第一話 オーマイガーが叫べない/まあいいじゃん・2
「えーと。みんな同じっていうのは、ものの考え方とかがそうなるってことすか」
「そうだね。コアの部分だから、その人のキャラクターそのものが同化する。精神的クローンとでも言いますか」
「でもそうは言うけど人って結局バラバラなんじゃないですか。精神的な問題なら顔とか体の方はそのままなんでしょう」
「顔の造作自体は人それぞれだけど表情や印象が同じになる。って言うのは、普通の影響力でもそうだろ? オタクの人はオタクっぽい顔をしているし、ヤクザの人はヤクザっぽい顔つきをしているみたいな話」
「偏見だと思いますけど」
「でも君だって、ある日お姫様になって周囲の人からお姫様扱いされたら自然とお姫様の振る舞いになっていくものだぜ。それに伴って表情も印象も態度も、ものの考え方もね。それに抗うことは絶対にできない。少なくとも——それが自分にとって都合のいいことならね」
「東京タワー?」
晴翔の提案に隼人と綺羅は首を傾げた。
「うん。次の土曜日、この四人で行かない?」
「スカイツリーじゃなくて?」
「古典的にいこうよ」
「まあ、どうせ暇だけど。綺羅は?」
「あたしも別にいいけど」
「じゃ、現地集合ね。時間とかはまた今度決めよう」
「まあいいけど」
と言いながら、綺羅は思う。一応、お小遣い稼ぎしておくか。
晴翔と紗夏は、一応カップル。自分と隼人はただの幼馴染みであるが、ほとんどダブルデートである。
そのための費用をパパ活で稼ぐ……。
まあいいじゃん。細かいことはいちいち考えなくても。
綺羅の中の綺羅ではない部分が綺羅にそう告げる。そうだね。お金はあって困るものじゃないし、セックスだって減るものじゃないし、スリルを楽しめるという特典付きで開放感は満載。目的のためにお金を稼ぐということは普通のことだし、よし、今日辺りまたサイトを見てみよう。
などということを綺羅が考えているなどとは夢にも思わず、他の三人は談笑を続ける……。
そして晴翔は隆起にLINEを送った。
『しかし何でまた東京タワーなんすか?』
『別にスカイツリーでも何でもいいんだけどね。とりあえず駅を通ってほしかった』
『なぜ?』
『それはまた全てが終わってから話すよ』
『ふうむ気になります』
『ま、東京タワーに関しては最近の若者におっさんからのチョイスだと思ってくれたまえ』
駅を通る必要とは何だろう。しつこく聞いても答えてくれなさそうな気配を感じたので、晴翔は、
『了解』
とだけ送り返した。
というわけで、土曜日。
「おはよー隼人」
「おはよー綺羅」
二人は駅前で待ち合わせをした。現地集合だからその必要もないのだが、どうせここに辿り着くのだからとそのように設定したのだ。
綺羅は腕時計を見た。
「余裕で間に合うね」
「しっかし、何でまた東京タワーかねぇ」
「でもあたし実は行ったことないんだよね」
「それはおれも」
「楽しみではある」
「それはそう」
綺羅は前日、またパパ活をして金を稼いできた。罪悪感は特にない。
やがて二人は駅構内に入っていく。
土曜日だから混んでいるわけではなく、この駅ダンジョンはいつだって混んでいる。慣れていない人なら人波に巻き込まれて目的地へと辿り着くのも一苦労だが、いつもこの駅を利用している綺羅と隼人にとってはお手のものだった。ぶつかる心配をすることもなく二人は同じペースで自然に歩いていく。若干早足ではある。
「ごめん、おれトイレ」
「いいよ。待ってる」
と言って、隼人は一人トイレに向かった。
壁に背をもたれかけて、スマホをいじろうかとも思ったが、何となく人混みを眺めることにした。
人。人。人。
いつも思うことだが、この人だって、普通のサラリーマンや平凡な主婦のように一見見えるが、しかし裏で何をしていることやら。誰だって人に言えないやましいことの一つや二つあり、ほとんどの人はそこまでのやましいことはないのかもしれないが、しかしだからこそ一部の人はとんでもないやましいことをしているものだと我が身を振り返って綺羅はそう思う。性的なことや、犯罪的なことをしている者たちも普通に大勢いるのだろう。でも、だからってそれだけで日常生活が壊れるわけではない。誰にも何も言わなければ、何もしていないのと同じこと。自分だって、前日も見知らぬ中年男性に体を抱かれてきたのだ。それも始める前までそんなことは絶対にしてはならないことでありあってはならないことだと思っていたのだが——どういうわけだかそのような感覚が「ま、いっか」の一言で済ませられるようになってしまっており、そして特別罪悪感も何もなく綺羅はどこかの誰かと日々セックスをしている。
冷静に考えてみれば、そんな衝動に駆られるような出来事が今の自分の日常生活にあるわけではない。ただ……「まあいいじゃん」と思いながら、そうしている。何かの影響を受けたのだろうか? そんな覚えはないのだが。
それでも、それは他人には絶対に言えないことであるという自覚はある。まあいいや、と思っても、それは自分の行動を促すための言葉であり、秘密にしなければならないことであるという自覚はしっかりある。しかし……それも何だか「まあいいんじゃないの、バレたらバレたで」という気持ちがあるのも、それも間違いなかった。どうして自分はいつの間にかこんな投げやりな性格になってしまったのか、綺羅にはよくわからない。普通に生活しているだけだった自分が突然こうなってしまったのには何か訳があるような気がいつもしているが……そこも、全てが、「まあ、いいじゃん」という思考によってそれ以上考えないようにしている。だから結果的にテストの点数が悪かったときも親に叱られたときも友達とちょっとしたすれ違いが起こっても、「まあいいや」と思って突破できるようになっているというのは間違いなくメリットである。
元々考え込むタイプだったから、今ぐらいがちょうどいい、とすら綺羅は思っていた。だから……これからも自分は、何の理由や原因があるのかわからないが、こうやって日々の退屈をすり抜けていくのであろう、と、綺羅は思う。
「こんにちは」
自分の足元を見ながらそんなことを思っていたら声をかけられたので、はて誰だ、と思い顔を上げたら、そこには前日のパパ活相手の男性がいた。
びっくりして、ギョッとしたが——。
「どうも」
と返事ができたのが不思議である。こんな現場を隼人に、他の人に見られるわけには絶対にいかないのに、綺羅はなぜかコミュニケーションが取れていた。
「昨日はどうも」
「どうも」
まあいいじゃん。適当にあしらえば。
「デート?」
適当にあしらおう。
「個人情報なので」
「釣れないな。昨日あれだけ濃密な時間を過ごしたのに」
「あの何かご用ですか」
と訊ねると、男は、
「いや別に。何となく声かけちゃっただけ。ごめんね。それじゃ」
と早口に言って去っていった。
後ろ姿を横目で見て綺羅は訝しむ。
何だったんだろう?
まあ、いいか……。
「今の人、誰?」
と後ろから突然隼人の質問が飛んできたので、もちろん綺羅はびっくりしたものの、しかし思考を妨げられることもなくあくまでもスムーズに、
「出口を聞かれたの」
と嘘をついた。
あまりにもスムーズなやり取り。
まあ、いいじゃん。細かいことはいちいち考えなくても。最低限パパ活がバレなきゃそれでいいし、バレたらバレたでそれはどうにもならない。
自分が人に言えないことをしているのはわかっているが、しかし、そういう発想そのものが自分の生き方を邪魔している余計な要素のような気もする。何もかも洗いざらいぶちまけてありのまま生きていけばいいじゃない、それで受け入れてくてなくてもそれはそれでいいじゃない、ありのままで生きていけるなんて最高じゃない、そんな綺羅ではない綺羅の声が綺羅には聞こえたような気がした。
でも、とりあえず、秘密にする。
まあ、先のことはわからないけど、今は今で、まあいいじゃん。
「ふーん。まあこのダンジョン、確かに出口がどこか謎だよな」
「慣れてない人なのかしら」
「まあいいか。じゃあまあ行くかー。ごめんよ待たせて」
「全然」
というわけで二人は目的の場所へと向かっていく。
色々悩ましいことは山ほどあり、その原因とは自分自身の行動ではあるのだが——。
まあいいじゃん。
それでも生きていけるんだから。
さっきの少女に声をかけて立ち去ったのち、すぐさま男のスマホには隆起からのLINEが届いた。
『できた?』
返信する。
『ばっちりです』
『ご苦労様』
『どうも。ご店主も大変ですね』
『あなたからすれば女子高生とやれて何よりでしょ』
『熟女の方が好きなんですけどねぇ。まあ昨日も今日も、たまたま暇でよかったですよ』
『会社員は大変だ』
『でもご店主、プライベートで声なんかかけて本当に良かったんですか?』
『ま、おれの本能が叫んでるのさ』
『相変わらず野性的ですね。それじゃ今度は熟女で』
『機会があればね』
『司坊ちゃんによろしく』




