、やはり紗夏も気になる。生徒の誰かに用事があるとか、あるいは誰かのお姉さんとか、そういうことなんだろうな、とは思うものの、外部の人間がやってくるということは気になることではあった。しかし自分の知り合いではないし知っている人ではないし、まあ良い、と思うことにして一週間予報を眺める。

「おーい紗夏ー」

 と、まるで無邪気な子犬のように小走りで自分の元にやってくる彼氏に目をやる。全く、わたしはこの子のどこがいいのかしら、と、紗夏は考える。ひょんなことから入学初日からコミュニケーションを取っていて、そのうち二人でいることが多くなって、何となく日々やり取りをしている中、向こうの方から付き合ってくださいと言われ、まあそれも悪くないし、と思って付き合うようになったのだが、今ではどうも自分が晴翔のペースに巻き込まれている気がする。それもこれもよろずやつかさに原因があるような気がなぜだか紗夏はしたが、詳細は無論わからない。とにかく、あの店が自分のキーポイントであるような気がするのは確かであった。

 自分の元へと駆け寄り、晴翔は「待った?」と声をかける。

「いや今来たとこ」

「おっけ。じゃ行こ」

「今日もツーさんのとこなんでしょ、どうせ」

「どうせってこたないだろ。親とか先生とかじゃない世代のおじさん楽しいし。紫乃さんのお茶も美味しいし。おれ最近紅茶に目覚めてきたよ。どうせって言うなら紗夏だってどうせ暇でしょ」

「暇だと思わないで。もう」

「それじゃれっつらご〜」

「あの」

 と、二人で目的地へと向かおうとしていたら、その女性が声をかけてきた。

 まさか自分たちに用事があるとは思わなかったので紗夏はちょっと警戒する。

「はい?」

 だからと言ってこんな強い口調で応答しなくても良かっただろうかとも思ったが、とりあえず先制攻撃ぐらいはしておいた方が良いと思った。

「春元晴翔さんですよね」

「え?」

 自分の方ではなく晴翔の方に用があったのか、と思い、そして先日大心が女性が晴翔を捜しているという情報を思い出し、その連想から紗夏はこの人がその人なのではないだろうかと感じた。そしてそれは晴翔も同じようだったので、彼は怪訝そうな表情をしながら女性とコミュニケーションをとりあえず取り始める。

「はい。春元です」

「なるほど。大きくなって」

「え?」

「昔会ったことあるの。ナミと言います」

 首を傾げる。

「ナミ、さん?」

「そう。覚えてないかなー」

 そこで紗夏が横槍を入れた。

「あの。晴翔を捜してる女の人っていうのは」

「ああ。大心の」

 すると彼女はふふっと笑った。

「わたしじゃないかな」

 これは肯定のセリフなのだろうか、それとも否定のセリフなのだろうか。もっと突っ込まなければならない、と思った矢先、ナミと名乗るその女性は、

「じゃあわたしはこれで」

「え。おれに何か用事があったんじゃ」

「ふふ」

 そう笑って、やがて彼女は去っていく。

 後ろ姿を見ながら二人は首を傾げる。

「誰?」

「知らないよー。ナミさん、ナミさん、ねぇ。よくある名前だけど、うーん、覚えてないなぁ。誰だろう……」

 とりあえず浮気ではないことだけはわかったので、その点ではホッとできる。

 まあ、と言って、晴翔は紗夏と向き合った。

「ま、とにかくよろずやに行こ〜」

「まあいいけどさ」

「気にはなるけどさ。とりあえず次の展開は次のおれに任せる」

「いい加減な」

 そこで晴翔は言った。

「おれもあの人も色々あるんだろ。おれがなんかしたのかもしれないし、したことがあってあの人が来たのかもしれないし、お互い様な事態なのかもしれないしさ。そんなにおれだけが困ってはいられないよ」

「かもしれないかもしれないばっかりじゃない。そんなどっちもどっちみたいな」

「そうだよ〜みんな色々あるんだからさ」

 そのこと自体は確かにその通りだとは思うが、問題の切り分けをせず全てをプレーンに扱うというのは本質的な解決にはならないのではないか、などということを紗夏は考えながら、

「もう」

 と、小さくため息をついて、やがて晴翔とよろずやつかさへと向かうのだった。


 というわけで、よろずやつかさ。

「こんにちは〜」

 と二人で中に入ると、いつものように競馬新聞を読んでいた紫乃が眼鏡を整えた。

「あら晴翔さんに紗夏さん」

「こんちは紫乃さん」

「こんにちは。どうぞ」

「お客じゃないのに、いつもすみません」

 と謝る紗夏に、紫乃はいえいえと首を振った。

「どうせ暇な店ですから。わたしもお茶が淹れられて嬉しいわ」

 と言って二人をリビングへ誘い、紫乃はキッチンへと入っていく。ソファに寝転んでゲームボーイをしている隆起の元へと近づき、二人はこんにちはと声をかけた。

 上半身を起き上がらせて、こんちは、と言いながら、隆起は晴翔をまじまじと見る。

「や、ハルや。紗夏ちゃんも」

「も、って」

「ハルや。おいでおいで」

 となぜか手招きをする隆起のもとへ、はいっ、と言って子犬のように晴翔は近寄る。

 と、そこで隆起は晴翔の頭に手を置いた。

「え?」

 電撃が走ったのを紗夏を見る。

 一瞬の気絶をする晴翔。

 二人はすぐ、状況に気づいた。

 隆起は、ふうむ、と、口元に指をやりながら、呟く。

「これどうも、ガチでおれたちの出番のようだな」

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