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第一話 オーマイガーが叫べない/まあいいじゃん・3

「精神的クローンとかすごいこと言いましたけど。ものの考え方そのものが同化するって言いましたけど」

「言いましたね」

「でも結局は、とにかく、人は人それぞれでしょう?」

「ところがそうでもないんだ。どんな人間であってもそれぞれのパターンに分けられるように、人は自分が思っているほど十人十色ではないのさ。というより、十の人はそれぞれ十の色というパターンに分けられるんだよ。例えば、食べるのが早いグループと遅いグループに分けられるようにね」

「でもその例でいくと、どんな影響を受けても体の構造が変わるわけじゃないなら早食いも遅食いも変わらないはずですよね」

「そうでもないよ。時間に追われるような仕事をしていたりすれば自然と早食いになるよ。いや、なってしまうんだよ。朱に交われば赤くなるってね。つまり人間は結構柔軟なのさ。どんなに頭の堅いおっさんでも変化からは逃れられない」

「でも時間に追われるような仕事にそもそも向いてなければ転職しますよね」

「普通はね。だから高位の影響力はそれを可能にする。もっとも、ただの影響力であっても変わる人は変わるんだけど。例えば大好きな漫画を読んでその職業に憧れて、最初は大変だったけど石の上にも三年、ってね」

「三年経っても変わらなかったら? どうしても向いてないって?」

「普通なら辞めてしまうね。普通なら、ね」

「つまり限界が来るわけですね」

「そう。しかし高位の影響力というのは、その人の限界を突破させてしまう。すると、それは例えばクラス全員が全科目満点を取るようなもの。それは不自然だって思わないかね。人は人それぞれなはずなの人ってね」

「でも、高位の影響力はそれを可能にする?」

「その通り。そしてそのとき、世界は終わる」


 綺羅は何だか色々なことがいちいち気にならなくなってきていた。それはクラスの子たち、学年全体で見たときにみんなそうなっているように見えるように、綺羅はパパ活のこともそれがバレてはならないということもどうでもよくなってきた。まあいいじゃん、まあいいじゃん、と、心の中の綺羅ではない綺羅が連呼する。その綺羅ではない綺羅というのは果たして本当に自分自身なのだろうか? わからない。しかし、内なる声のようなものが、自分にそう呼びかける。気楽に生きていこうじゃない、ありのままあるがまま、何にも考えずに余計なことは考えずに、まあいいじゃんの一言でとんでもないストレスやプレッシャーを乗り越えていきましょうよ。それが本当にその通りにできたら本当に気楽に生きていけるだろうと思いながら、そして、なんかもうそうしちゃってもいいかな、という風に思いながら、綺羅は日々を過ごす。

 全く、自分の性格が変わってしまったみたい。根本的な部分そのものが変化したんじゃないかしら。それはなぜ? 何かの影響だろうか。わからない……ただ、日々を普通に生きていたら、いつの間にかこうなっていた。ただ、それだけだ。

「まあいいじゃん」

 という隼人の声を聞き、綺羅はふと彼を見上げる。

「何が?」

「赤信号の連続でも」

「ああ、そうだね」

 あれ。何だか、隼人の様子が、ほんのちょっぴりだけおかしいような。

 幼馴染みの勘である。理由は、ない。とにかく——ちょっとした焦燥感を抱いている?

「おーい。キラキラコンビー」

 気がつけば東京タワーに辿り着いていた。向こう側で晴翔と紗夏が手を振っている。二人の元へと近づき、そこで隼人が頭を掻きながら晴翔に異議申し立てをする。

「その呼び方やめろよぉ」

「いいじゃんキラキラしてて」

「まあいいけどさ」

 気のせいではない気がする。どこか、ほんのちょっとだけ、隼人にパニックのようなものを綺羅は感じていた。

 しかし一方で隼人はその上であくまでも自然体で過ごしているような。

 あれ。

 これって、ここのところのあたしと同じ態度?

 というより——あたしが、隼人と同じ態度を取っているのだろうか。

「じゃあまあ行きますか。東京タワー、紗夏だけが来たことあるんだよな」

「ちっちゃい頃だけどね」

「何はともあれ展望台に行きますか」

 施設内に入りエレベーターに向かう。

 綺羅は考える。客観的になって考える。

 クラスの子たちも、全員ではないが、全体的に……投げやりな態度を取るようになっているのではないか、と思う。

 しかし……それは前々からそうだったような気もする。

 突然変異が起こった、というようには思えなかった。元々投げやりな部分がある子たちが、その印象が強くなっただけ、という気がする。その割にはまさに同じクラスの晴翔と紗夏にそんな印象が見当たらないのが不思議といえば不思議だ。いや。この二人だって、ほんのちょっと前まで「まあいいじゃん」といろんなことをまとめてきたような気がするのだ。それがほんのちょっと前以降からそうでもなくなったように思う。何かがこの二人にあったのだろうか。それとも、自分や隼人やクラスメイトや一年生たちが全体的に何らかの体験をした結果なのだろうか。ダメだ何も思い出せない……でも——。

『まあいいじゃん』

 冷静に、俯瞰で考えようと思っていたが綺羅ではない綺羅がそう綺羅に呼びかけることによって、綺羅は、

(まあ、いいや、そんなことどうだって)

 と考え直すようになった。

 なぜかはわからない。

 まるで、自分の中の自分ではない自分()()()()()が、自分にそうさせているような気がするのだった。

 エレベーターで展望台に向かう最中。あともうちょっとというところで晴翔が隼人の顔を覗き込んだ。

「隼人、なんか焦ってる?」

 すごい見抜き方をするな、と、綺羅は晴翔に内心びっくりした。

「そんなことないよ」

 スムーズな返答。

「まあ、いいじゃん」

 ——そのとき、隼人に電撃のようなものが走ったのを紗夏は見た。

 先日の隆起の言を思い出す。

「紗夏ちゃんはちょっとおれに近い力みたいなものがあるのかもしれない。影響力が危険な領域に突入するとき電撃のようなものを見ることができるようだ」

 要するに……隼人が高位の影響力の持ち主。

 ツーさんの言った通りだ、と、紗夏は思った。

 隆起の言葉を思い出してみる。

「多分その隼人くんなる少年の投げやりな態度が周囲に伝染しようとしている」

「確かに、何だか問題に真剣に取り組んでない子が多いような気はしますけど。でも高校生なんてそんなもんじゃないですか」

「思春期だからそうなっているのか、ということと、それとも隼人くんが彼らの軸になっているのかということとはまるで違う。要するに、本人の意志とは無関係に無理やり投げやりなキャラクターにさせられているんだからね。もちろん今はまだ発病の前の段階に過ぎないかもしれないが、このまま放っておけば一気に悪化して隼人くんと同化するだろう。そのとき、どこまでも投げやりな態度、という影響力が、世界を支配し始める。例えばヒトラーの排他的精神がどこまでも広がっていったからナチスが勢力を強めていったように」

「ゾッとします。でも、隼人は普通の男子ですよ」

「普通だからこそ危ういのさ。特別な男子だったらみんな特別視するだろ。だからこそかえって影響は広まらない」

「……でもなんか、どうしてもピンと来ないなぁ。隼人がそんなすごい奴とは思えない……」

「君の感想はさておき。高位の影響力は……まず身近な人たちから飲み込んでいく。そして、気づいたときには大抵もう手遅れ。とはいえ、おれの力はその状態でも効果を発揮する。発生源本人の影響力を抹消すれば、そのまま消滅が拡散していく。あとは、もう何事もなかったかのように元通りだ」

「……う〜ん……」

 高位の影響力。

 紗夏は訝しむ。本当にそんなものがあるのだろうか。確かに自分は電撃のようなものを見ることができるようだが。しかし……しかし確かに全人類が隼人のようになっていくというのであれば、いや、それが隼人でなくとも、みんながある一人の人間と同じようなものの考え方をする世の中というのは紗夏には想像がつかないことであり、それを隆起が危険なことだと言うのであれば、危険なことのような気もする。いや。例えばナチスの例で行けば、みんなが同じようなものの考え方に支配されてしまったからかつてのドイツのようなことになったと思えば、確かに危険性に関してのリアリティはある。

 しかし……とはいえ、隼人にそんな力があるようには綺羅にはどうしても思えなかった。あるいは、それは隆起が、晴翔に及んでいた隼人の高位の影響力というのを抹消したことで自分もその消滅の影響を受けたということなのだろうか。

 高位の影響力。

 確かに、例えばここのところの綺羅は()()()()()なっているような気もするが、しかしこの二人は元々幼馴染みであり似通ったところもあり……それが最近になって強化したと、言ってしまえば言ってしまえるような気はするが、しかし……。とにかく紗夏は“高位の影響力”と、それを“抹消する力”というものに、本当にそんな超現実的な出来事がこの世界にあるのだろうか? と疑問は尽きないのだった。

 実際、今回、事件のようなものも事故のようなものも、何一つとして起こっていないのだから。

 とはいえ、今日の自分と晴翔の役割は、ここに隼人を連れてくること。

 ——あれ。でも、それじゃなんで綺羅まで必要だったんだろ?


 展望台。双眼鏡で街を見下ろす隆起に司からのLINEが届いた。

『事は順調に進んでいるかね』

『相変わらずこーのの財力には驚かされるよ』

『自信がなきゃデイトレなんかしちゃダメよ』

『よろずやつかさはこーのの財力と人脈で持ってる店だからな』

『でもほんの小遣い程度の額だろ、今回?』

『さすがおぼっちゃま。“二人に五万”なんだからおれからすればめっちゃハードだ』

『ま、おれら運命共同体よ』

 隆起はふっと笑った。

『さんきゅー』

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